05.悲しみを超えて

「それで一人で帰ってきたの?」

そうして為す術もなくラントに戻ったマリクは、自分を待っていたらしいヒューバートとパスカルに出迎えられた。
ヒューバートから「二人が喧嘩して、ルーカスさんは怒ってどこかへ行ってしまった」とだけ聞かされていたらしいパスカルに経緯を話すと、呆れたように言われる。

「教官の言ってることはもっともだけどさ、追いかけて行ってそれは無いよ〜、ルーカスの事だから本気にしちゃったと思うよ」

「……すまん。だが俺も、あいつにどう接すればいいのかがもう分からなくてな……、振り回され過ぎて正直疲れた」

「ルーカスに付き合うのが?」

「と言うより、こちらの気持ちを全く理解しようとして貰えない事に疲れたんだ。俺はただあいつが心配で……それをストレートに伝えているつもりなんだ。なのにあいつは全く聞く耳を持たん、それどころか進んで危ない事ばかりしようとする。俺の言葉はあいつにとって、取るに足らん小言でしか無いのかと思うと……」

気落ちするマリクに、同情したヒューバートが「それは確かに堪えますね……」と呟く。
一方、パスカルは機械を弄りながら、

「取るに足らない小言だって、ルーカスがそう言ったの?」

「いや、ハッキリとそう言われた訳では無いが……、事実、俺の言う通りにしてくれた事など一度も無いからな」

「ルーカスは誰にでもそうだよ、まともに意見聞いたのなんてジルくらいじゃないかな」

「羨ましい限りだ。俺にもそれぐらい好意的になってくれれば助かるんだが……」

「あのさ、教官はルーカスのこと肯定してあげた事ある?」

ガリゴリとドリルでパーツを削るパスカルに、マリクが首を捻る。

「ルーカスがジルの意見を聞き入れてたのはさ、ジルがルーカスの意見を聞き入れてたからだと思うんだよ。ジルはルーカスのやる事に反対なんてしなかった、いつだってルーカスの味方だった。教官はどう? ルーカスのやってる事を肯定してあげた事はある?」

「それは……、俺は、あいつのやり方を受け入れる事は出来ん。あいつの考えを否定したい訳じゃない、魔物を守ろうとする気持ちは理解しているつもりだ。だが全て肯定すればそれこそあいつは際限なく無茶をするだろう、それを咎める事か悪い事だと俺は思わない」

「あたしもそれは分かるんだけどね、でもルーカスは結構頑固だからさ、ただやめろって言うだけじゃあ反発されるだけだよ。もっとさ、言い方ってのがあると思うんだよね」

「……例えば?」

「そうだな〜、ジルがよく言ってたのだと、ルーカスが怪我をしたら悲しいとか、だから自分の事も大事にしてねとか、そんな感じだったかな。ルーカスって基本的に優しいから、泣き落としみたいなのに弱いんだよね」

「俺にそれをやれと? それが効いたのは相手がその女性だったからじゃないのか」

「それは分かんないけど、少なくともあたしたちの中で一番ルーカスに効果ありそうなのは教官だと思うよ」

「まさか、何を根拠に」

「だってルーカスって教官の事好きでしょ?」

マリクも、静かに聞いていたヒューバートも、揃って「何を言っているんだ」という顔でパスカルを見た。

「……寧ろ嫌われていると思うんだが」

「ええ? なんで? すごい懐いてるじゃん、見てればわかるよ」

「どこがだ!? あいつは好感度と態度が反比例するような特殊な性質なのか!?」

「んー、なんて言うか、教官に対しての態度はさ、嫌ってるって感じじゃないんだよね。さっき教官は取るに足らない小言としか思われてないって言ってたけど、そんな事ないと思うよ。前にも言ったけど、ルーカスを叱ってくれる人ってずっと居なかったからさ、教官が心配して言ってくれてるのはルーカスだって分かってると思うし、それは嬉しいって感じてると思うんだ。ただ、それでも譲れない信念みたいなのがあるんだよ。今のルーカスはそれの板挟みになって、どうしようも無くなってるんだよ」

よし完成!と組み上がった機械をポンと叩いて、パスカルは散らばった道具を片付け始める。

「ソフィだってそうでしょ? プロトス1としての使命と、アスベル達との絆の間で揺れ動いて苦しんでる。ルーカスだってそれと同じだよ。だからさ、教官もアスベルやシェリアみたいに、ルーカスにもっと寄り添ってあげればいいんじゃないかな」

「俺は寄り添っているつもりだぞ、壁を作って距離を置いているのはあいつの方だ」

「とにかく、今は目先の事を考えませんか? ルーカスさんは結局、明日は非参加という事になるんでしょうか」

「かもしれん。先の態度を見るに、あいつはラムダと戦う覚悟が出来ていないようだったからな。戦力的には痛いが、連れて行っても不安要素が増えるだけだ」

「じゃ、明日はルーカスの分まで頑張らないとね!」

マリクはそれに頷いて、宿に戻る際に一度だけ街の外に視線を向けた。
だがそこに人の姿は無く、マリクは諦めてその場を後にした。






マリクと別れた後、あてもなくとぼとぼと夜道を歩いていたルーカスは、先の言葉を頭の中で反芻していた。

これで良かったんだ。元々、自分の勝手に誰かを付き合わせるつもりなんて無かったし、自分のやることなすこと何にでも反応してくるマリクを煩わしくも思っていた筈なのだ。
だから、漸く離れられてスッキリした――筈なのだが、ルーカスは自分でも驚く程に先の言葉にダメージを受けていた。

(……無意識に甘えてたのかな)

これまでの旅の中で、マリクには幾度となく助けられていた。それが当たり前のようになってしまっていたけれど、居なくなるとこんなにも心細いものなのか。

(そう言えば、誰かと一緒に居たのも久しぶりだったもんな)

故郷を離れてから、ジルが居なくなってから、長い間自分は一人で居た。だからもう孤独など感じ無いだろうと思っていたのだが、アスベル達と居た時間は、麻痺していた己の感覚を正常に戻してしまっていたらしい。

(一人で居るのが寂しいなんて思ったの、いつぶりだろう)

だが、それを嘆いても仕方が無い。今のこの現状は、自分が招いた事なのだから。マリクに言った言葉は、決して気紛れで言った事でも無かった筈だ。
ならば自分は、払った代償に見合うだけの結果を得なければならない。

ルーカスは己を鼓舞して、止まってしまっていた足を再び動かし始めた。
その足はやがて、地下深くまで続く巨大な縦穴――以前リチャードが空けた大穴の前に辿り着く。

(リチャードの事、アスベル達の為に何とかしようって思ってたけど……、今はリチャードよりラムダの方が気になる)

ラムダが魔物の主のような物なのなら、見捨てる訳にはいかない。
例えそれがマリクと対立する結果になるとしても。

(……、仕方ないよね)

ルーカスは躊躇いを振り払って、意を決して一歩を踏み出した。その先に待つであろう、ラムダに会いに行く為に。






翌朝。各々決戦前の準備と覚悟を終えたアスベル達は、ラントの広場に集まっていた。
アスベルとシェリアとソフィの3人は、事ここに至って漸くルーカスが居ないことに気付く。

「あれ、ルーカスさんは何処へ……?」

「ルーカスは今日はお休みだよ〜、最近調子悪かったからね」

「ルーカス、具合悪いの?」

「大丈夫ですよ。全て終わったら、皆で報告に行きましょう」

パスカルとヒューバートは本当の事を話すつもりは無いらしい。決戦前に余計な心配をさせたくないのか、はたまたマリクに気を遣ったのかは分からないが、アスベル達はそれを疑うことなく受け入れる。

広場で見送りをしてくれたバリー達に手を振って、アスベル達は一夜遅れてルーカスが通ったのと同じ道を進んだ。ソフィが危惧した通り、星の核は既にラムダの影響を受けつつあるようで、彼の過去と思しき映像を一行に見せつけてくる。

そこに映し出されていたのは、在りし日のラムダと、育て親であるコーネルの温かい記憶だった。だが進むにつれ、それは凄惨なものへと変わっていく。

酷い肉体実験を受けていた事、危険な存在だとして殺されかけた事、コーネルを喪った事、エフィネアで迫害され続けた事、プロトス1と何度も戦った事。そのどれもが、ラムダの怒りと嘆きをありありとアスベル達に伝えてくる。

やがて開けた視界の先には、眩い光を放つ巨大な球体があった。そしてその中心には、ラムダと融合したリチャードの姿がある。

リチャードはアスベル達の姿を認めると、その表情を怒りに染めた。

「アスベル……いい加減にしろ、僕達の邪魔をするな!」

「よせ、リチャード! お前はラムダが何をしようとしているのか分かっているのか!?」

「当然だろう。ラムダの意志は僕の意志、ラムダの希望は僕の希望だ。もうすぐ僕達はこの世界そのものになる、僕達の理想そのものに! こんな汚れた世界……僕達に優しくない世界など作り変えてしまえばいいんだ」

「お前の言う理想の世界とはどんな所だ? こんな事をして実現するものなのか?」

「……僕達が世界そのものになれば、醜い争いの元凶を地上から消し去る事が出来る。争いの元凶……それは人間の存在だ。人は己の欲の為に際限なく争いを起こす。人は存在している事自体が罪であり、間違いなんだ……、違うか?」

「人間を滅ぼす事で争いを無くす……? そうしたらお前はどうなるんだ? たった一人になって、それからどうするっていうんだ! そんなやり方で争いの元を断とうなんて間違ってる!」

アスベルは頭を振って、遠い過日を思い浮かべながら優しく語りかける。

「故郷を追われた時、お前は俺に手を差し伸べてくれたな。それが俺にはとても嬉しかった。リチャード、お前ならこんな事をしなくても、その優しさで争いを無くせる筈だ」

だがその言葉すら、今のリチャードの心には届かなかった。

「黙れ!!」

リチャードの感情に呼応するかの如く、彼を取り巻く原素が強さを増す。
どうあっても戦いを避けられないと悟ったアスベル達は、それぞれに武器を構えた。

「君達にはもう僕達を止めることは出来ないよ。なぜなら……君達は……我の手によってここで死ぬのだから!!」

そうして戦い始めるアスベル達を、離れた場所から見ている人影があった。
その人影は――ルーカスは、そうして二派が争うのをただじっと見ていた。
脳裏に浮かぶのは、夜にラムダと交わしたやり取りだ。

『……やはり来たか。歓迎するぞ、我らの同志よ』

ラムダは一人やって来たルーカスをそう言って招き入れたが、ルーカスはその手は取らなかった。

「ここに来たのはあんたの仲間になる為じゃない」

『ならば滅ぼしに来たのか? やはりお前も所詮は人の子か』

「それも違う、俺はあんたにお願いしたい事があって来たんだ」

『……お願いだと?』

「明日、アスベル達がここに来る。あんたが依代にしてる、大切な友人を助ける為に」

その言葉に表情を変えたのは、リチャード本人の意思だったのかもしれない。
ラムダと同化しかけている相手を見ながらルーカスは続ける。

「俺はそれを邪魔しない。戦うことになったとしても、俺はどちらの側にもつかない。ただ、もしアスベル達がお前を消そうとするのなら、俺はあんたの味方になってもいい」

『……何が目的だ?』

「目的って言うほど大層な考えがある訳じゃないよ。ただ俺も、あんたは死ぬべきじゃないって思っただけ」

『…………』

「ただ、もしもアスベル達があんたを消そうとせず、別の道を探そうとするのなら……、その時はちゃんと向き合って、相手の言い分も聞いてやってくれないかな」

『……それをして、貴様になんの得がある?』

「損とか得とかそういう話じゃないよ。ただ、俺は皆が笑って居られたらいいなって、皆で幸せになれたらいいのになって、そう思ってるだけ。ずっと、俺の願いはそれだけだよ」

たったそれだけの願いのために、どれほどのものを犠牲にしてきただろう。
自嘲気味に苦笑するルーカスに、ラムダは『無駄な事だ』と呟く。

『貴様のその願いは、人が人である限り叶うことは無い。我らと人は決して分かり合えぬ』

「それを決めるのは、アスベル達と戦ってからにしようよ。やりもしないで結論付けるなんて、あんたの嫌いな人間とやってる事変わらないよ」

『……、いいだろう、そこまで言うのならお前の話に乗ってやる。だが、絶望する事になるぞ……』

「……その時は、俺ももう諦めるよ。俺のやってきた事は全部無駄だったんだって認める。でも俺は信じるよ、アスベル達の事も、あんたの事も」

最後の言葉に疑問符を飛ばしたラムダに、ルーカスが笑う。

「俺が守ろうとしたものはどっちも間違いなんかじゃない。俺は、それだけは信じてる」
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