05.悲しみを超えて

そして今。ルーカスは祈るように、アスベル達の戦いを見守っていた。
ほぼ互角の戦いの中、先に膝をついたのはリチャードだった。
倒れ伏すリチャードは、駆け寄ってきたアスベルに少しだけ表情を和らげる。

「アスベル……君なら僕を止めてくれると思ったよ……。僕は……裏切られるくらいなら、誰とも関わりたくない……」

『いや、いっその事、誰も居なくなってしまえばいい!』

「みんな……消えてなくなればいい……そう思う一方で……誰かに救って欲しい……わかって欲しいと思っていた。君と争いながらも……君に……助けて欲しいと願うなんて……」

「お前は俺の友達だ……! どんなに争っても、俺はお前を見捨てない! 見捨てられるもんか……!!」

真っ直ぐにその目を見つめて答えるアスベルに、リチャードは礼を言う。

「だが僕は……気付くのが少し遅かったようだ。僕はもう……ラムダの気持ちと……自分の気持ち……どっちが自分の気持ちが……わからなくなって来ているんだ……。このままでは……君たちの命を……奪うことになってしまう。だから……今のうちに……止めを刺すんだ、早く……」

その言葉に、リチャードの体がビクリと痙攣して跳ね上がった。同時に、その体から収まりかけていた黒い気が溢れ出してくる。

『我と共に……消えるというのか……? 生きる権利を自ら放棄するというのか……? ありえん……我々を苦しめた存在のために消えるなどあり得ん! 消えるのならば一人で消えよ、生きる意志のない者に用は……無い!』

溢れた気はリチャードを取り込み、その言葉通り中にいる宿主を殺さんとしていた。
流石に見過ごせなくなったルーカスは、皆の前に飛び出す。同時に、アスベルがラムダから強引にリチャードを引き剥がした。

突然のルーカスの登場に驚く面々は無視して、宙に浮かぶ黒い原素の塊となったラムダと対峙する。

『やはりお前も、この男も、真に我を理解する事は出来ない様だな……、我を滅ぼそうとする人間共と何も変わらない……』

「そんな事ない、俺は、あんたを滅ぼしたりなんてしない」

『だが、他はそうでは無いようだぞ?』

ルーカスは振り返って、アスベル達を見た。確かにその表情からは、和解しようという気は感じられない。今しがたリチャードを殺めようとした事も、彼らの警戒を強める要因になってしまったのだろう。

「……ルーカス、そこを退け」

「……退かない、俺はまだ諦めてない」

「そうか。……なら仕方が無いな」

マリクは武器を構えて臨戦態勢を取った。それは言外に「諸共叩き切る」という意志を表しているのだろう。

『答えは出た筈だ、その者共は我を敵とみなし排除する事を選んだ』

「……なら、俺も約束を果たすだけだよ」

ラムダに手を差し伸べるルーカスに、成り行きを黙って見守っていたシェリア達が困惑する。ラムダも同様に、その選択に戸惑っている様だった。

『……正気か?』

「今更だよ、俺は最初っからおかしい人扱いされてたんだから。元々死ぬつもりだったし、ここであんたと一緒に戦って死ぬのも悪くないかもね」

「そんな……! ダメだよ、ルーカス……!」

悲痛な顔で叫ぶパスカルに、同じ表情を返したルーカスか謝る。
そしてその身体に、ラムダが乗り移った。

同化すれば余計に、ラムダの気持ちが理解出来てしまう。蓄積されたその辛さが、身を割くような痛みとなって全身に広がっていく。

「……それがお前の答えか、ルーカス」

「そうだよ。あんた達が、世界中の皆がラムダの敵になるなら、俺はラムダの味方になる。力で捩じ伏せられるならやってみればいい。俺も今回は本気で行くから、死にたくないなら全力で来なよ」

「くそ……っ! やるしか無いのか……!?」

再び武器を構え直したアスベル達に、ルーカスが詠唱を始める。パスカルもそれを追うように詠唱を始めるが、合間に「もうこんな事やめようよ〜!」と嘆く。

「ルーカスはただでさえ強いのに、ラムダの蓄えた膨大な原素まで与えちゃったら勝てっこないよ!」

「いいからやるんだ、戦って勝つ事でしかこの状況は打破出来ん」

「教官は何でそんなに冷静なのさ〜!」

ルーカスのW術とパスカルのW術がぶつかって、周囲の岩を吹き飛ばす。巻き上げられた土埃に紛れて間合いを詰めた前衛が、詠唱の隙を突いて攻撃を仕掛けた。

「こんな事になる気はしていたんでな。それより、今は戦いに集中しろ。今のあいつはラムダでもあるんだ、気を抜くと本当に殺られるぞ」

情け容赦のないルーカスの猛攻に弾き返されたアスベル達が地面を転がる。マリクはそれと入れ替わるようにして前に出た。
振りかざされた刃を杖で受け止めたルーカスの頭に、ラムダの声が響く。

『あれだけ信じていた仲間と殺し合う気分はどうだ? 始めから我と同じように人間など見限っていれば、傷付かずに済んだものを……』

力の差をW術の併用で覆してマリクを押し返したルーカスは、肩で息をしながら答える。

「そうでも無いよ。ラムダ、あんたは分かってない」

『……分かっていないのはお前の方だ』

「いや、俺はちゃんと分かってるよ。皆が俺に向かってくるのは、俺が憎いからじゃない。俺を傷付けたいからじゃないって」

『…………』

「皆ただそれぞれ、大事なものを守ろうとしてるだけなんだ。あんたがそれを脅かそうとしてるから、止めようとしてるだけ。それが分かるから、俺は例えこの戦いで殺されたとしても、皆を憎んだりはしない」

傷ついた仲間をシェリアが癒し、再び立ち上がったアスベルらが突進してくる。ルーカスはそれら全てを躱しきる事は出来ず、出来た傷に顔を顰めながら反撃。

「あんただって同じ筈だ。長いこと一人で抱え過ぎて忘れていただけで、最初はアスベル達と同じだった筈だ、人間の事が好きだった筈だ。大切な人と共に笑っていられたら、それで良かった筈なんだ」

お互い一進一退を繰り返し、一人、また一人と脱落していく。
残ったアスベルとソフィとマリクに、満身創痍のルーカスが杖を向けた。

「だから俺は諦めない。あんたもアスベル達も、ただ互いの事を理解してないだけだ。あんたらはよく似てるよ、姿形が違うだけで、本質的には何も変わらない。俺はこの力を得た時から、ずっとそれを知ってるんだ」

アスベルの剣がルーカスの杖を弾き飛ばして、ソフィの拳が無防備になったルーカスの身体を突き飛ばす。
W術を使う度に、ラムダに蓄えられていた原素は放出され、星の核に吸収されていった。もう殆ど力は残っていないルーカスがよろめきながら立ち上がろうとすると、その首筋にマリクが刃を当てた。

「……俺の負け、かな。でも……ラムダは消させないよ……」

「……お前に寄生しているのなら、お前を殺せば勝手に消えるだろう」

その言葉を聞いて、ラムダは自ずとルーカスの中から出て行った。同時に、凄まじい脱力感に襲われたルーカスは倒れそうになる。

だが、随分と小さくなったラムダにソフィが近付くのを見て、ルーカスは鉛のように重い体を引き摺ってその行く手を阻んだ。

「ルーカス……、お願い、そこを退いて。わたしは、これ以上ルーカスとは戦いたくない……」

「……ありがと。でも……駄目だよ、ソフィ。プロトス1としての使命……なのかも、しれないけど……、それは……させられない」

「……どうして?」

「そうだなぁ……、強いて言うなら……、ラムダは俺の、友達、みたいなものだから……かな……。ソフィもラムダも……俺にとっては同じだけ大切で……守りたい大事な存在なんだ……、だから……」

「ルーカスさん……」

その言葉を聞いていたアスベルは、覚悟を決めてラムダに手を伸ばした。

「兄さん……!」

「大丈夫だ……、俺は乗っ取られたりしない。ただ……生きていたいだけなのか……それを……確かめるっ!」

ラムダから強い光が溢れたかと思うと、アスベルは意識を失って倒れてしまった。慌てて駆け寄った仲間達の頭に、ラムダとアスベルの声が響いてくる。

『あの時俺たちが見たのは、やはりお前の心だったのか』

『……他者の不幸な過去は、さぞ楽しかった事だろう。……満足したか?』

『そんな訳ないだろう、満足なんて……できるわけが無い。お前の過去は確かに悲しみに彩られていた、けれどそれは理由になんてならない筈だ。だから……』

『自分は乗り越えられた、だからお前も乗り越えられる筈、そう言いたいのか? 人間は強欲で残忍な生き物だな。その上……傲慢だ。理解するフリをして、他を見下しているお前も同じだ。お前の考えなど読めている、どんな御託を並べようと無駄だ』

『読めている……か。だったらその読みはまだまだ甘いな。俺がいつ一人で乗り切れると言った? 誰しも一人では乗り越えられない事がある。けど、手を取り合い協力し合えば、何だってやれる……俺はそう思っている』

『協力……その言葉で騙されるのは、愚かな人間という存在だけだ』

『……そうだな。確かに人間はどうしようもない生き物だ。もちろん俺も、そんなどうしようもない人間の一人さ。だが……お前は知っている筈だ、人間は決してそれだけじゃないと。誤解から悲劇が生まれ、その悲劇が更に大きな悲劇を生んだ。お前がこの世に生まれてやりたかった事は、そういう悲劇の連鎖なのか? お前を育てたコーネルさんは、悲しませるためにお前を育てたんじゃない筈だ』

『コーネルは……我に生きよと言った、人ではない我……人の形を持たない我に』

『生きるとは何か、なんて俺には簡単に答えられない。だがこれだけは分かる。コーネルさんはお前にこの世界を、もっと見せたかったんじゃないか? 生きて、この世界を知って欲しかったんだ。しかしお前は生きる事で、悲しみだけを知ってしまった』

まるでルーカスの事のようだなと、倒れて動けなくなっているその人を助け起こしたマリクは思った。当の本人もそう思っているのかは定かではないが、アスベル達のやり取りを真剣な顔で聞いている。

『だけど世界には素晴らしい事も沢山ある。コーネルさんがお前に見せようとしていたのは、そういう世界だった筈なんだ。……なあラムダ、この世界をもう一度見てみないか? 俺の中に入ったまま、一緒に生きる事で、だ』

『……お前はそれでいいのか。我を消せば全てが終わるものを、何故……』

『お前に消えて欲しくないと願っている人が居るからだ。それに、お前を消すとなると、ソフィも一緒に消えてしまうからな。俺も、人間に可能性があるんだって事を、お前に見せなきゃ気が済まない。この世界を終わらせようとした事が、いかにとんでもないか、それも分からせてやる。さあ、手を取れ』

『……断ると言ったら?』

『……俺がお前の手を取るだけだ。どちらが先かなんて関係ない、手は繋ぐ事に意味があるんだから』

アスベルのその言葉に、ルーカスは自分も救われたような気がした。
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