04.すれ違う各々の想い

容赦なくこちらを屠ろうとしてくる相手を皆で何とか卸すと、気を失った相手の体から黒い固まりが出てくる。

「あれがラムダの正体……?」

ソフィには分かるのだろう、ヒューバートの疑問に首肯で返すと、人の形になろうとしているその黒い塊にゆっくりと近付いていく。

「ラムダ……これがわたしの……わたしの、使命……」

一度アスベルたちを振り返ったソフィだったが、そのまま決意を固めたような表情でラムダに向き直った。そして、以前ラントで見たような光の柱を出現させる。

「何をするんだソフィ!?」

「みんな……さよなら。ラムダを決してわたしも……消える」

ああ、シャトルで聞いたあの言葉は、やはりただの決意表明では無かったのだ。

彼女が自爆しようとしていることを確信したルーカスは止めるために足を踏み出したが、それより早くエメロードが放った雷撃が彼女に当たる。

「うあっ!?」

「なっ……!」

「ソフィ!?」

結果としてソフィの攻撃は中断されたが、そのやり方はいたいけな少女に対する慈悲によるものとは思えない。
何を、と目で訴える皆に、エメロードは淡々と答える。

「ラムダごと対消滅しようとしていたのを阻止したのですよ」

ラムダを滅ぼす為に着いてきた筈の彼女がそんなことをするのはおかしい。
やっぱりマリクの危惧していた通りこいつは黒かと睨みつけるルーカスの前で、
雷撃から立ち直ったソフィがエメロードに飛びかかる。だがそれも、再び繰り出された雷撃によって弾き返されてしまった。

「ソフィ、大丈夫か!」

「なぜ……邪魔をするの……。わたしの命と引き換えにラムダを完全に消滅させる、その機能をつけたのはエメロードなのに」

苦しげに言うソフィに、アスベルが険しい顔でエメロードを見る。

「……その話は本当なんですか?」

「その通りです、プロトス1はラムダと対消滅させるために作られたのです」

「そんな……」

「しかし、もうその必要はなくなりました。今やラムダは、消滅させるには惜しい存在に進化したからです」

うふふふふ、と気味の悪い笑いを零しながら、エメロードは人型になった黒い塊、ラムダへと手を差し伸べる。

「来なさい、ラムダ!」

ラムダは誘われるがままにエメロードの中へ溶け込み、ラムダを取り込んだエメロードは宙に浮いて禍々しいオーラを放つ。

「ああ……無限の力が漲ってきます……! ラムダの新たな命を生み出す力は私の知恵にやって生かされ、フォドラに希望をもたらすのです。私の意思のもとに生み出される新たなフォドラの命たちは、どの生命体より優れている筈。あなた方は……この大いなる目標の一過程に携われた事を感謝すべきです。その尊い犠牲が、我がフォドラの歴史に刻まれるのですから……!」

「もしかしてエメロードの狙いはラムダの生命力と、この世界の大W石の原素?」

「さすがはアンマルチアの末裔、いい洞察力ですね。この原素はフォドラの人間である私にこそ活用する権利がある。エフィネアは本来フォドラに従属すべき殖民衛星、フォドラ復活のためにエフィネアが全てを差し出す……美しい物語ではありませんか。そしてその物語の主役は、この私です。同時に、私は主役でありながら物語を紡ぐ神になるのです。ラムダも、エフィネアも、フォドラも……全てが私の意のままに描かれる!

心酔しきった様子で高笑いするエメロードに、ソフィを支えていたアスベルが立ち上がる。

「そんな事を……させるわけにはいきません」

「そうですか……、ならば哀れな道化として、ここで死になさい!」

疑わしいどころか真っ黒じゃないか。ルーカスは心底呆れながら術の詠唱を始める。魔物に対してならいざ知らず、己の野望に捉われて他の犠牲を顧みない者を倒すのに、躊躇いなど微塵も無い。

だが全力を出したにも関わらず、追い詰めたかに思えたエメロードは直ぐに力を取り戻し、満身創痍のアスベル達を襲った。痛みに呻くアスベル達を見下ろして、エメロードは恍惚の表情を浮かべる。

これは、出し惜しみしている場合では無いか。指輪を外して己の力を最大限引き出そうとしたルーカスだったが、外した瞬間、脳内にノイズ混じりの声が響く。

これは確か、前にリチャードと対峙した時に聞こえたものと同じ。

「(貴様の如き存在が……)」

ノイズの中はっきりと脳に届いたその声が、力に溺れるエメロードの口からも聞こえてくる。

「(我の力を……手に出来ると思うのか!)」

次の瞬間、エメロードの纏っていた禍々しいオーラが肥大化し、エメロードの体を飲み込んだ。
驚き、もがき苦しむエメロードの悲鳴の後、彼女の体は爆発して霧散する。

「そ、そんな……! エメロードさん……!」

「何が起こっているんだ!?」

「見て下さい、まだ何かが……!」

場に残った黒煙の中に、人の姿が浮かび上がる。
それは幼い少年だった。白く短い髪に赤い瞳を持つ彼は、生気の無さそうな目で皆を見下ろす。

「ラムダ……」

少年にそう呼びかけたのはリチャードだった。元の姿に戻っていた彼は少年に近付き、先のエメロードと同じく手を差し伸べる。

「リチャード!?」

「おいで……ラムダ……僕のところへ……」

少年はリチャードの手を掴む。瞬間、エメロードとは比にならないほど強く赤黒いオーラが、リチャードの体を包み込んでいく。

「さあ行こう……僕たちの安住の地へ……」

「リチャード、よせ!」

アスベルの制止も虚しく、炎のように揺らめいたオーラが消えた時、リチャードは再び悪魔のような姿に変質していた。
絶句するアスベルを他所に、リチャードは地面に拳を叩きつけ、その亀裂から溢れ出た眩い光の中へと歩いていく。

「ラムダ〜〜ッ!」

「ソフィ待て! どこへ行く気だ!?」

駆け出そうとしたソフィを、アスベルが反射的に掴んで止めた。ソフィは凄まじい剣幕でその拘束から逃れようと足掻く。

「止めないで! ラムダを消さないと! ラムダ〜〜ッ!」

「落ち着けソフィ!」

地面の亀裂はどんどん広がり、次第に空間そのものが崩壊し始める。

「このままでは全てが崩れるかもしれんぞ、ここに居るのは危険だ!」

「どうするの!?」

「ここに居ては巻き込まれる、脱出するしかあありません!」

「見て、シャトルが!」

崩壊の影響でシャトルを支えていた木も倒れたのか、奇跡的に開けた天井から皆の直ぐ傍にシャトルが降って来た。
これ幸いと慌てて皆が乗り込むが、ソフィは未だ光の中へ消えたリチャードを追いかけようとする。

「ラムダ〜〜ッ!!」

「諦めろソフィ!」

半ば引き摺るようにして、アスベルが強引にソフィをシャトルに乗せる。全員が乗ったのを確認すると、パスカルは急いでシャトルを発進させた。






間一髪、崩壊から逃れた一行は、崩れていく繭を眼下に納めながらほっと息を吐く。

「全員無事か?」

「……なんとか」

「ソフィ!? 大丈夫!?」

散々無理をした反動が出てきたのか、荒い呼吸を繰り返すソフィにシェリアが駆け寄る。
ソフィは未だ取り憑かれたようにラムダの名を呟いて、よろよろと立ち上がった。

「やめろ!」

「離してっ! ラムダを消さないと! 消さないと!」

頑ななその様子に、手を払われたアスベルが声を荒げる。

「ソフィ!! お前は……自分のやろうとしている事の意味が本当にわかっているのか!? 自分が消えてもラムダを倒す……それは死ぬって事なんだぞ!」

「……それが、わたしが作られた理由だから」

「ラムダを倒すために死ぬ事が、お前がこの世に生まれた理由だって言うのか!?」

「そんな悲しい事を言わないで、死ぬ為に生まれたなんて……」

今にも泣き出しそうなシェリアに対し、ソフィは理解出来ないといった顔。

「悲しい……?」

「ソフィは悲しくないの? そんな一方的に運命を決められて。嫌な事は嫌だって言ってもいいのよ?」

「悲しい……、その気持ちはわたしにはよくわからない。わたしは人間じゃない、ラムダを消し去る為に生まれた存在。ラムダを消してわたしも消える、それがわたしの使命」

「なんだよ……なんなんだよそれは! 使命ってなんだよ……そんな使命なら、忘れたままで良かったじゃないか……!」

「……ラムダを倒さない限り、オレたちに未来が無いことは確かだ。その切り札がソフィだった……オレたちは一体どうすればいいというのだ……」

珍しく弱気なことを呟いたマリクに、皆が閉口する。シャトルのエンジン音だけが、静かな部屋の中に満ちた。

「……他に方法はないの? ソフィが犠牲になる以外にラムダを倒す方法は?」

「ねえ、なんかあるでしょ? そうでないと悲しすぎるよ、こんなの」

「わたし以外にラムダは消せない」

「そんな事、やってみなければわからない!」

「他にラムダを消す方法は無い。アスベルはわかってない。アスベルたちにはラムダは消せない」

「わかってないのはお前だソフィ! お前は自分が犠牲になれば、それで全部が解決すると思ってるんだろう。そうじゃない! それじゃ解決になんて全然ならないんだよ! お前は何もわかってない! 自分一人でなんでも解決出来ると思っている、人の話を聞かない頑固者だ!」

「わたしは……やらなくてはならない事をやろうとしているだけ。……わたしの邪魔をしないで」

「邪魔って……お前なあっ!」

「兄さん!」

このままでは本格的な喧嘩に発展してしまうと危ぶんだヒューバートが、憤るアスベルを宥める。
アスベルは納得いかない様子で、握った拳を震わせていた。

「いいかソフィ、俺たちは絶対に諦めない、諦めないからな!」

「……ここは一旦ラントへ戻ろう。場所を変えて、改めて皆で考えればいい」

「そうですね、私もそれがいいと思います」

操縦席に座るパスカルが「了解」の言葉と共に舵を切り、ラントへ向けてシャトルを発進させる。
ルーカスの脳内には、ぐちゃぐちゃになったソフィの心の声が、泣き声のように響いていた。






パスカルの正確な運転でラント領主邸に帰ってきた一行は、庭に居たバリーとフレデリックに出迎えられた。海辺の洞窟で別れて以来の再会に、お互いが無事を喜び合う。

マリクの提案通り、今後の方針を話し合う為に皆は領主邸の執務室へと集まったが、シェリアは「話があるから」と言ってソフィと共に出て行ってしまう。

残されたアスベルは居た堪れないのか、「少し頭を冷やしてくる」と言って、同じように部屋を出て行った。他の四人はその姿に同情しながら、寄り集まって意見を交わす。

「どうしたものですかね……、本当に、ラムダを倒す方法は他に無いのでしょうか?」

「きっとあるはず! ……って思いたいんだけどね」

「仮に方法があったとして、倒すのなら陛下諸共になってしまうだろうな……」

「……なんか、退いても進んでも地獄って感じだね」

四人は揃って溜息を吐いた。どうしたって暗い雰囲気になってしまう現状を打破しようとしたのか、パスカルが脈絡もなく話題を変える。

「そういえば、ルーカスと教官は仲直り出来たの?」

後回しにしていた問題に触れられて、渦中の二人はお互いに目線を逸らした。何とも分かり易い反応に、ああまだなんだとパスカルが察する。

「喧嘩中だったんですか?」

「そっか、弟くんは知らないのか。あのね、フォドラに向かう前にルーカスが――」

「パスカル! いちいち説明しなくていい!」

口の軽い旧友に頭を抱えつつ、ルーカスはマリクの手を引いて部屋から飛び出した。「どこ行くのさ〜?」という後方からの声は無視して、人気の無い場所まで移動する。

「お前も大変だな」

「本当だよ……悪気無いから余計にタチ悪い……」

「まあでも、決戦前にわだかまりを残しておくのも良くは無いだろう。今のうちにきちんと話しておくか?」

「……俺は別に、話すことなんて無いよ」

ふいと顔を背けるルーカスに、「ならなんで此処に連れてきたんだ」とマリクが苦笑する。

「命を軽視するような発言をした事は謝りたかったから。……つい最近友人を亡くしたばかりの人の前で言うのは確かに配慮が足りてなかった、本当にごめん」

「ああ……いやまあ、確かにそれもあるんだがな。そうじゃなくてオレが言いたかったのは、お前が死んで悲しむ奴は確実に居るって事だ。パスカルたちがお前を慕っている事を知らない訳じゃないだろうに」

「……でも、それでも、関係無いのは事実なんだよ。俺が死んだからって、パスカルたちの生活が何か変わる訳じゃ無いんだから。影響が出ないようにする為に極力一人で生きてきたんだし」

「そういう問題じゃないだろう……」

「ならどういう問題?」

ルーカスはマリクに詰め寄る、その顔は真剣そのものだ。

「俺の命は俺のものだよ。どう使うかは俺が決める、それについて指図はされたくない」

「指図するつもりは無いんだが……、敢えて言うならお願い、だな」

「お願い?」

「ああ。俺は前に言った通りお前を仲間だと思っているし、極力死んで欲しく無いとも思っている。だから、そんなに簡単に命を投げ出さないで欲しいとお願いしているだけだ」

「いやでも、フォドラに行く前は無理矢理掻っ攫っていったじゃん」

「……まぁ衝動的にそういう行動を取る事もある」

「…………」

「そう睨むな。お前だって以前ストラテイムの角の件で夜に抜け出した時に、オレのことを身を呈して庇ったりしただろう? もしオレがあれをやめろと言ったらお前はやめるのか?」

「それは……」

何も言い返せなくなって、ルーカスは押し黙る。その様に、マリクはふっと笑って頭を撫でた。

「人とはそういうものだ、諦めろ。そもそも、何をそんなに嫌がることがあるんだ? 死にたがりじゃあるまいし」

瞬間、ビクりとルーカスの体が震えた。マリクもそれに気付いて、頭を撫でていた手を止める。

その反応に、マリクは不思議なほどすんなりと、これまで理解出来なかったルーカスの言動の全ての意味がわかってしまった。
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