05.悲しみを超えて
「よし、では今日はここで解散しよう。各自準備を怠らないように。集合は明朝、この街の広場で」裏山からラントへ戻ってきた一行は、マリクの号令に応じて散り散りになる。
「ルーカス! ちょっと手伝って〜!」
さてどうするか、と考える暇もなくパスカルに呼ばれたので、特に抗わずに彼女に連れられて行くと、そこにあったのは作りかけの何かの装置だった。
「何これ?」
「有事の備え! ってなわけで、ちょっとそっち押さえてて!」
言われるがままに手伝っていると、「作業なら私が代わるわ」と、聞きなれた声が頭上から降ってくる。見上げれば、そこには呆れた様子のフーリエの顔。
「お姉ちゃん! 良かった、あたし心配してたんだよ」
「私の事なんてすっかり忘れていたんじゃないの?」
「あたしたちがフォドラへ行く時、助けに来てくれて有難う。あの時、あたしすごく嬉しかったよ。それにお姉ちゃんかっこよかった」
「私を誰だと思っているの」
「うん、そうだよね。お姉ちゃんだもんね。お姉ちゃんが居なくなったら、あたし……」
「パスカル……」
思い詰めたように言うパスカルにフーリエは一瞬優しい姉の顔をしたが、すぐにいつもの強気な態度に戻る。
「ま、そうね。あんたは私が見張ってないと、ちゃんとお風呂にも入らないしね」
「やだなあお姉ちゃん、最近は三日おきくらいに入ってるってば〜」
「三日おきって……」
呆れて物が言えなくなっているフーリエを見ながら、自分はお邪魔かなと思ったルーカスはそっとその場を離れようとしたが、
「待ちなさい、何逃げようとしてるのよ」
目敏いフーリエにすぐに見つかってしまう。
「ちょうど良かった、貴方にも話があるのよ。パスカル、ちょっとこの男借りるわよ」
「えっ」
「いいよ〜、じゃあポアソン貸してね!」
パスカルはフーリエと共に来ていたらしいポアソンを呼んで、作業を再開する。躱す言い訳を失くしたルーカスは、抵抗の余地なくフーリエに連行された。
研究所での続きでも言われるのだろうかと身構えていると、顔に出ていたのかフーリエに「そんなに恐がらなくていいわよ」と宥められてしまった。
「でもそうね、貴方に対してはいつもそういう態度を取っていたものね、私。……その事を謝ろうと思って」
「謝る?」
「ええ、今まで散々酷いことを言ってごめんなさい」
フーリエ頭を下げられ、突然のことにルーカスが動揺する。
「どうしたんですか急に」
「別に、ただのケジメよ。フェンデルでは貴方にも迷惑をかけたし、パスカルに協力してくれている事に感謝もしてる。……そんな貴方に、いつまでも八つ当たりをするのはみっともないでしょう」
フーリエは空を仰ぎ見た。フェンデルとは違い雲のない星の見える夜空を見ながら、彼女は続ける。
「本当は最初から解っていたのよ、ジルが死んだのは貴方のせいじゃ無いって。あの子は自分の意思で貴方の傍に居ることを選んだ、でも私はそれを受け入れたく無かったのよ。危険だと説得する私の言葉よりも、貴方を選んだのが悔しかった。だから死んだ時に貴方を恨んで、私の方が正しかったって、ジルはこの男に騙されたんだって思い込もうとした。……ジルがそんな奴に引っかかる訳ないって、誰よりも私が一番理解していた筈なのにね」
「フーリエさん……」
「貴方を責め続ける事は、ジルへの冒涜だって気付いたのよ。だから、もうやめるわ。ジルが死んだのは彼女が信念を貫き通したからで、貴方から無理矢理引き離して生かし続けていたとしても、きっとあの子は幸せにはなれなかった。いい加減、その事を認めないと」
フーリエは凛とした双眸をルーカスに向け、真剣な面持ちで告げる。
「貴方も明日はパスカルたちと一緒に行くんでしょう? くれぐも無茶はしないで、必ず全員で生きて帰って来なさい」
「……………………」
「返事は!?」
「は、はい」
気圧されて思わず了承してしまうルーカスに、フーリエは満足気に笑う。
「貴方たちが笑顔で帰ってくるのを、ジルと一緒に待ってるわ。……行ってらっしゃい」
「あ、ルーカス」
フーリエと別れ、呆然とラント内をさ迷っていたルーカスは、今度はソフィに呼び止められた。
ソフィは領主邸の庭にある花壇の前に座り込んで、こちらを見上げている。
「どうしたの? 元気ない?」
「……ううん、大丈夫。ソフィは何してるの?」
「クロソフィを見てるの」
クロソフィ、というのは恐らく花壇に並んでいる花の名前なのだろうと、そういった知識に疎いルーカスはぼんやりと思う。
「ソフィは花が好きなの?」
「うん。特にクロソフィは特別。この花とアスベルたちが、私をソフィにしてくれたの」
見下ろして喋るのも良くないかと思ったルーカスは、ソフィと同じく花壇の傍に屈んだ。
「アスベルとはちゃんと話せた?」
「うん。あのね、不器用な男の人は悲しいと怒るんだって。ルーカスもそう?」
「悲しいと怒る……? いや、俺はそういうのは今のところ無いけど」
「じゃあ器用なんだね」
そういうことでは無い気もするが、いちいち横槍を入れたくないので「そうかも」と適当に流す。
「アスベルが怒ったのは、わたしが消えると悲しいからだって、シェリアが教えてくれたの。わたし、悲しいって気持ちがどんなものなのか分からなかった。……ううん、気持ちはちゃんとあったのに、それを悲しいって呼ぶんだってことを知らなかった」
ソフィは目を閉じ、慈しむようにそっと己の胸に手を当てた。
「わたしも、アスベルが居なくなると悲しい。だから、アスベルが同じように思ってくれてるって知ってうれしかった。わたしもアスベルたちとずっと一緒にいたい、リチャードのことも助けたい、大切な友達だから」
でも、ラムダを倒せるのは私しか居ない。
目の前で喋るのと同じ声が、ルーカスの頭の中に流れてくる。
ソフィは今、ソフィとしての気持ちと、プロトス1としての使命の狭間で苦しんでいるのだろう。
「……大丈夫、きっと全部上手くいく」
ルーカスは自分の祈りも込めたそんな励ましを口にした。
それに対し、ソフィは切ない微笑みを返す。
「ありがとう、ルーカス。……そうなるといいな」
これ以上傍に居ても逆に気を遣わせるだけかと、ルーカスは立ち上がって庭から出ていく。すると、ちょうどこちらに向かってくるアスベルと目が合った。
「ルーカスさん、どこかへ行かれるんですか?」
「いや……、まだちょっと、眠る気にはなれなくて」
俺もです、と苦笑するアスベルに誘われ、近くのベンチに腰掛ける。あちこちで思い思いの時間を過ごしている仲間たちを見ながら、アスベルがぽつりと呟く。
「ルーカスさんは、守りたいもの全てを守るのは難しいと思いますか?」
投げかけられたその質問に、ああソフィやリチャードのことを考えているのだろうと推量しながら、ルーカスは答える。
「難しいと思う。でも、だからって簡単に諦められるものなら、最初から悩んだりしないと俺は思うよ」
答えを聞いて、今度はアスベルが、ああこの人はきっと魔物の事を言っているんだなと察した。
「ルーカスさんの生き方を俺は尊敬します。俺も貴方のように、例え困難な道でも、一人で歩いて行ける人でありたい」
「……アスベルがそんな風になる必要は無いよ。だってアスベルには、一緒に歩いてくれる人が居るでしょ。だから、わざわざ好んで一人になる必要なんかない」
そうか、この人は、望んで一人で戦っている訳では無いのか。
アスベルがその胸中を理解して、「すみません」と謝る。ルーカスは首を振って、
「そもそも俺は尊敬されるような奴じゃないよ。この生き方だって、好きで選んだ訳じゃない。もしこんな力が無ければ、他の人と同じように魔物を敵として倒してたと思う。……だから、心から友達のことを思って戦うアスベルの方が、よほどかっこいいよ」
「そんな……、俺なんて、口先だけで全然何も出来て無いですよ。今日だって、ラムダと行ってしまうリチャードを止めることも出来ず、ソフィに怒りをぶつけることしか出来なくて……、自分が嫌になります」
でも、とアスベルは下げていた顔を上げた。仲間たちを見ながら、しっかりと前を向く。
「ルーカスさんの言ってくれた通り、俺には仲間が居ます。挫けてしまいそうな時に、背中を押して支えてくれる仲間が。だから、俺は歩いていられるんです。……それはとても幸せなことなんですね」
「皆にとってのアスベルも、きっと同じだと思う。だから、アスベルたちなら例え難しくても最良の結果を掴めるって、俺は信じてるよ」
「ルーカスさん……、有難う御座います」
と、ルーカスの方を向いたアスベルは、北門にシェリアとバリーが二人で居るのを見てしまった。固まってしまったアスベルを不思議に思ったルーカスが、その視線を辿って納得する。
「それじゃ、俺はそろそろ行くね」
「へっ? あ、はい!」
分かりやすく狼狽しているアスベルに青春だなぁと微笑ましく思いながら席を立つと、
「ルーカスさん! 俺は、貴方の守りたいものも、一緒に守っていきたいと思っています」
と、背にそんな声をかけられた。
振り向くこちらに一礼して、アスベルは北門の方へ歩いていく。
ルーカスは意表を突かれた顔で暫くその姿を眺めていたが、やがて嬉しそうに笑って、彼とは反対方向へと歩いていった。