03.冬枯れの景色に遠い春

そういえば、ジルの家はあの辺りだっただろうか。

里を後にする皆の後ろで、ふとそんなことを思い出してルーカスは1人立ち止まる。

来たときは気付かなかったが、家の前に小さな石碑が立てられている。
ルーカスはそっと皆の列から外れて、その墓石の前に膝をついた。

しゅるり、と腕からリボンを外して、そっと刻まれた文字を擦る。

「……ジル」

彼女の白い髪に、この赤はよく栄えて綺麗だった。
だが今はもう、見る事は出来ない。


――――お前は、そうしたいと思うのか?


マリクに言われた言葉が、頭の中に浮んだ。


「……思うよ、俺は」

絶対に、彼の前では言わんとしている事を呟き微笑して、さてそろそろ行くかと立ち上がる。

「……お前、ルーカスか?」

背後からそんな声がかかったのは、そんな時だった。

「あんたは……」

「やっぱり……、お前、なんでこんな所に居やがる。どのツラ下げて戻ってきやがった!?」

「……用があって。別に、ジルの墓参りに来たわけじゃない。すぐ出て行くよ」

「ああ出て行け、すぐ出て行け! 二度と入って来んじゃねぇ、その面見ただけでも反吐が出る!!」

容赦ない罵声をただ受け止めて、反論もせずに相手の命令に従う。
が、相手はルーカスの手に握られたリボンを見咎めた。

「おい、そりゃあ……ジルのリボンじゃねぇのか?」

「!!」

「何でてめぇが持ってやがる、それはお前みたいな最低野朗が触っていいもんじゃねぇんだよ!!」

男は凄い剣幕でリボンを奪い取ろうと手を伸ばす。
ルーカスは本能的にそれをかわしてしまい、男はますます激昂して掴みかかった。

「ふざけんなこの野朗! 返しやがれ! 人殺しの盗人が!!」

「……っ!」

胸倉を掴まれても、リボンを握る手の力だけは緩めまいと必死に抗う。

自分が持っているのは相応しくないと、相手の言い分は分かる。
けれどもこれは、たった1つ残った彼女との大事な――――

「……おい、離してやれ」

リボンを取り合う2人の手が、何かによって無理矢理引き剥がされる。

ひらひらと舞い落ちるリボンをキャッチしたのは、マリクだった。

「あ? なんだよお前。アンマルチア族じゃねぇな、こいつのお仲間か?」

「ああ。だから返してもらおう」

ルーカスの胸倉を掴んでいた男の手も引き剥がして、マリクは呆然とするルーカスの手とリボンを掴んでスタスタと歩いていく。

「おい、ふざけんな! 返せよ! そりゃジルの大事な遺品だ、関係ねぇ奴が……おい待てよ!」

「その様子ではまともに話も出来そうにないからな。事情も知らず己の偏見だけで罵声と暴力を浴びせるような奴の言葉など、俺は聞く気は無い」

「ちょっと、おっさん」

「話は後だ、走るぞ」

マリクは言うが早いか駆け出し、追いかけてくる男を残して里を出た。
雪の道に舞い戻って、自分達を待っていたらしい仲間達と合流する。

「ルーカスさん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ。どうやら墓参りがしたかった様でな」

自分への質問に、マリクがそう答える。
アスベルらはそうかと胸を撫で下ろした。

「いきなり居なくなってたから、何かあったのかと思ったよ。ばーさまや里の皆には、またこの件が終わったらちゃんと話そうね! あたしも一緒に行くからさ」

よーしじゃあ港へ出発ー!と、意気揚々に進むパスカルと仲間達。
マリクは握っていたルーカスの手を離すと、その掌にリボンを乗せた。

「悪かったな、触られたくないと言っていたのに」

「……ううん、ごめん。有難う。」

「先ほどの男は何だ?」

少し伸びてしまったそれを腕に巻きなおして、アスベル達には聞こえない声で2人は会話する。

「……里で、昔ジルとよく話してた奴。ジルのこと好きだったんだと思う」

「……そうか」

「……持ってていいのかな、これ」

「さぁな。だが……あの男よりは、お前のほうがまだ似会うんじゃないか」

「なにそれ」

「余計なことをしたか?」

腕にあるそれの感触に安らぎを感じながら、ルーカスは小さく首を横に振った。






一行は孤島へ向かうためにまずザヴェートへと戻り、そこから更にまた船に乗りこんだ。
甲板には船上移動に次ぐ船上移動でぐったりしているパスカルや、何やら話し込んでいるアスベルやソフィの姿があった。

ソフィのことが気がかりではあったが、記憶喪失らしい彼女に聞いても意味は無いだろうし、先の反応を見るにアスベルやシェリアも何も知らないのだろう。

なら今は、邪魔しないでおくのが一番かと、そっと船室に引っ込む。
暫く寒い場所に居たせいで眠いなぁと眠気眼を擦りながら机に伏せっていると、
同じく部屋にやって来たマリクが隣に座った。

「また眠いのか?」

「ん〜……、ん?」

ふわり、とどこからか甘い香りがして、
ルーカスはゆっくりと顔を上げる。

「おっさん、何か持ってる?」

「ああ、お前にやろうかと思ってな」

そう言って、マリクは机の上に小さな包み紙を並べた。
可愛らしい包装紙のその下には焼き菓子が入っている。

「なにこれ、どうしたの」

「先ほどザヴェートでたまたま店があってな」

「おっさん甘いもの好きだっけ?」

「だから、お前にやろうと思って買ってきたんだ」

「……なんで?」

「いいから食え。要らんのならパスカルに渡すぞ」

わざわざお金出して俺のために菓子を?

その意図がわからないまま、ルーカスはとりあえず1つを手にとって口に入れる。
甘いもの自体食べるのは久々で、口の中に広がるその味に顔が綻んだ。

「おいしい」

「それは良かった」

はぐはぐと食べるこちらを満足気に眺めるマリクを不思議に思いながら、あっと言う間に全ての包み紙を開ける。

満たされたルーカスはごちそうさまと言って再び頭を机に落とした。

「寝るならちゃんと横になって寝ろ、寝台はあっちだ。着いたら起こしてやる」

「……おっさんそんな優しかったっけ?」

「なんだ、冷たくされる方が好きなのか?」

「誰もそんなの言ってない。……気遣ってるなら、いいから」

「そう言われても気になるんだよ、お前が」

「過保護」

「好きに言え」

ほらベッドに行け、と体を机から引っぺがされて、寝台に放り込まれる。
マリクの手が、口についた菓子屑を拭った。

「……もういいから、おっさん自分のことしなよ」

「こんな船の上ではすることもない」

「だから俺で暇つぶし? おっさんも寝れば」

「隣にか?」

冗談めかして言う相手に、ルーカスがふいと体を反転させてマリクに背を向ける。
静かになった船室には、ただ船の軋む音と、波の音だけが響いた。

「…………」

「…………」

「……ルーカス」

「なに」

「何だまだ起きてたのか、早く寝ろ」

「いや、何。今呼んだじゃん」

「独り言だ」

「独り言で俺の名前呟かないでよ気持ち悪い」

少しだけマリクのほうに傾けていた体を元に戻して、再び部屋に静かな時が流れる。
すると暫くして、またマリクはルーカスの名を呼んだ。

独り言らしいので無視して寝よう寝ようと目を閉じると、間を空けてもう一言。


「……、……死ぬなよ」


ルーカスは目を見開いた。
そして相手のほうを向こうとして、


「…………」


やめておいた。


マリクは枕に埋もれる黒い髪を撫でて、船室を出て行く。

扉の向こうに消えた足音に、ルーカスは触れられた場所を厭うように手で払って、シーツを深く被り直した。


そして俺は何も聞こえなかったと自身に言い聞かせながら、ルーカスは誰も居ない船室でそっと目蓋を下ろした。
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