04.すれ違う各々の想い

「……? ルーカス、起きたのか?」

街で見かけた少年を追い、別の建物で眠っていたエメロードを目覚めさせ、その案内でソフィを助ける装置へと向かっていたマリクは、突然強く抱きしめてきたルーカスに問いかける。

未だ背中で昏睡状態に陥っているルーカスは、その問いに特に反応を示さないまま、甘えるように首筋に頭を擦り寄せてくる。

「おい、くすぐったいぞ。……どんな夢を見てるんだ、一体」

「おお? 随分教官にべったりだねぇルーカス」

めずらし〜と言いながら不躾にその様子を観察するパスカルに、流石にルーカスが可哀想になったので「やめてやれ」と諌める。

「俺に懐いているんじゃなく、夢に見ている相手にこうしているんだろう」

「そっかぁー、残念だったねぇ教官」

「何がだ」

「でもルーカスがそこまでべったりになるような人って誰だろ?」

「……俺に聞かれてもな」

まぁでも恐らく、可能性があるとすれば、彼のかつての想い人なのだろう。
マリクはずり落ちそうになるルーカスを背負い直しながら、こいつでも好いた相手にはこうしてひっつきたがるのだろうかと考える。その様は全く想像も付かないが。

(まぁ、これだけ他者に壁を作る奴が自分にだけ懐いたら、悪い気はせんだろうな)

その意味では、先程のパスカルの言葉はあながち間違ってはいないかもしれない。
その相手は自分のように「関係無い」などと言って突き放されはしなかったのだろうと思うと、マリクは少しは妬ける気もした。






カンカンカン、ガリガリガリ、キュィィィイン。

目覚ましにしてはあまりにも不愉快なその機械音に、幸せな夢の中で微睡んでいたルーカスの意識が急速に覚醒する。

「なんの音……ッ痛!」

腕の中に居たはずの彼女は消えて、代わりに何処かの施設と思しき光景が視界に写った。それと共に、頬に鈍い痛みが走る。

「……今度こそ起きたな」

すぐ近くでマリクの声がして、ルーカスは自分の目線がいつもより高い理由に気づいた。以前砂漠を歩いていた時にもこんな事があったと思いつつ、ゆっくりとその背から下ろされる。

「ここは……?」

「フォドラだ。お前は着くなり気絶していたんで、俺が運ばせて貰った」

ここがフォドラ? 想像していたよりも元いた世界と大差ない風景にいまいち実感は湧かなかったが、マリクの向こうでしっかりと立っているソフィを見るに、嘘では無いのだろう。
その周囲にはアスベル達と、また何かの装置を弄っているパスカルの姿が見える。先の騒音はあれか。

「……その、頬を叩いたのは俺が悪かった、まだ痛むか?」

気遣わしげに言われて、ルーカスは気絶する前にマリクとしたやり取りを思い出す。

「……痛い、けど」

「シェリアに頼んで治して貰うか」

「いいよ別に、これぐらいの事でいちいち治癒術使わせるの悪いし」

「そうか。……言っておくが、叩いた事はさておき、お前が言ったことにはまだ怒っているからな」

「…………、……ごめん」

「口先だけの謝罪など要らん……と言いたいところだが、今は争っている場合でも無いからな」

マリクはフォドラに着いてからこれまでにあったことを掻い摘んで説明した。それが終わったところで、機械と戯れていたパスカルがやって来る。

「あ、ルーカス起きたの? ちょうど良かった! はい、これあげる!」

パスカルがそう言って腕を差し出すので、ルーカスはよく分からないまま掌を受け皿にする。
そこに乗せられたのは、シンプルな形の指輪だった。

「……何これ?」

「指輪!」

「いや、それは見たらわかるけど……」

「余ったデリス鋼で作ったの、しかもお揃いだよ」

「えっ!? 二人ってそういう関係だったの!?」

遠巻きに見ていたシェリアがとんでもない勘違いをしたが、パスカルは平然と「教官の分もあるよ〜」と三つ目を取り出す。

「これを身に着けていれば、あたしたちも皆と同じ力を使えるようになるかもよ。ルーカスのはちょっと効果が違うけど」

「?」

「まぁいいから着けてみてよ!」

そう促されて、ルーカスとマリクは半信半疑で指輪を嵌めてみる。パスカルも同じように装着すると、三つの指輪は煌々と輝きを放った。

「お、なんだろう、全身が温かくなってきた感じ」

「オレもだ、体の奥底から力が漲ってくるような……」

「やった〜大成功!」

「……? ごめん、俺なんとも無いんだけど」

「ルーカスのは効果が違うって言ったでしょ? あたしと教官のは自己強化って感じだけど、ルーカスのはどっちかっていうと力を抑制するものなんだ」

「え、弱くなるってこと?」

「そうとも言う!」

「何でそんな嫌がらせするの……」

「誤解だよ〜、ちゃんとルーカスのこと考えて作ったんだよ。多分、エフィネアに帰ったら効果が分かると思う。さてと、後はシャトルにこのデリスビットを付ける作業だね」

パスカルは身の丈ほどもある巨大な機械装置を担ぎながら言う。シャトルはフォドラ到着の際に壊れてしまい、それを現在サイという少年が修理してくれているのだとルーカスは説明を受ける。

「結構派手に壊れてたからな〜、あれを一人で直すのはちょっと大変かも」

「急いで戻ってもし直っていないようなら、ぼくたちも手伝いましょう」

皆が連れ立って歩き出すのについて行こうとして、ルーカス初めて見知らぬ女性が居ることに気付いた。そういえば、マリクから聞いた経緯の中で話が出ていた気がする。確か名はエメロードだったか。

彼女の話によると、ラムダの狙いはエフィネアの中枢である星の核と融合し、エフィネアを器とした新たな生命体へと成り代わる事らしい。それが果たされればエフィネアの原素は失われ、生き物が暮らせない場所になってしまうと言う。

「そうなったら過程はともあれ、結果的にフォドラ同様オレたちの世界は滅亡だな」

「猶予はありません、既に準備が最終段階に入ったことは間違いないのですから。すぐにシャトルの発射基地へ行き、強化の作業を急ぎましょう」

どうやらフォドラにもシャトルの発射場というものはあったらしい、エメロードに連れられて到着した街の一角には、出発前と同じ姿をしたシャトルが置いてあった。修理は上手くいったらしい。

繭を切り裂く為に用意したらしいパスカルお手製のデリスビットも装着し、ついでに今回の不時着の反省も込めてどこでも離着陸が出来るよう改良を施されたシャトルに皆で乗り込む。

「エメロードさん、ここまで手をかけて頂き本当に有難う御座いました」

「……実は折り入って皆さんにお願いしたい事があるのですが、フォドラを壊滅させたラムダを討つ事は残された私の使命と思っています。私もエフィネアへ同行させて頂けないでしょうか? フォドラの民として、事態の収拾にご協力したいのです」

知識や技術の提供も惜しまないと言うエメロードの申し出を、アスベルは快く受け入れる。

「なんとしてもラムダを……リチャードを止めなければ」

己に言い聞かせるように呟いたアスベルに、ソフィが胸に手を当てて俯く。その心が、いつものようにルーカスの頭にも流れてくる。

(そう……何としてでもラムダを止めないと……それが私の使命……私の生まれた理由……、例えそれが私の命と引き換えになるとしても……絶対に成し遂げてみせる……!)

「……え?」

思わず口から声が漏れた。驚きソフィを見るルーカスに、マリクが「どうした?」と聞く。ソフィは二人には気付かずに、シャトルの座席に移動する。

「いや……ソフィが……」

「ソフィがどうかしたのか」

今のは、激戦に赴くにあたっての心構えのようなものだろうか。
だが己を鼓舞するものにしては、声と共に流れてきた彼女の意思は強過ぎるようにも思えた。

「……なんかちょっと、危ないこと考えてるかも。ラムダと戦うことになったら、注意して見ててあげた方がいいと思う」

「……そうか、実はオレも少し気になっている事があってな。ソフィの事では無いんだが……」

マリクがエメロードを見て言うので、ルーカスは「あの人がどうかしたの」と小声で続きを促す。

「……いや、今はまだ止めておこう。確証の無い事を話しても、下手に不安を煽るだけだろうからな。すまん、忘れてくれ」

ガシガシと頭を掻くマリクに、ルーカスはいつか雪国でヒューバートが言っていたことを思い出す。

マリクの判断は常に正しい。杞憂で済めばいいが、この男が警戒しているということはまず間違いなくエメロードには何かあるのだろう。ルーカスはそう確信した。






「荒っぽいやり方だったが、なんとか上手くいったようだな」

二人のそんなやり取りから十数分。シャトルはフォドラを離れ、再びエフィネアの大地に降り立っていた。
パスカルの作ったデリスビットは正常に起動し、製作者の狙い通り見事に繭を切り裂いた。そのまま繭の中へと吸い込まれるようにして落下していったシャトルは、巨大の木の枝に引っかかって停止する。

ぞろぞろと降り立った一行の中でマリクが第一声を放ち、パスカルも「デリスビットが役に立ってよかったよ」と安堵の声を零す。

繭の内部は外観と同じく無数の糸のようなもので構成されており、まるで蜘蛛の巣にかかった羽虫の気分だなとルーカスはげんなりした。自分達も捕食される立場にならなければいいが。

「この繭はラムダが己の肉体を作り変える場であると共に、ラムダが身を守る砦でもあります。おそらく内部はラムダの組織を植え込まれ、凶暴化した魔物が大量に存在している事でしょう」

「繭の外に出てきた魔物は、全体の一部に過ぎないって事ね」

「たとえ何が待ち構えていようと、ぼくたちのやる事に変わりはありません」

「オレたちの世界をフォドラのようにしてはならない、なんとしても食い止めよう」

決意を新たに、皆は周囲を警戒しながら歩き出す。確かに魔物の数が多く連戦を強いられ、マリクはまたルーカスが倒れるのではないかと心配になったが、予想に反し当人は調子良さげに杖を振るっていた。

「大丈夫なのか?」

「うん、なんか今はあんまり魔物の声が聞こえてこないから」

「それが指輪の効果だよ〜!」

パスカルがここぞとばかりに言う。曰く、ルーカスの異能もアスベルらがソフィから受け取った力と似たようなものらしく、であればその力を発現させている原素を体内から抜き出せば、症状を緩和できると考えたらしい。

「凄い楽だ、有難うパスカル」

「どういたしまして、これでいつもの無敵に素敵なルーカスの復活だね! とはいえ、W術も原素の影響を受けるから、それを指輪で吸収しちゃうとどうしたって威力は落ちちゃうんだけどさ」

「いいよ、普通に戦う分には問題無いから」

言葉の通り、元々の強さが桁外れなルーカスは、力を抑えられたからと言って引けを取ることは無かった。それを見たマリクは「頼もしいことだ」と言いながら、負けじと武器を振るう。

そうして一行は順調に進み、やがて巨大な空間に出た。まるで舞台のようにドーム状に開けたその場所に、翼を生やした人らしきものが蹲っている。

銀の髪と赤い瞳を持つその男性の顔立ちを見たアスベルは、それが己の知る友人のものである事に気付いた。

「リチャード! その姿は……」

「貴様たち……何故ここへ」

「お前、リチャードなのか? それとも……」

「今喋っているのはラムダの意識、騙されては駄目です!」

エメロードの言葉に疑いを持ったルーカスは、確認の為に一瞬だけ指輪を外した。目の前の人物に意識を集中させるが、確かにラムダの声は聞こえてこない。

「ここまで来られた事は褒めてやろう。だが、残念だがここまでだ……貴様たちに我を阻むことは出来ない!」

手を掲げてエネルギーの塊を生み出すリチャードに対し、アスベルな危険を顧みずに接近する。

「リチャード! 俺の話を聞いてくれ!」

「アスベル、危ない!」

ソフィの鳴らした警鐘にアスベルが反応して、自分目掛けて飛んできた攻撃を避ける。アスベルは諦めずに何度も呼びかけたが、以前対峙した時のようにリチャードが表に出てくることは無かった。
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