02.君から貰った密と蜜

「お手上げ。こうなったら、あたしにもどうにもできないよ」

ソフィもルーカスも落ち着いた頃、大W石を調べていたパスカルが両手を上げて降参のポーズ。

周囲にいた研究員は立て直すどころか更に悪化してしまった事態に皆青くなっていた。

「アスベル……大統領には何と言うつもりだ?」

「……とにかく、ありのままを大統領に報告するしかないと思います……。リチャード……ラントで最後に会った時と様子が似ていた……、一体どうしてしまったんだ……?」

「アスベル……リチャードはもう元に……戻らないの? そんなの……嫌だよ……」

「いいや、そんな事はない筈だ。……とにかく、いったん大統領のところへ戻ろう。これ以上ここにいても仕方ない」

アスベルは顔を上げて、帰路を歩き始める。
ソフィに不安を与えぬようにと無理に平気そうな顔をしながら。

「……お前はまた外で待っているのか?」

今回の件、アスベル達が裁かれるということは、まあ多分ないだろうが……、もしものことを考えれば、保険として自分がついていた方がいいだろうか。

だがルーカスは悩んだ末、やはり行かないことを選んだ。

「何か面倒なことになったら呼んで」

「面倒なこととは?」

「面倒なことだよ」

それは自分で考えてよ、という意味を込めての鸚鵡返し。
マリクは「呼ばずに済ませたいものだな」と苦笑した。






大統領府にて、遺跡であったことを洗いざらい説明したアスベルに、処罰は下されなかった。

陛下が大W石の原素を奪い去って逃げた、など、普通なら信じられない話なのだが、それと同じことがウィンドルでもあったらしく、それを報告に来ていたアスベルの弟のヒューバートと、報告を聞いたばかりだった大統領閣下はすんなり納得してくれた。

結果、枯渇してしまった大W石への対処と陛下の行方と目的の究明が問題として上がり、うち後者である陛下の追跡をアスベル達は引き受けることとなる。

「ふたつの大W石がこうなった以上、最後のひとつも狙われると考えるのが自然です。リチャード国王は次にフェンデルへ向かう可能性が高いでしょう」

「君は陛下のことをよく知っているし、お仲間は大W石に詳しい。適任だと思うんだが。もちろん我が国は全力を持って君達の行動を支援する」

「わかりました。私たちとしても、陛下や大W石の事は気がかりでなりません。ですから閣下のご提案を受け入れます」

「そしてヒューバート、君もアスベル君と行け」

「ですが、ぼくは……!」

「閣下! ヒューバートがいなければラントは立ち行きません!」

「ラントの後任に関しては、君に一任しよう。それなら問題ないだろう。君の兄君は私の選ぶ者では安心してくれそうにないからな。君たちには調査に専念してもらいたい。今はこの問題の解決が優先だ。アスベル君、これでどうだ? これなら文句あるまい」

大統領の申し出に、アスベルは感謝しつつそれを承諾した。
アスベル達に同行するのは不安だと言って渋っていたヒューバートも、最終的には命令に従う。

「それで閣下、フェンデルへの潜入経路ですが」

「闘技島まで船で行って乗り換えるのが一番だろうな」

「ヒューバート、闘技島って?」

「三国のどこにも属さない自由地域の小島のことです。それじゃ、出発しましょう」

ヒューバートに続いて、皆がその部屋を後にする。
が、最後尾にいたマリクだけが呼び止められた。

「あの青年は、まだ一緒かな?」

あの青年、と言われて、ああルーカスのことかと察したマリクは黙したまま頷く。

「アスベルは確かに閣下のお言葉を奴――いや、彼に伝えておりました。ですが……」

「来たくない、と言ったのだろう? 君を皆の保護者と見込んで頼みたいのだが……」

ダヴィドは穏やかに、寂しそうに微笑して続ける。

「あれがもし、何か危機や苦難に瀕した時に、君に余裕があれば……、その時は助けてやってくれ」

それは騎士学校で務め始めてから、何度か聞いたことのある言葉。
もっとも、今まで聞いたものは、もっと遠慮がなかったが。

「……閣下、僭越ながら、お聞かせいただきたいのですが……、彼とはどういったご関係で?」

「……あれが自分から話していないのならば、私の口からは言えないな」

本当は聞かずとも、その答えは分かっているのだけれども。

「……俺で、力になれるのなら」

マリクは頭を下げて、部屋を後にする。
ダヴィドはその背中に、小さく礼を述べた。





「……と、いうわけなんです。ですから、次は闘技島に向かうことになりました」

大統領府で決定した今後の予定をアスベルがルーカスに説明する。
初対面となるヒューバートはルーカスを見るなり怪訝な顔をした。

「兄さん、誰ですかこの人は」

「ルーカスさんだ。ラントで世話になった……」

「……ああ、どこかで見たことがあると思えば、あの時うちの領内で暴れまわっていた人ですか?」

アスベルは言い方が良くないと訂正を求めたが、他の面々はヒューバートの発言のほうが正しいと思ったのか、何も言わずに気まずそうに顔を背ける。

そんな中で当のルーカスは、それがどうしたと言わんばかりに普段の調子で答えた。

「うん、そうそう。で、あんた誰だっけ」

「なっ……!?」

「ヒューバートだよ」

「何の人?」

「えっとね、アスベルの……」

「ストラタ共和国第三情報部隊暴星魔物対策本部少佐ヒューバート・オズウェルですよっ! 貴方こそ、どこの誰なんですか!」

「アスベルの、ストラタ共和国第三情報部隊某星魔物対策本部少佐のヒューバート・オズウェルさんね。長いからヒューバートって呼ぶけど」

「質問に答えてください、貴方はどこの誰なんですかと聞いているんですよ! それから、兄さんは僕の肩書きには関係ありませんっ!」

「初対面の相手にいきなり喧嘩腰になって名を名乗れとは、あんまりじゃないかなヒューバート」

「貴方が先にそういう態度になったんでしょう!」

「そうだったっけ? ――ソフィ、頭に蝶々乗ってる」

「あ、ホントだー」

「どこ?」

「完全に聞いてないわね……」

ソフィが蝶々を追いかけ、パスカルがそんなソフィを追いかけ始める。
あまりにも一方的な会話のキャッチボールを見ていたシェリアがさすがに頭を押さえた。

「ヒューバート、今は急いだほうがいいんじゃないか?」

「〜っ分かってますよ!」

ヒューバートが言われなくても、という前置詞を付け足して、腹立たしげに港へと歩いていく。

そんな弟に、やれやれと言いたげなその兄と、その幼馴染みがついて行き、移動していく皆に気付いたソフィと、それを追いかけていたパスカルも揃って歩き出した。
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