05.悲しみを超えて

その後、無事に目を覚ましたアスベルは、その言葉通りラムダを身に宿していた。
だがリチャードの様に操られるという事はなく、ソフィも今のラムダに敵性はないと皆に伝える。

エフィネアが救われた事、ソフィが対消滅を使わなくても良くなった事、アスベルやリチャードが無事だった事を理解した面々は、破顔して騒ぎ出す。それをマリクの腕の中で遠巻きに眺めていたルーカスも、「良かった」と言葉を漏らした。

「……気は済んだか」

「うん。……その、滅茶苦茶なことしてごめん」

「全くだ。だが、結果としては良かったのかもしれんな」

「アスベル達のお陰でね」

ヘトヘトで立ち上がる事も出来ないルーカスは、マリクに体を預けたまま感慨深そうに呟く。

「……俺さ、多分、ずっとこれが見たかったんだと思う。皆が笑ってて、誰も悲しんでない、そういう光景。その為に必死になって魔物を庇ってた筈なのに、いつの間にか手段が目的になってたなぁ……」

魔物を庇う事で犠牲が出る度に、もう引き返せない道を突き進む義務感だけが強くなっていった。ラムダに偉そうな事を言ったが、初心を忘れてたのは自分も同じだったなとルーカスは思う。

「成り行きでしか無かったけど、アスベル達に着いて来て良かったよ。パスカルには感謝しなきゃね。……これでもう、悔いは無いかな」

「何を言っているんだ、これからだろう」

え、と疑問を返したルーカスに肩を貸して立たせたマリクは、飛空挺に向かう仲間達の後を追う。

「これから先、生きていればもっと良いものが見れるさ。俺が見せてやる。……お前を追いかけて行った時、本当はそう言いたかったんだ」

「何言ってんの、そんなの許されるわけ無いじゃん。俺はもうあんた達とは一緒には居られないよ、一歩間違えたら殺してたかもしれないのに。これまでだって何回も危険な目に遭わせてさ、これ以上一緒になんて居られないよ。俺はここで別れ――」

その先の言葉は、抱き締められたせいで言えなかった。

「……その事についての説教は後でいくらでもしてやる。が、その前に」

マリクは子供にするように、ルーカスの頭を撫でて、いつになく優しい声色で言う。

「……一人でずっと、よく頑張ったな」

それは、パスカルの言葉を受けてマリクなりに考えた、ルーカスに寄り添う為の肯定の言葉だった。

マリクから離れようとしていたルーカスは、震える声で呟く。

「なんで今になって、そんな優しい言葉かけるかな」

「今だからだ。……正直、これまでは、お前の理想を軽んじていたんだ。魔物に味方する事で得られるものなど何も無いと、そう思っていた。だからこそ、お前がその為に身を削るのを黙って見ては居られなかった。だが……違ったな。お前の守ろうとしていたものが今のこの風景だと言うのなら、間違っていたのは俺の方だったのかもしれん。今のこの景色は、命を賭ける価値あるものだ。……気付いてやれなくてすまなかった」

もっと早くに気づいていれば、お互いこんなにボロボロになる事も無かったのにと苦笑しつつ、マリクは続ける。

「お前が一人で抱えてきたものを、これからは俺にも背負わせてくれ」

「……ッ、そんなの、ただ、負担かけるだけじゃん」

「わからん奴だな、俺がお前の傍に居たいから言っているんだ。……お前の気持ちはどうなんだ?」

ルーカスは答えず、代わりに遠慮がちにマリクの服を掴んだ。
僅かでもやっと素直に甘えてくれた相手に、マリクは安堵したように微笑んで、その髪に口付けた。






その後、無事にシャトルでラントに帰還した一行は、バリー達に盛大に出迎えられた。
勝利の宴でその日は一晩中騒ぎ明かし、泣いたり笑ったり怒ったりした後、皆安らかな気持ちで眠りにつき、翌朝になればそれぞれ帰るべき場所へと帰っていった。

「じゃあねおっさん。フェンデルの立て直し、倒れない程度に頑張って」

可愛げが見えたのは一瞬で、すっかり元の調子に戻ってしまったルーカスにそんな見送りの言葉をかけられたマリクは、「もっと他に言う事は無いのか」と嘆息する。

「そう言うお前はこれからどうするんだ?」

「取り敢えず、ユ・リベルテに帰ろうと思う。ヒューバートが父さんにラントの件を直談判しに行くみたいでさ、俺も口添えしようかなと思って。あと……父さんにも色々と心配かけたみたいだし、逃げ回るのも終わりにしようかなって」

共にフェンデルに来る事を少しだけ期待していたマリクは、残念に思う反面、ルーカスが生きる意思を固めた事を嬉しくも感じて頷いた。

「それは良い心がけだな。そうなると、お前がストラタの次期大統領になる可能性もある訳か」

「世襲制って訳じゃないから、それは分かんないけど。でも、それで過去の罪を少しでも償えるなら、頑張ってみるのもいいかもね」

「……そうなると、こうして気軽に話す事も出来なくなるな」

惜しむように言うマリクに、ルーカスは視線を落としてポツリと呟く。

「それはやだな」

「……、……なら俺と来るか?」

「行かない」

「何なんだお前は!! 俺を揶揄って楽しいか!?」

憤慨するマリクに、ルーカスはくすくすと人懐っこい笑みを浮かべた。
その顔を見たマリクは、悔しそうに悪態を吐く。

「とんだ魔性だな……」

「? なんか言った?」

「何でもない」

「おっ、ルーカスはっけーん! 何も言わずに行こうとするなんて酷いよ〜!」

プンプンと口で言いながら抗議してくるパスカルに、「別にいつもの事でしょ」とルーカスが平然と答える。

「パスカルもフェンデルに行くんだっけ?」

「そ! カーツさんにも頼まれちゃったしね、やれるだけやってみるよ」

「応援してる、フーリエさんにも宜しくね」

「オッケー! でもたまには里に遊びに来てね! お姉ちゃんもポアソンも、ジルも待ってると思うからさ」

「あ、そうだ、一つ頼みたい事があるんだけど」

ルーカスはそう言って、腕に巻いていたリボンを徐に外すと、パスカルの両手に乗せた。

「それ、里で預かってて欲しいんだ。俺が持ってること良く思ってない人も居るみたいだから」

「ええ? いいの?」

「フーリエさん然り、ジルは里のみんなにとっても大事な人だったでしょ。それなのに、大事な形見を俺が独占するのは悪いかなって思って」

「でも……」

長らくそれがルーカスの心の支えになっていた事を知っているパスカルは渋ったが、ルーカスは「俺はもう大丈夫だから」と朗笑する。

「今の俺の心の支えは、他にもあるからね」

それが虚勢などでは無いと悟ったパスカルは、そういう事ならと受け取ったリボンを懐にしまった。

「ルーカスも成長したんだねぇ」

「まぁね、誰かさんのお陰で」

「ん? もしかしてあたし?」

「さぁ、どうだろ。まあでも皆のお陰だよ。ね、マリクさん」

「あ? ああ……そうだな……」

ルーカスがリボンを手放した事に驚いていたマリクは、半ば上の空で返事をして、

「……待て、今なんと言った?」

ルーカスに初めて名を呼ばれた事に気づいた。

「ルーカスさん、そろそろ行きましょう」

「あ、弟くん! ルーカスと一緒に行くの? ルーカスのこと宜しくね!」

「勝手に宜しくしないでよパスカル」

「おい待てルーカス、半分聞いていなかったからもう一度言ってくれ」

「やだ」

マリクの手から逃れてさっさとヒューバートの方へ行ってしまうルーカスは、不満げなマリクを振り返って、

「名前くらい、これから先いくらでも呼ぶ機会あるでしょ」

満面の笑みでそう付け加えた。
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