03.冬枯れの景色に遠い春
帝都には流石にもう自分たちを追いかけてきていた兵士の姿はなかった。フーリエの話を頼りに、一行は技術省へ向かう。
「街の北に、軍や政府の関連機関が集まっている政府塔がある。技術省もその中にあるはずだ」
「わかりました。その政府塔に入れるかどうか、情報を集めてみましょう」
街で得た情報によると、入るためには入館証が必要らしい。
運良く街に居たパスカルの友人であるアンマルチア族の女性がそれを所持しており、適当な理由をつけてそれを借りることが出来た。
「ここが政府塔か、カーツさんに会えるといいが」
「カーツという人は、あなたの知り合いでしたね。名前が出たとき随分と驚いていたようですが、一体どんな方なんですか? 場合によっては、戦う事も覚悟しなければなりません。教えていただけませんか」
「……元々俺は、フェンデル軍の士官学校に居た。カーツはその時の同期だ。俺が居た二十年前からこの国は苦境にあった。ただでさえ気候が厳しい上に大W石の恩恵もない。国民の大半は生活に苦しんでいた。それなのに上層部の人間は国民を省みる事もなく、私腹を肥やす事に汲々としていたのだ。そんな状況を打破しようと若手将校が中心となった改革運動が盛んになった事がある。俺やカーツも改革の理想に燃え運動を成功させるために情熱を傾けた」
「その結果は……どうなったんですか?」
「所詮は若気の至りだった。改革運動は保守派勢力の弾圧に遭い、完全に潰された。俺がフェンデルを捨てる決意を固めたのはこの時だ、このままでは命が危ないと考えた。だがカーツはこの国に残る事を選んだ。改革の灯を消すわけにはいかない、そう言ってな。命は捨てても志は捨てず、俺の知ってるカーツとはそういう男だった……。国を捨て、志を捨てた俺があいつに会って話をしても受け入れられるかどうかわからん。カーツは理知的な男ではあるが、同時に鉄のように固い信念の持主でもあるからだ」
「それでも、俺たちは可能性に賭けてみるべきだと思います」
「……そうだな、カーツの下へ行ってみよう」
政府塔の入り口の警備兵を、パスカルの得た入館証と、マリクの機転でかわして中に入る。
塔内に居る兵士もなんとか戦わずに凌いで、カーツの部屋へとたどり着いた。
だが、室内に部屋の主の姿はない。
「カーツさんいなくて残念?」
「そうだな。だが……いなくてほっとしている気持ちがあるのも事実だ。実際、どのような顔をしてあいつに会えばいいのか決めかねている部分もあったしな。……とにかく、急いで情報を集めよう」
部屋の中を物色し始める一行。
ルーカスは相変わらず働いてはいなかったが、誰もそれを咎める者はいなかった。
「パスカル、これは?」
「どれどれ? ちょっと待ってね。ふんふん……、あ〜なるほど、あそこにあったのか〜。帝都を出てすぐ近くにある流氷の中に隠されてるみたい」
「あんな所に……? ここからは目と鼻の先に等しいぞ」
「そんなに帝都に近いと、もし大W石に何かあったら大変な事になるわ」
「……誰か来る」
アルベルの見つけた書類を囲んで盛り上がる皆に、ソフィが気配を察知して告げる。
皆は扉の両脇に分かれてその人物が入ってくるのを待ち構えた。
扉が開くのと同時に、マリクが武器を振り下ろす。
しかしそれは防がれ、アスベルに至っては剣を抜く前に武器を向けられていた。
「マリク……? お前だったのか」
「相変わらずの技の切れだ。さすがだな、カーツ」
前髪にだけ白いラインの入った軍服の男は、険しい顔をしたまま旧友に目を向ける。
「久しぶりだと言いたいが、素直に旧交を温められそうな雰囲気ではないな」
「俺たちはお前に話があってきた。カーツ、お前はこの国にある大W石の実験を取り仕切っているそうだな」
「……そうだ。長い年月をかけて漸くここまで漕ぎつけることが出来た。この実験が成功すれば大W石を資源として活用することができる。それにより、我が国の人間がどれほど救われる事か。二十年前に始めた改革の志が形を変え、ついに成就するのだ」
嬉しそうに語るカーツに、マリクが残酷だと分かっていても真実を告げる。
「実験をやめろ、カーツ」
「フーリエお姉ちゃんの研究をそのまま使ってるでしょ? あれ、未完成なんだよ。過度に原素を取り出そうとすると大W石が暴走して制御できなくなるの」
「彼女はパスカルだ。アンマルチア族の一員で、過去に大W石を研究していた。フーリエ氏の研究を途中まで手掛けていたのもこのパスカルだ」
話を聞いたカーツは一度目を閉じ、そして、
「……何も問題はない。実験は予定通り遂行する」
そう言った。マリクが驚き目を剥く。
「カーツ!?」
「我々はフーリエ氏の研究成果をそのまま使用している訳ではない。氏の研究を土台としてそこに我々独自の十分な改良を重ねている。心配はいらない」
「しかし……」
「我々にはもう時間がないのだ。今実験をやらなければ、我が国の国民の生活は最悪の状況となる。生き延びるためには、隣国へ攻め込むしかないという事態にもなりかねんのだ。そうなったら最後だ。国境戦争どころでない全面戦争となるだろう」
「隣国というのは……ウィンドルの事ですか」
「……話はここまでだ」
「どうしても実験をやめるつもりはないのか?」
「マリク、昔のよしみに免じてここから立ち去る時間だけはくれてやる。これ以上ここに留まるなら警備の兵を呼ぶぞ。その前に政府塔を出るがいい」
「カーツ、お前は……」
「何も言うな。既に私とお前の道は深く分け隔てられている」
それ以上はどうする事も出来ず、カーツに言われるがまま政府塔を後にする。
「大W石の場所はわかったけど……」
「結局カーツさんには実験の中止を受け入れてもらえなかったわね……」
「あいつはこの二十年というもの、ずっと戦い続けてきたのだろう、あいつなりのやり方で。それがどれほどの苦労だったか。できれば応援したかったが……、パスカル、カーツはあのように言っていたが、やはり実験は危険なのか?」
「大W石に含まれる原素の特性にまつわる問題だから、絶対安全って事はないんだよ」
「そうか……」
「教官、大W石の下に向かいましょう。カーツさんの実験を止めるために。それが、真実を知っている俺たちの責任だと思いますから」
「次にカーツ氏と会うときは間違いなく戦いになるでしょう。あなたは彼と戦えるんですか?」
「カーツと戦う……、か」
腕を組み、先ほどのカーツ動揺目を伏せて考え込むマリク。
その脇で、ソフィも自らの胸に手を当てる。
((教官とカーツさんは……友達。だけど……戦う、戦わなくちゃいけない。私……私も、戦わなくちゃいけない……。でも……リチャードは友達なのに……どうして戦わなければいけないの……?))
ヒューバートとマリクの会話は耳に入ってこず、ただ頭の中に響くソフィのそんな声に、ルーカスは意識を奪われる。
「ソフィ」
「……なに?」
「嫌なら、無理にやらなくてもいいんじゃないかな」
「ルーカス……、ううん、でも、やらなきゃ……」
こんな少女を、ここまで苦しめるその使命感は一体どこから来ているのだろう。
アスベル達と共に、ソフィの手を握ってルーカスは歩き出す。
空を見上げていたマリクも、決意を固めてそれに続いた。