06.いつか花が咲く頃に

世界中を震撼させた事件から、早くも半年が過ぎた。
三国の大W石が輝きを取り戻し、各地で起きた騒乱の傷跡も徐々に癒え初める中、ストラタの首都であるユ・リベルテの大統領府の一室で政務に当たっていたルーカスの耳に、ドタドタという足音が聞こえてくる。

「兄さん! さっきのはどういう事!?」

ノックも無しにドアを開けて入ってきた女性、ダヴィドの娘でありルーカスの妹でもある相手の言葉に、手元の資料から視線を離さずルーカスは答える。

「さっきのって?」

「私の縁談の話よ! 相手の名前を聞いた途端に"それはやめといた方がいいんじゃない"なんて言って、その上さっさと居なくなるなんて! 口を挟むならせめて理由くらいちゃんと話してよ!」

「俺今一応仕事中なんだけど、その話後じゃダメなの?」

妹はズカズカとルーカスの傍までやって来ると、彼が仕上げたばかりの資料の上に掌を叩きつけた。

「今までず〜っと連絡も寄越さずにフラフラほっつき歩いてたくせに、今更何が仕事よ! 仕事と妹の縁談、どっちが大事なの!?」

「仕事」

間髪入れずに答えたルーカスの頭を、妹は平手で叩く。

「痛っ! 暴力反対」

「――で、オズウェルさんの何がいけないの? 確かに偶に悪い噂も聞くけれど、父さんが勧める程だもの、そのヒューバートさんって人は誠実で素敵な人なんでしょう?」

「うんまぁ、それはそうだけど……」

だってあいつ、パスカルの事好きだしなぁ。
苦楽を共にした心優しい年下の青年の恋愛事情を勝手にバラす訳にもいかないルーカスは、クシャクシャになった資料を伸ばしながら、

「お前とは相性悪い気がする」

「何よそれ!」

「とにかく、わざわざヒューバートじゃなくても他に候補は居るんでしょ? その中から選びなよ」

「どうして最善の選択肢があるのに敢えて他を選ばせようとするのよ! もういい、兄さんの意地悪!」

べーっと舌を出して立ち去ろうとする妹に、ルーカスはやれやれと溜息を吐いた。

「私の縁談を邪魔するなら、せめて兄さんはちゃんと話受けなさいよ! 父さんに心配ばっかりかけて、苦労も少しは考えなさいこの親不孝者!」

去り際に言葉の矢を突き刺して、妹は扉の向こうに消える。
流石に返す言葉もないルーカスは、項垂れて「分かってるよそんなの……」と一人ごちた。

半年前のあの事件の後、生まれ故郷であるストラタに帰ってきたルーカスを、父は迎え入れてくれた。ルーカスがアスベル達と共に事件解決に尽力したという話はストラタにも伝わっていたらしく、父曰くはそれでこれまでの不祥事は帳消しになったらしい。
とはいえ、幼い頃にルーカスがこの街で引き起こした騒ぎは未だ民の記憶に残っている。それを理解した上で「おかえり」と言ってくれた父には感謝しているし、返しきれない恩もある。今こうして柄でもない政務の手伝いを黙々とやっているのはそのためだ。

ただそれらを重々理解した上でも、受け入れ難い事もある。
その最たる例が、今しがた話題に上がっていた見合い話だ。年齢的にも立場的にもそういった話が来るのは致し方のない事ではあるのだが、ルーカスはそれを受ける気にはなれなかった。

(……かといって、断れるだけのきちんとした理由も無いんだよな……)

ダヴィドとて鬼ではない、例えばルーカスに既に恋人や心に決めた相手が居るのなら、無理に他と結ばせようとは考えていない。或いはシェリアの様に、世界中を飛び回り人々を助ける仕事がしたいといった崇高な思想があるのならそれを尊重するとも言っていた。
だがそのどちらでもないと言うのなら、良い人を見つけてやるから世帯くらい持って少しは落ち着け、俺を安心させてくれ、という事らしい。

その親心が理解出来るからこそ、ルーカスは悩んでいた。妹の縁談を破談させるのならば尚のこと、せめてルーカスは引き受けるべきだ。断ってばかりでは父にも相手の家にも悪い。それは分かる、分かるのだが。

(……今はまだ、そういう気持ちにはなれないよ)

少し前であればまた違ったかもしれないが、今の自分はどんなに素敵な女性を差し出されても惚れることは出来ないだろうとルーカスは確信していた。
何故なら自分にとって一番だと思う人は、既に別に居るのだ。今の自分の気持ちはその人に向いていて、理屈で曲げられるものでもない。
ただ、その人と結婚出来るのかと言われればそれは別。だから、見合い話をキッパリと断る事も出来ない。

(相談……は、出来ないな、絶対冷やかされるし……、そもそも、理由を聞かれたら答えられない……)

机に額を引っつけてうーうー唸っていると、懐に入れていた通信機が電子音を上げながら震え出す。
パスカルの手によって幾度も改良され、今は持ち運び出来る小型の電話にもなっているそれを手に取って、ルーカスは「もしもし」と呼びかけた。

『やっほールーカス! 元気してる?』

この半年間、仲間内ではヒューバートに次いで声を聞く機会の多かったパスカルのその返答に、ルーカスは「まぁまぁ」と返す。

「それで、何の用?」

『えーっとね、実はルーカスじゃなくて弟くんに用があって。弟くん通信機持ってないからさ〜、今近くに居る?』

「ヒューバートに? 近くには居ないけど……急用なら探そうか?」

『あーいいのいいの! ただ伝言だけお願いしてもいい? 実は今ね、里にソフィが来てるんだ』

「え、何で?」

『実はまだ詳しい事情は聞けてなくて。でも一人だし、なんか思い詰めてるみたいでさ。アスベル達が来てること知ってるならいいけど、知らないなら心配してるだろうから伝えておきたくて』

「なるほど……、でもそれなら、ヒューバートよりラントに手紙でも出した方が良くない?」

『え? だって今日はみんなウィンドルに集まるでしょ? ほら、最近また魔物の被害が大きくなって来てるから、その対策で三国で協力して魔物の住処を叩きませんか〜って感じの手紙がリチャードから送られてきたじゃん。あたしも本当なら教官と行くつもりだったんだけど、ソフィが来ちゃったから行けなくてさ』

「え、何それ聞いてないよ」

『ええ〜? おっかしいなぁ、ルーカス今大統領府に居るんでしょ? 手紙は各国の代表宛に送られてる筈だから、大統領は絶対知ってる筈なんだけどな〜。まぁでもそういう事なら教官に連絡してみるよ、騒がせてごめんね!』

ブツリと通信が途切れた音を聞いて、ルーカスは通信機を握ったまま思案して、やがて一つの可能性に思い至り席を立った。壁に掛けていた軽装に着替え、立て掛けてあった武器を手に取ると、家人に気付かれぬよう窓から外に出る。

適当に外を彷徨いているストラタ兵を捕まえてヒューバートの居所を問うと、この半年でルーカスが大統領の息子だという事を知った相手は素直に教えてくれた。

「少佐でしたら、本日はリチャード陛下からの協力要請を受けてウィンドルへと向かわれましたが……」

「それっていつ?」

「数刻ほど前です」

なら今から追いかければどこかで鉢合わせる事は出来るかもしれない。ルーカスは兵に礼を言って、ユ・リベルテを後にした。






「そう言えば、今日はルーカスさんは来ないのか?」

それから暫く。
ウィンドルの王城で合流を果たしたアスベル、シェリア、ヒューバート、マリク、リチャードの五名は、件の魔物の住処の一つである王都地下での討伐を無事に終え、地上目指して歩いていた。

「てっきりヒューバートと一緒に来るものだと思っていたんだが……」

アスベルの問いに、魔物の残党が居る可能性を考え、周囲を警戒しながら進むヒューバートが答える。

「大統領閣下に口止めされたんですよ」

「え、何でだ?」

「魔物絡みの話だからだろう?」

首を捻るアスベルの代わりに答えたマリクに、ヒューバートが頷いた。

「今回の僕らの目的は魔物の討伐です。魔物を傷付けることを良しとしないルーカスさんに協力を仰ぐのは酷でしょう」

「ああ……成程、確かにそうだな」

「少し残念ではあるけれどね。僕は彼とまだきちんと話をした事が無いから、この機会に仲良くなれればと思ったんだけど」

「私も暫く会っていないわね……。ヒューバート、ルーカスさんは元気?」

「僕もそれほど頻繁に顔を合わせている訳ではありませんよ、お互いに忙しいですから。ただ最近は大統領閣下の代名としてあちこちに顔を出している様で、街では評判になっています、今じゃちょっとした有名人ですよ」

地表に出てきた所で、光る小さな鳥がマリクの持つ通信機に飛来する。
画面を見たマリクは、それがパスカルからの通信である事を伝えて、その内容を共有した。

「アンマルチア族の里にソフィが来ているそうだが?」

「アスベル、どういう事?」

「実は……」

アスベルはソフィが最近抱えている悩みと、そのせいで今朝家を飛び出して言った事などを打ち明けた。聞いた面々はその内容――寿命を持たず成長もしないヒューマノイドならではの苦悩に表情を曇らせる。

「人ではないから置いていかれてしまう、か……」

「ソフィ……」

「パスカルさんの用件はソフィの事だけですか?」

「いや、もう一つある。全員を連れて里に来い、だそうだぞ。フォドラの事で相談があるようだな、詳しい事は記されていないが」

「魔物の件でパスカルさんには僕達も相談したい事がある」

「仕方がありませんね、このまま里を訪ねましょう」

口ではそう言いつつ里に行ける、即ちパスカルに会える事が嬉しそうなヒューバートを先頭に、皆は船着場へと向かう。
が、そこで待っていたらしい人の姿を見て、皆は足を止めた。

「俺に内緒で皆とコソコソ魔物退治なんて、酷いんじゃないかなヒューバート」

「なっ、ルーカスさん!? ど、どうして此処に……」

「パスカルから別件で連絡があって、その時に偶然知ったんだよ」

「喋ったのかあの馬鹿……」

口止めしておかなかった事を悔やみつつ小声で悪態を吐いたマリクを、ルーカスがジト目で睨みつける。

「おっさんも連絡手段あるのに、何で教えてくれなかったの」

「魔物退治だなんて言ったらお前は絶対反対するだろう」

「だからバレる前に片付けようって? 後で知ったら余計に怒ってたよ俺は」

「まぁそう責めないでやってくれ。皆、君を想っての事だろうからね」

見知った面々の中に一人まともに会話をした事が無かった青年が紛れている事に気付いたルーカスは、憑き物が落ちてすっかり元気になった様子のその姿に表情を和らげた。

「一応初めましてかな、その節はどうも」

「こちらこそ、あの時は色々と迷惑をかけてしまって本当にすまなかった。……ところで、此処に来たという事は、魔物退治には協力して貰えるのかな? それとも僕らを止めに?」

「んー、まぁ、被害が出てるのに放置する訳にもいかないし、邪魔するつもりは無いよ。でも、無闇やたらと魔物を攻撃するのは止めて欲しい。何か原因があるだろうし、それを探して解決するってやり方なら俺も協力するよ」

「無論、そのつもりです」

毅然と答えたアスベルに、嬉しくなったルーカスはその頭を撫でる。
と、その瞬間、懐かしい声が聞こえてきた。

『またこうしてお前と相見える事になるとはな……』

「わ、吃驚した。ラムダ起きてるんだ?」

「そうなんです、さっき遭遇した魔物が普通のものとは違って……、それを退けるのにラムダが力を貸してくれました」

「へー、随分丸くなったんだね」

『…………』

「あれ、怒った? 褒めてるのに」

楽しそうにアスベルと、正確にはその中にいるラムダと話すルーカスを見て、リチャードが神妙な顔で呟く。

「知ってはいたけれど、彼は随分ラムダと親しいんだね。アスベルにも言える事だけれど……、魔物の事についても、彼のあの在り方は少し心配だな」

「同感です。実際、それらが原因で何度も死にかけています。……今回の件にも、出来れば巻き込みたくは無かったのですが」

「まあ、バレてしまったものはしょうがないよ。彼の能力が解決の糸口になるかもしれないし、協力してくれると言うのなら甘えよう」

いまひとつ釈然としない様子のマリクは、皆と一緒にフェンデル行きの船に乗り込もうとするルーカスの首根っこを掴んで引き止める。

「本当に着いてくる気か?」

「そう言ったじゃん。何、そんなに俺が居るの嫌なの?」

「心配して言ってるんだ、どうせ閣下にも何も言わずに来たんだろう、まったく」

「……こっちの気も知らないで」

「何か言ったか?」

「何でもない」

むくれてそっぽを向くルーカスに、その理由を知らないマリクは小言にへそを曲げたのだろうと解釈して「やれやれ」と苦笑した。

一方、そのやり取りを眺めていたリチャードは、まるで玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべる。

「あの二人はいつもあんな感じかい?」

「教官とルーカスさんですか? まあ、大体はそうですね。久しぶりに会ったんだろうに相変わらずなんだから……」

「彼らにはもう少し年長者としての自覚を持って貰いたいんですがね」

「でも、こうしてまた皆で集まれたのは嬉しいな、不謹慎かもしれないけど」

アスベルの無垢な言葉に優しく同意しながら、リチャードは「楽しくなりそうだね」と悪戯っぽく笑った。
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