06.いつか花が咲く頃に

結局ルーカスと一緒に行くことになった一行は、アンマルチア族の里に着くなりポアソンに出迎えられる。

「皆さん! お待ちしてました!」

「ソフィとパスカルはどこ?」

「今は里にはいません、お二人とも氷山遺跡です」

「人を呼び出しておいて自分はふらふらと……、全く、あの人らしいですね」

「なぜそんな場所に?」

「遺跡の警護に当たっていたフェンデル兵との連絡が急に途絶えてしまったのです。大量の魔物が押し寄せてきたとの情報も掴んでいます」

「あっ、おいルーカス!」

聞くなりさっさと駆けて行ってしまうルーカスをマリクが追い、皆がその後に続く。
遺跡の中には確かに多くの魔物が潜んでおり、ルーカスは以前パスカルに貰ってからずっと大事に着けていた指輪を外して杖を構えた。

「我を取り巻く六つの星よ、万物を阻む光の盾となれ、バリアブルヘキサ」

近くに迫っていた魔物は、ルーカスの展開した障壁に弾かれて後退する。後方のアスベル達にも同様のバリアが貼られており、これなら戦う必要も無いと各々武器にかけていた手を離して突き進む。

「成程、これがルーカスさんのやり方なんだね」

「ですがこの魔物達を放っておく訳にもいきません、少しでも数を減らしておくべきでは?」

「今はパスカル達と合流するのが先だ、勝手に攻撃すると前から火球が飛んでくるぞ」

後ろでそんな会話がなされているとも知らず、魔物の声が酷い方を目指して走り続けたルーカスは、やがて最深部へと到達する。
そこに居たのはパスカルとソフィと、二人を襲う見たことの無い魔物。

「パスカル! ソフィ!」

「えっ、ルーカス? って、うひゃあ!」

吹き飛ばされつつも反撃を忘れないパスカルは、器用に空中で体を捻って敵に銃撃を撃ち込みながらルーカスに駆け寄ってくる。

「来てくれたんだ? いや〜助かったよ〜!」

「助かったかどうかはまだ分かんないよ、あの魔物何なの?」

これまで対峙してきた魔物とは違って、頭に流れ込んでくる声はまるで気を違えて発狂した者のそれだった。まともに言葉としての体をなしておらず、音の羅列が並んでいるだけ。長時間聞いていればこちらまでおかしくなりそうだった。

「なんか攻撃が全然効かないんだよ!」

「くうっ!」

「ソフィ、危ない!」

交戦を続けていたソフィが弾き飛ばされたのを見て、一足遅れて到着したアスベルがその体を受け止める。
ソフィでも歯が立たないとなると相当強靭なのだろう、ルーカスはこちらを向いた敵に杖を構え直した。

「唸れ鋭水、来りて爆ぜよ、フリーズランサー!」

魔物を取り囲むようにして現れた無数の氷柱が槍となって一斉に敵に降り注がれる。これで何とか動きを止められないかと思ったのだが、凍りつきかけた魔物は力技でその拘束から脱出して突進して来た。

「うっそでしょ、今の普通の魔物なら死ぬレベルの術だよ」

「わ〜っ!? 誰か助けて〜!」

パスカルの悲鳴を聞きつけたヒューバートが、敵を剣戟で切りつけて軌道を逸らす。お陰で二人は助かったが、やはり魔物にその攻撃が効いた様子は無い。

『退いていろ、我とこの者で活路を開いてやる』

「えっ?」

ラムダの声が聞こえたかと思うと、赤い気を纏ったアスベルが魔物に鋭い一太刀を浴びせた。
これまでとは違ってその一撃は効いたようで、久しぶりに聞いた魔物の悲鳴にルーカスは顔を顰める。

「おお〜、これならやれそうだ〜!」

「これ、ラムダの力……」

アスベルを主戦力として何とかその魔物を沈黙させた一行は、ほっと胸を撫で下ろした。一人悲しそうに黙祷を捧げるルーカスの傍らにマリクが膝をつく。

「倒してしまってすまん」

「おっさんが謝る事じゃないよ。それにしても、こいつ一体何だったんだろ。アスベルが言ってた王都地下のもこれと同じ感じ?」

「はい、姿形は違いますが、あちらも普通の術技は全く効かなくて……」

「突然魔物が変質して僕達も困惑している、何かわかった事があるなら教えて貰えないだろうか」

「この手の生っぽいのはあたし専門外なんだ、お姉ちゃんに聞いた方がいいよ」

「フーリエさんは今どこに?」

「最近までは研究所に詰めてたんだけど……、そろそろ里に戻ってると思うから帰ってみようか。あたしも皆に話したいことあるし」

「ラムダ……アスベルの中のラムダが……」

浮かない顔のソフィに気付いたシェリアが気遣わしげに声をかけるが、ソフィは俯いたまま何も言わなかった。

『……我が目覚めた事で、宿主に何か悪影響を及ぼすのでは無いかと危惧しているのだろう。或いは、それによって再び争う事を恐れているのかもしれん』

代わりに答えたのはラムダだった。ルーカス共々その声を聞いたアスベルは、ソフィの頭を優しく撫でる。

「安心しろ、前のようにはならないから。俺はお前と戦ったりしない、大丈夫だ、ソフィ」

それでもまだ不安が拭えない様子のソフィの手を引いて、アスベルはその場を後にする。同じく遺跡から出ていこうとしたルーカスは、出口付近で後ろを振り返って杖を振るった。そこにはまだ多くの魔物が潜んでいる。

「どうした?」

「苦し紛れにしかならないと思うけど、出来ることはやっておこうと思って」

詠唱が終わると近くにいた魔物は地面に伏せてスヤスヤと寝息を立て始めた。確かにこれなら今すぐに被害が出ることも無いだろう。

「……絶対、何とかしてあげるから」

待ってて、と呟いたルーカスに、マリクが「行くぞ」と声をかける。そして傍にやって来た相手の頭をくしゃくしゃと撫で回した。

「ちょ、何すんの」

「また一人で気負い過ぎるなよ」

「大丈夫だよ。最近はずっと事務作業ばっかりだったし、こういうの久しぶりだから張り切ってるだけ」

「ストラタで色々と頑張ってるそうだな、ヒューバートから聞いたぞ」

「父さんに仕事振ってもらってるだけで、大して役には立ってないけどね。フェンデルの方は?」

「パスカルのお陰でそれなりに順調だ、まだまだやる事は山積みだがな」

「そっか。……っていうか、じゃあおっさんってパスカルと四六時中一緒に居んの?」

「いや? 俺は工事現場の指揮や事前調査が主だからな、基となる技術や機械の開発を担当しているパスカルと直接会うことは少ない。まあ他の奴らに比べれば接する機会は多いかもしれんが……、それがどうかしたか?」

「……別に、ちょっと気になっただけ」

その質問の意図が分からないマリクは、微妙な顔で先を行くルーカスに首を傾げていた。





「久々に里でゆっくりできると思ったら……、これはまた随分と賑やかな団体様の到着だこと」

以前に比べて幾分棘の柔らかくなったそんな嫌味混じりに出迎えてくれたフーリエに、皆がこれまでの経緯を掻い摘んで説明する。
それに対するフーリエの見解は、魔物の変質は環境に適応するための突然変異ではないか、というものだった。

「今回の場合、人という外敵に対し、魔物の生存本能が個体に進化を促したってところかしら? ま、あくまで仮説だけどね」

「う〜ん、だけどさお姉ちゃん、流石に進化が急速過ぎない?」

「そうね、本来何世代もかけて徐々に変化していくものだから。だけど昔から大W石の傍では、生物の突然変異は多数起こっているわ。何か外からの干渉があれば、進化の確率は増すという事よ。他にも、星の核やラムダのような存在が影響を与える可能性は高い……ラムダが元凶とは考えられないかしら?」

「それは無い」

『言い切ったな……』

即答したアスベルにそんな声を漏らしたのはラムダだった。恐らくはアスベルと心の中で会話しているのだろうラムダの声を聞きながら、ルーカスもアスベルに同意する。

「あの魔物はこれまでに見たどの魔物とも様子が違いました」

「わたしも、あの魔物からラムダの力は感じなかった」

「だとすると……原因はあっちかな」

言いながら空を見上げたパスカルに、それがフォドラを指しているのだと皆が察する。

「あたしが皆を呼んだのって、フォドラの様子がおかしいからなんだよ。気付いたのはポアソンとばーさまなんだけどね、里の皆とフォドラの観測を進めてたんだ。そしたら二ヶ月ほど前から、地表から原素が漏れ出している場所があるのが分かったんだ」

「つまり、活動を休止していたはずのフォドラの核が動いてるって事? なら、フォドラの核が魔物に進化を促したのかも……。フォドラの核があらゆる生命の素であるのなら、その可能性は否定出来ないわ」

「さ〜すがお姉ちゃん! やっぱり頼りになるう〜! という訳で、フォドラ調べに行きたいからシャトル貸して!」

「調査に行けば何か分かるのか?」

「ここに居るよりは、色々分かってくると思うよ」

「なら、俺たちもフォドラの調査に行こう」

「あ、その前に、ストラタの大W石は大丈夫? 進化した魔物が出たのって、全部大W石の近くだからさ」

パスカルのその問いはヒューバートに向けられていたが、相手はそれに気付いていないのか視線を床に向けたまま答えなかった。
パスカルの発言を無視するとは珍しいなと思いつつ、代わりに同じくストラタ関係者であるルーカスが答える。

「これまでにそう言った報告は出てないけど、そういう事なら父さんに一言伝えに行ってもいい? 用心するに越したこと無いし」

「それがいい。お前はついでに黙って出てきた事を謝っておくんだな」

「…………」

「そう睨むな」

「なら僕も一緒に行こう、ルーカスさんが出てきたのは僕の要請が発端でもあるからね」

「俺も行くよ、ヒューバートはどうするんだ?」

アスベルに問われたヒューバートは、何やら気落ちした様子で「行きますよ」とだけ返した。

「あ、その前にちょっと用事済ませて来てもいい? すぐ行くから皆は里の出口で待っててよ」

「用事?」

「里に来たの久しぶりだから、ジルに挨拶くらいはしておきたくて」

ルーカスの言わんとしている事を理解した一行は、素直に了承して彼を見送る。
残った面々は出口へと歩き出したが、ソフィだけがその場に立ち尽くした。

「ソフィ、さっきからどうしたの? 言いたい事があるのなら、我慢しないで言っていいのよ?」

「……わたし、人になりたい」

「今でも十分人じゃん、ちょーっと体の作りが違うってだけだよ」

「ううん、皆とわたしは全然違う。アスベルもシェリアもヒューバートも、リチャードもパスカルも教官もルーカスもいつか居なくなる、だけどわたしは……。わたしも人になれたら、皆に置いていかれない? どうしたら人になれるの? 教えて、アスベル」

「それは……」

「そうだよね……、無理、だよね」

目元を拭ったソフィは、乾いたままの袖口を見て益々落ち込んでしまう。

「涙……出ない。とても悲しくても、わたしは皆みたいに泣けないんだね。わたしも……わたしも皆と一緒が良かった。アスベルがお父さんで、シェリアがお母さんで、皆のいるお家に人の子として生まれたかった」

「ソフィ……」

何も言ってあげられないシェリアは、それでも少しでもその心を癒そうとソフィを抱きしめた。
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