04.すれ違う各々の想い
「お前は、そうしたいと思うのか?」かつて雪道で自分がルーカスにしたその問いの答えを貰っていなかったこと。あの時、何も答えずに行ってしまうルーカスに不安を覚えて腕を掴んでしまったこと。不安が拭えずに、船室で眠る彼に言葉をかけたこと。
(……ああ、そうか。こいつの態度がおかしくなったのはそれからか)
「死ぬな」と言った自分の言葉を、ルーカスは聞いていたのだろう。そして、その答えがあの拒絶だったのだ。つまり――
「……お前は、死ぬつもりなんだな」
ルーカスは何も答えない。けれどもう確定だろうとマリクは思った。
生き方に疲れたのか、愛する人にもう一度会いたいのか、その理由はわからない。
ただルーカスにとって、そちらの気持ちの方が、今傍に居る自分たちを思うよりも強いことだけは解ってしまった。
「……オレたちじゃ駄目なのか? お前のその欠けてしまった部分を補うのに、オレたちじゃ足りないのか?」
縋るような、責めるようなその言葉に、ルーカスの瞳が揺れる。
「……だからさ、そういうのが無責任なんだって。俺があんたたちを選んで、その先の責任取る覚悟があんの?」
「……それは」
「無理でしょ、皆それぞれに大事にしてる物があるんだから。おっさんだって、カーツさんの意思を継いでフェンデルを立て直すって、立派な志があるでしょ。なのに俺なんかに構っててどうすんの」
「ルーカス……」
「悲しませることは悪いと思ってるし、悲しいと思ってくれることは嬉しいよ。でも、悲しさなんて他の希望や強い意志があればいくらでも癒せる。だから大丈夫だよ、俺が居なくなっても、この世界もあんた達も何も変わらない。……だから、お願いだから、中途半端なことして苦しめるのやめてよ」
「そんなつもりじゃない、ただ俺はお前が――!」
伝えようとした言葉は、ルーカスの両手で塞き止められた。
「もう、やめよう。この話は終わり。今はソフィの事でしょ、そろそろシェリア達も戻ってくるだろうから、俺たちも戻ろう」
「待て、ルーカス……っ!」
ルーカスはマリクの口から手を離すと、呼び止める声も聞かずに一人で歩いていってしまう。
「……ッ! くそっ!」
マリクはやり場の無い感情を拳に乗せて、力任せに近くの木を叩いた。木の葉がざわざわと揺れて、羽を休めていたらしい小鳥が慌てて飛び去っていく。
ただ俺は、お前が。
その先に何を続けようとしたのか、マリク自身にも分からなかった。ただルーカスの言葉に対して湧き上がってくる激情があって、それが口をついて出ようとした。吐き出すことの出来なかったソレが、マリクの心を乱す。
「あれ、教官、こんなところでどうしたんですか?」
木の幹に拳を当てたままうなだれていると、近くを通りがかったシェリアに見つかった。
「……なんでもない。ソフィとの話は終わったのか?」
「はい、今はアスベルと話してます。あの二人はもう大丈夫です、きっと」
「そうか……、なら、もう一度ちゃんと話し合わないとな」
とにかく、ここでこうしていても仕方が無い。
何やらゴキゲンなシェリアに連れられ、マリクはすごすごと応接室に戻るしかなかった。
「よし、全員揃ったな。それではまず、現状の報告から始めるとしよう」
アスベルとソフィが晴れやかな顔で戻ってきたのを見て、マリクがそう切り出した。
とりあえず最悪の状態からは脱したらしいと察して幾分明るさを取り戻した一行は、場を取り仕切る最年長の精神だけが今も荒みまくっているということには気付かない。
「え〜と、ラムダは今どうなってるのかな?」
「今頃は星の核に到着して、融合のための準備をしていると思う。今のラムダにとっては、星の核に辿り着くこと自体は、そんなに難しくない筈だから」
「融合が完了したら終わりですか、次で最後にしないと間に合いませんね……」
「今のオレたちが置かれている状況についてはわかった。次に、現実問題として、今のオレたちにラムダを倒すことは可能なのか? もちろん、ソフィを犠牲にする事なく、だ」
「今まではリチャード本人の仕業かもと思ってたから……こっちもあんまり本気になれなかったっていうのもあるよね。それであたし思ったんだけど……、エメロードがラムダを取り込んだ時、ラムダはリチャードから離れたよね? またリチャードからラムダを引き離すことが出来れば……」
「陛下を助けることも出来るって事……?」
「可能性はあると思うよ」
「ただ、最悪の場合は覚悟をしておかなくてはならないだろう……」
マリクの言葉に対し、アスベルは毅然と前を向いていた。それは、絶対に諦めてたまるものかという覚悟の表れ。
「あのね、みんな。出撃の前に、ひとつやっておかないといけない事があるの。星の核を目指すというのは、ラムダの中に入るのと同じ事。このままだとラムダの精神から干渉を受ける可能性がある、だから準備をしないといけない」
「準備?」
「難しい事じゃない、今から皆であの花畑へ行けばいい」
「花畑って、私たちが最初に出会ったあの?」
シェリアの言葉に、ソフィはこくりと頷く。ならば今から行こうと、領主邸を出て裏山へと向かう。陽は既に沈んでおり、月明かりが海と花とを優しく照らしていた。
「これからここの原素をわたしの中に取り入れる。それから、それをみんなに……分ける。そうすれば、ラムダの干渉を受けず、進めるようになる」
ソフィは「始めるよ」と言って、静かに目を閉じた。暫くして、全員の体が淡く光り始める。
不思議な感覚だった。毛布に包まっている時のような温かさと安心感に、そのまま眠ってしまいそうになる。
だが眠りに落ちる前に、その幸せな感覚は薄れて消えてしまった。
「……終わった、これでもう大丈夫」
「ソフィはオレたちに、ラムダとの最後の戦いに臨む力を与えてくれたのだな。オレたちも全力を尽くそう、二度とソフィが、自分だけを犠牲にするなど考えないように」
「そうだね、こうなったらソフィの出る幕が無いくらい大活躍しちゃおうか」
おどけて言うパスカルに皆が笑い、アスベルがソフィに歩み寄る。
「ソフィ、約束だ。自分だけでなんとかしようとするな。最後まで、俺たちは一緒だ」
「……うん」
二人は互いに手を差し伸べて重ねる。それが何を意味する行為なのかは、ここに居る全員が知っていた。