02.君から貰った密と蜜
「親にあまり心配をかけるもんじゃないぞ」一方、最後に港へ足を向けたルーカスは、同じく残っていたマリクの言葉に、珍しく驚いた表情を見せた。
「…………、……父さんが喋った?」
「いや、お前が話していないのならば自分も話す気は無いと言われた。だが、お前を宜しく頼むと言われてな」
歩きながら話そうという意味を込めて、立ち止まっている青年の背中を2回軽く叩く。
「騎士学校に居た頃、同じようなことをよく生徒の保護者から言われていたんでな」
「……それで大統領閣下が俺の親だって? 普通思わないんじゃない」
「まあな。だが、あの時の閣下の顔は、親の顔だった」
ルーカスが小さく溜息を溢して、船に乗り込んだ。
出航の汽笛が、波の音を遮る。
「……宜しくしなくていいから」
「頼まれたことをやるかやらないかは俺の自由だ」
「俺もう子供じゃないんだし」
「親にとってはいつまで経っても子供だと思うぞ」
「……おっさん子持ち?」
「俺のことは知りたくないんじゃなかったのか?」
いつか同じように船の上にいたころにした会話の中の一文を引っ張り出されたルーカスは、面白くなさそうに顔をしかめてマリクに背を向けた。
「今のはそういうので聞いたんじゃない」
船室に入っていこうとするルーカスに、マリクが笑って「冗談だ」と返す。
だがルーカスは「寝る」と言って、闘技島につくまで船室の中に閉じこもっていた。
外観からして、その名の通り物々しい雰囲気のある島、闘技島。
そこに入港した一隻の船から、ぞろぞろと出てくる島に不似合いな一行。
話によると、元よりこの島に潜入している密偵がいるらしく、自分達がフェンデルへ入るための手引きをしてくれるらしいのだが、
それらしい人物は見当たらない。
「機嫌は直ったか?」
「機嫌悪くしてた訳じゃないよ、寝るって言ったじゃん」
「確かに寝ていたがな」
「……人の寝顔覗き見とか……」
「なんだ貴様は!」
悪趣味。そう続いた言葉は、近くにいたフェンデル兵の声に掻き消された。
パスカルは何か気になるのか、去っていく兵を追いかけていく。
「ここの雰囲気……、なんだか私苦手だわ」
「この闘技島は、世界中から腕に覚えのある者が集まってくると言われている場所だ。その名が示す通り、戦いのためだけに存在する地で、ここでは力のみが掟となる」
「争うことが手段でなく目的になっているなんて、私にはちょっと理解できません。どうしてこんな場所が必要なのかしら……」
「強い者はより強い者と戦うことで高みを目指す。そういった者にしかわからない世界なのかも知れませんね」
「あんたたちかい? フェンデルの兵士に用があるっていうストラタの人は。その兵士から手紙を預かったぜ」
語る一行に1人の男が近寄ってきて、封筒を手渡して去っていく。
内容に目を通したヒューバートが、それを見て表情を曇らせた。
「まずいな……。例の密偵ですが、上官に疑いをかけられて身動きが取れなくなったようです」
「潜入はどうなるんだ?」
「別の方法を考えないといけないかもしれませんね……」
皆が頭を抱えたそのとき、フェンデル兵に追われたパスカルが慌しく戻ってきた。
仲間であるパスカルには非が無いと思ったのか、ソフィがフェンデル兵を突き飛ばす。
「ソフィ!? パスカル!? 大変!」
「ふたりに何をするんだ!」
「この女が我々の武器を持ち去ろうとしていたのだ」
「もっかい見せてって頼んだだけだよ」
「パスカル連れてくの、だめ」
「女は捕らえたか?」
次いで、兵の上官であろう男が現れた。
マリクとヒューバートは、これは面倒なことになりそうだと察する。
「貴様たち……さては例のスパイの関係者か? 既に調べはついているぞ、貴様たちが我が軍の中にスパイを紛れ込ませていた事はな」
「意味の分からない言いがかりはやめてもらいましょう。……僕達はライオットピークの猛者たちに挑みに来たんです」
「とぼけやがって……。なら我々が、ライオットピークで相手をしてやろうか? そうだな、ただ戦うだけじゃ面白くない、どうせなら賭けをしようじゃないか。我々が勝ったら、貴様らにはたっぷり話をきかせてもらうぞ」
「こちらに何を期待しているのかわかりませんが、挑戦なら受けて立ちますよ。どうせぼくたちは戦うために来たんですから」
「その減らず口がいつまで叩けるかな? 我々は先にライオットピークへ行っているぞ」
フェンデル兵たちは去っていき、パスカルはヒューバートに賛辞を送った。
「弟くん、カッコい〜」
「あんな事言って大丈夫なの? ヒューバート」
「ぼくたちの会おうとしていた密偵は、どうやら彼らの手で囚われてしまったようです。
その人を助け出さないことには事態は打開できません。こうなった以上、彼らと戦って勝利し、その人を救い出すしかないでしょう」
結局その流れでライオットピークに参加することになったのだが。
「俺パス」
エントリー用紙に名を連ねていく一行の中で、ルーカスはそう発言した。
「ど、どうしてですか?」
「そういう意味のない戦いは好きじゃない」
「意味のない、ですか。フェンデルへ向かうために必要な戦いだと僕は思いますけどね。適当に理由をつけて、逃げているだけなんじゃないですか?」
「まあまあ、やりたくないって言ってるんだしさ、無理にさせることないんじゃないかな」
「貴方は彼の味方ですか」
「味方とかじゃないけどさ。ほら、弟くんも、どうしてもやりたくないことってあるでしょ?」
「パスカル、庇わなくていい」
ルーカスはヒューバートの前に立つ。
ヒューバートはその身長差に負けじと下から睨みつけた。
「俺が出ないと勝てない?」
「いいえ、貴方が居なくても、何の問題もありません。……いいでしょう、貴方はどうぞここでのんびりしていて下さい」
上着を翻して、ヒューバートは会場へ続く階段を登って行く。
ルーカスは息を吐いて、自分を庇おうとしてくれた女性の頭に手を乗せた。
「気遣わせてごめん」
「仕方ないよ、ルーカスは。……んじゃ行こっか!」
また後でね!と元気よく手を振るパスカルに、ルーカスも小さく手を振り返す。
アスベル達はそのやり取りの深いところは分からないまま、彼女に引きずられるように会場へと走っていった。