04.すれ違う各々の想い

遺跡に到着した一行の前に、巨大な施設が現れる。それと同時に、通信機の鳥がパスカルの元へ飛来した。
届いたメッセージを確認したパスカルは苦い顔。

「ポアソンから悪いニュース?」

「うん。シャトルの制御にお姉ちゃんの力を借りたくて、ポアソンに話をしてもらうよう頼んでおいたんだけど……研究所にこもりきりで会えなかったみたい。手紙は置いてきたみたいだけど、この分だとシャトルの中から自分で制御できるように改造しないと駄目かな〜」

とりあえず今は出来ることから片付けよう、と施設内を進み、装置の前までやって来る。
ソフィは床に横たえられており、アスベルとシェリアが傍で見守っていた。

それらを見ながら、ルーカスは考える。
繭から出てきた魔物による襲撃は、今尚どこかで続いているのだろう。そして、シャトルの制御には誰か一人、機械操作に長けた者が残る必用がある。

ソフィの事は心配だが、暴れる魔物たちを置いて此処を離れるのも正直気が乗らなかった。自分達がフォドラへ行っている間に、何百という人と魔物が死ぬだろう。自分がやるべき事はフォドラへ行く事よりも、人と魔物の間に入って場を鎮める事ではないのか?

「終わったよ! これであとはシャトルを飛ばすだけ!」

パスカルのそんな意気揚々とした声と共に、再び頭痛が襲う。
ラントの時ほど酷くはないが、近くに魔物が迫っていることは明白だった。

「ルーカス大丈夫? また何か顔色悪いよ?」

心配そうに顔を覗き込んで来たパスカルに、魔物と交戦することになるかもしれないから気をつけてくれ、とだけ返す。パスカルもそれで察したのか、アスベルらに同じ忠告をしに行く。

果たしてその読み通り、遺跡を出たところでアスベル達は魔物と遭遇した。戦えないソフィを庇いながらなんとか撃退して、皆がほっと息を吐く。

「あの魔物……とうとうこんな所にまで迫ってきたというのですか」

「状況が刻一刻と切迫している事は間違いなさそうだ、急いで海辺の洞窟へ戻るべきだろう」

言いながら、マリクは青い顔で近くの岩に寄りかかっているルーカスを見ていた。
先の領主邸での一件のせいで、声をかけることが躊躇われる。だが、やはり全く気にしない、という事はマリクには出来なかった。意識しなくても、自然と目が彼の方を向いてしまう。

ルーカスもそんなマリクの視線に気付いて、まだ頭の中で反響している魔物の絶叫を振り払って歩き出す。
マリクにああ言ったものの、マリクのその性が悪いという訳ではないことはルーカスにも分かっていた。失恋してしまったとしても彼に救われた女性は多いだろうし、女性でなくともアスベルのように彼に勇気付けられた者も居る。彼の言動は多くの人にとっては無害なのだ。ただ、今の自分にとって毒なだけで。

ルーカスは自分を心配そうに見つめてくるその視線から逃げるように、皆の前を歩いた。海を渡り海辺の洞窟へ戻ってくると、遠くからポアソンが駆け寄ってくる。どうやらわざわざ手伝いに来てくれたらしい。

パスカルは軽く周囲を見渡して、姉が居ないことに一瞬寂しげな顔をしたが、直ぐにいつもの調子に戻る。

「あんたが居れば、シャトルの制御も任せられるね。それじゃさっそく手伝ってもらおうかな」

「はいです!」

遺構へ入って装置の前でポアソンと共にパスカルがシャトルの最終調整を行う。ルーカスはそれに混ざってポアソンと一緒にパスカルから制御の仕方を教わっていた。

「別にいいんだけどさ、なんでルーカスまで? こういうの興味あったっけ?」

「いや……、実は、ちょっと悩んでるんだけど……」

ルーカスは自分がフォドラへ行くべきか悩んでいることを正直に話した。パスカルは手を止めることなく「なるほどね」と返す。

「でも、言っちゃあ悪いけどさ、ルーカス一人で各地の魔物を相手にするのは無理があるんじゃないかな。ラントだけでもあれだけの大群だったんだよ?」

「それは……そうだけど」

「ルーカスの気持ちもわかるけどさ、今回ばかりはどうしようも無いと思うよ。それなら、あたしたちと一緒に今出来ることをやろうよ!」

「でも……」

「うちもパスカル姉様に賛成です、ルーカス兄様は無理をし過ぎなんですよ。自分の力量以上のことをやろうとするとどうなるか、ジル姉様の件で良くわかっているでしょうに」

いつか、自分のせいで死んでしまった最愛の人の最期を思い出して、ルーカスが拳を握り締める。

「うちは魔物より、自分のことを大事にして欲しいです」

「正直あたしもそれは同感。魔物が大事だっていうルーカスの感性を否定するつもりは無いけどさ、自分の身を削ってまで魔物を優先するのは、なんか違うんじゃないかなぁって思うよ」

でも、それならどうすれば。

「……ごめん、変なこと言った」

「いいよ! まぁ、最終的にどうするか決めるのはルーカスだしさ。まだ調整が終わるまでは時間もあるし、その間にゆっくり考えててよ」

パスカルの気遣いを有難く受けて、一度遺構を出て浜辺に腰を下ろす。
パスカルやポアソンの言うことは至極最もなのだろう、多くの人にとっては魔物は脅威であって、守るような対象ではない。

だが、心の声が聞こえる自分にとっては。
魔物が人と同じように怒り、悲しみ、傷付く生き物だと知っている自分にとっては、魔物は姿形が違うだけの人と同じ存在なのだ。

そして、それを理解出来るのは、この世で自分一人しか居ない。

(俺が諦めちゃ駄目だ。心があるのなら、人も魔物も動物も皆分かり合える筈なんだ、共存していける筈なんだ、今みたいに傷つけあわなくたって……)

いつまでこの道は続くのだろう、自分はいつまで一人でこの道を歩き続ければいいのだろう。
果てしなく延びる茨の道を想像して、ルーカスは膝に顔を埋めた。

「ジル……」

せめて、今ここに君が居てくれたなら。

「生きづらいかもしれないけど、 私はルーカスにはそのままで居て欲しいよ」

かつて彼女にかけられたその言葉だけが、今のルーカスを支えていた。
誰かにこの志を継ぐまで、或いは自分の命が尽きるまでは、この生き方を貫くと決めた。

「……っ!? またか……!」

頭に直接響いてくる声に、ルーカスは埋めていた顔を上げて空を見る。遠く水平線の向こうに、黒い影が並んでいた。

「パスカル! シャトルの整備終わった!?」

慌てて遺構の内部へ戻ったルーカスに、状況を知らないパスカルがのんびりとした調子で答える。

「あ、おかえり〜ルーカス、今ちょうど終わったところだよ」

「なら早く発射させて、魔物がこっちに来てる!」

「へっ?」

間の抜けたパスカルの声に被さって、入り口の向こうから洞窟に反響する魔物の唸り声が聞こえてきた。

「早く!」

「むむむ無理だよ! そんなボタン押してすぐ発射出来るようなもんじゃないんだって! ポアソン、あとどれくらい?」

「発進準備が整うまで、あと百八十一、百八十……」

「それじゃ間に合わない……!」

「え、ルーカス!?」

ルーカスは魔物を食い止めるべく一人遺構を飛び出した。パスカルは「一人で行ったら危ないよ〜!」と叫びながら、己も武器を取る。

「ポアソン、ここは頼んだよ! アスベル、急いで魔物を片付けよう! このままここへ来られたらシャトルが飛ばせなくなっちゃう!」

「わかった! すぐ片付けてまた戻ってこよう!」

「ソフィさんのことはお任せ下さい、お気をつけて!」

そのままシャトルの発進準備を続けるポアソンと意識の戻らないソフィを残して、アスベル達はルーカスの後を追った。外では既にルーカスが魔物に応戦――というより、洞窟内に入ってこようとする魔物を結界で押し留めていた。
それはマリクが彼と初めて会った時に見たものと同じ。だが、魔物の強さは森に居た物とは比べ物にならない。

「ルーカス、この数相手じゃいくらなんでも無茶だよ〜!」

「くそ……っ!」

魔物はルーカスの結界を破ろうと全力の攻撃を仕掛けてくる。バキバキと音を立てて光の球体に亀裂が入り、今にも砕けそうだった。
結界を維持するだけでも負荷がかかっているというのに、あちこちから聞こえてくる魔物達の声が、余計にルーカスの力を削いでいく。

「ルーカス、結界はもういい、下がれ!」

「うっさいな……これ以上魔物を死なせる訳には……!」

だがその意志を蹴散らすかのように、結界はガラスのように砕け散った。障害物を排除した魔物たちが嬉々としてルーカスやアスベル達に襲い掛かる。

「何でだよ……っ、俺はただ、お前たちを守りたいだけなのに、何で解ってくれないんだ……!」

必死に訴えても、当然魔物にその言葉は届かない。魔物の目に、ルーカスの姿は敵にしか写っていない。

「アスベル様、ヒューバート様!」

倒せども倒せども数の減らない魔物に苦戦するアスベルらの下へ、バリー率いるラント兵が現れる。聞けば、こちらに向かう魔物の群れを見て、心配になって駆けつけたのだという。

「さあ、皆さんは早く行ってください!」

「行こう、アスベル」

この状況でバリー達を置いていくことに躊躇いがあるのだろう、アスベルは一瞬躊躇して、しかし自分がここに残っては意味が無いと理解して駆け出す。

「みんな、ここは頼む!」

その背を追おうとする魔物を、ラント兵たちが懸命に食い止める。
そうして皆洞窟へと退いていくのだが、

「ルーカス!?」

一人、ルーカスだけは、懲りもせずに再び結界を張り巡らせようとしていた。どうすればいいのかと惑うパスカルに、ルーカスは「行って」と叫ぶ。

「俺はやっぱりここに残るよ、ソフィのこと宜しくね」

「いくらルーカスでもずっと結界を張り続けるなんて出来ないよ! シェリアだって居ないのに、もし倒れちゃったら……」

「それでも、ここは退きたくない」

「でも……!」

「いいからパスカルはもう行って、シャトルの発射に間に合わなくなる」

渋るパスカルの肩を、二人がついて来ていないことに気付いて引き返してきたマリクが叩いた。

「先に行け、あの馬鹿は俺が連れて行く」

「でも、無理に連れて行くのは……、此処を離れたくないルーカスの気持ちもわかるんだよ……」

「だが、ここであいつを置いていけば、魔物相手に本気を出せないあいつは無事では済まないだろう。それがわかっているから、お前も悩んでいるんだろう?」

「……うん」

「憎まれ役は俺が買ってやる、お前は後で慰める役に徹してくれればいいさ」

「……わかったよ、じゃあ、ルーカスのことは任せたからね!」

パスカルはマリクを信じ、周囲の魔物を蹴散らしながら洞窟の奥へと駆けて行く。
そしてマリクは、再度構築された結界に力を送り続けるルーカスを強引に肩に担いだ。

「!? は、ちょっと、何――」

「行くぞ」

マリクはルーカスにそれだけ言って駆け出す。みるみるうちに自分が張った結界も、その向こうにいる魔物も、内側に居る兵たちもが遠ざかっていく。

「俺残ることにしたんだってば、下ろしてよ」

「…………」

「おっさん、下ろしてってば、余計なことしないでよ!」

喚くルーカスを無視しながら、マリクは走り続ける。ルーカスは戦場に戻ろうとして腕の中でもがくが、自身を捕まえている腕はびくともしなかった。

「離してくれないなら無理矢理離させるよ!?」

「最近は随分と余裕が無いな、らしくないぞ」

「うるさいな、あんたには聞こえて無いだろうからわかんないよ!」

「魔物の声がか? そうだな、俺には聞こえんし、お前がそこまで必死になるのも理解出来ん」

「ならほっといてよ!」

「そうもいかん、放っておけばお前は死ぬまで無茶をし続けるだろうからな」

言葉の合間合間で息を詰めるルーカスに、ああ今もかなり頭痛が酷いんだろうなとマリクが察する。シャトルのある部屋はもうすぐそこまで迫っていた。

「……だとしたら何なの、おっさんには関係無いじゃん」

冷たく響く声に、不意にマリクが足を止めた。

「……何だと?」

「俺が死のうがどうなろうが、あんたには関係ないだろって言ってんの! だからさっさと――」

下ろしてよ、と続ける前に、マリクがルーカスを肩から下ろした。
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