02.君から貰った密と蜜
「みんな、待たせた」「どうだった?」
数分後、話を終えたアスベルが宿に戻ってきた。
パスカルの話が上手く通ったらしく、大W石の調査を許可されたらしい。
「パスカルのお陰で、なんとか首が繋がった感じだ。本当にありがとう」
「いいよいいよ。あたしだってストラタの大W石が見られるの楽しみだしね。で、大W石はどこに?」
「西の砂漠にある遺跡の中らしい」
「よし、行ってみるか」
街を出て、また砂漠越えに一行は繰り出す。
やはりどうしても口数が減ってしまっている皆とは違い、来たときと変わらずスタスタと歩いているルーカスの隣へマリクが移動する。
「さっきは悪かったな」
「ん?」
「宿屋で、怒らせてしまった様だったからな」
「……ああ、あれ。いいよ、悪気なかったんだろうし」
「それは良かった。……出来れば、怒った理由を聞かせてくれないか?」
ルーカスは答えず、ざくざくと砂の道に足を沈めて進んだ。
マリクは諦めずにそれに続く。
「また同じことを繰り返したくはないからな。俺が嫌いだから、というのならば気をつけようもないが……」
「違う」
即答してから、違うと即答してしまった事実に苦い顔になったルーカスが言い直す。
「……おっさんだから怒ったんじゃない。これ、他の奴に触られたくないから」
これ、と言って示したのは、腕に巻かれていた赤いリボン。
「……大事なものなんだな」
「うん」
マリクはそれ以上は聞いてこなかった。
踏み入るべきではないと判断したのだろうか、それともこちらへの配慮だろうか。
或いは両方だったのかもしれない。
砂漠を進んでいくと、しばらくして遺跡が見え始めた。
建造物の奥に、大W石の頂点が見え隠れする。
「何者だ? ここは関係者以外立ち入り禁止だ。」
「大統領閣下から大W石の調査を命じられて参りました」
入り口を封鎖していた兵にアスベルが身分証を提示し、外よりも幾分か涼しい遺跡を最奥目指して歩いた。
「すご〜い! これがストラタの大W石、大蒼海石なんだね、初めて見たよ。でも、ちょっとくすんでるね」
パスカルの言うとおり、大W石の色は通常よりも黒くくすんでいた。
周囲にいた調査員に了承を得て、あちこちを見て回る。
「あ〜なるほどなるほど、こうなってるのか。見るからに壊れてる所があるから、ここが変に干渉してるんじゃないかな〜。だったらこれを……グルグル……ってやって」
おもむろにドリルを取り出して、遠慮なくゴリゴリと削り始めるパスカルに、調査員たちは絶句。
だがトドメのハンマーを振り下ろすと、大W石は瞬時に輝きを取り戻した。
「こ、これは……」
「適当にいじっただけなんだけど、結果オーライみたいだね」
適当にいじってなんとか出来るのはパスカルだからなのだけれど。
自分達ではどうにも出来なかった問題をあっという間に解決してしまった少女に、調査員は言葉を失った。
「て、敵襲!」
と、突然声が上がって、その場にいたものがそちらに目を向ける。
翼の生えた魔物と、その上に立つリチャードがこちらを見下ろしていた。
「リチャード!? なぜここに!?」
うろたえるアスベルには応えず、代わりに抜いた剣先から閃光を放った。
アスベルはギリギリでそれを避けたが、その表情には困惑が浮かんでいる。
「リ、リチャード!?」
「やめて!」
アスベルを庇うようにソフィが立つ。
するとラントの時と同じように、ルーカスの脳内に直接声が響いてきた。
((あれは敵、倒さないと))
「う……駄目……これはリチャード……、戦っちゃ……いけない……」
((私の役目は、あれを倒すこと。だから、倒さないと))
謎の声とソフィの声が頭を揺さぶる。
倒さないと、という言葉は、だんだんと強くなっていく。
「邪魔をする気か……!」
リチャードのけしかけた魔物が容赦なく襲いかかってきて、とりあえず杖を構えてはみたものの、詠唱など出来そうにはなかった。
((助けて、痛い、苦しい))
((やめて、怖い、やりたくない))
((死にたくない、どうして、体が勝手に))
((助けて、止めて、お願い))
((アレを倒せ、倒せ、倒せ倒せ倒せ!))
脳へと響く声が数を増して、あまりの騒がしさに頭を抱えて蹲る。
飛び掛ってきた魔物に噛みつかれ、痛みに揺らいでいた視界が少しだけ安定した。
「何をやっている!」
横から飛んできた刃が、魔物の体を2分する。
瞬間、言いようの無い悲痛な叫びが頭の中で響いた。
「しっかりしろ、なぜ戦わないんだ!」
「……っ、やめ」
((ギャアァアアァアアァア゛ア゛!!))
悲鳴はアスベル達が魔物を殺すたびに増えていく。
倒せ、という声はそれに埋もれていった。もう意識を保っているのでやっとだ。
一通り魔物を殲滅したアスベルが、大W石から原素を吸い出しているリチャードに気付く。
「何をするつもりだ、リチャード!」
「あああ!? こんな馬鹿な……! 大W石が、か、か、空っぽに……!」
「駄目です! 全ての計器が残量なしと出ています!」
計器を操作していた研究員たちが絶望の声を上げた。
叫び声の止んだ脳にはまた倒せという声が木霊する。
「貴様の顔を見ると……虫唾が……走る……。貴様がいる限り……安息の時が訪れることはない。……いずれ決着をつけてやる、覚悟しておけ」
「待って! くっ……!」
飛び去っていくリチャードを追って駆け出したソフィだったが、途中で崩れ落ちるように膝を突いた。
仲間は慌てて彼女に駆け寄る。
「……どうしたんだ、お前は」
全ての声がようやく治まって、呆然とソフィ達を見ていたルーカスに、マリクが言った。
「……ごめん、足引っ張った」
「そうじゃなくて……」
マリクの手が顔に触れて、親指の腹が目頭から眦を擦る。
そうされて初めて、ルーカスは自分の目から涙が出ていることに気付いた。
「……あれ、俺泣いてる?」
「自分で分からないのか?」
「うん」
言われて見れば確かに滲んでぼやけている視界。
溢れ出るそれをごしごしと袖で擦って、無残に殺された魔物の亡骸を見る。
「……ごめん」
マリクはそれが何に対しての謝罪なのか分からなかった。
だがルーカスはもう一度、
「ごめんな……」
そう呟いた。