06.いつか花が咲く頃に
「さてと、それじゃ俺は父さんに話してくるから」ユ・リベルテの街に到着すると、ルーカスはそう言って一人でさっさと大統領府へ入っていった。
いつもなら「貴方だけでは不安ですから僕もついて行かせて貰います」と言い出すヒューバートが黙ってそれを見送るのを見て、アスベルが心配そうに声をかける。
「ヒューバート? お前は行かなくていいのか?」
「え、ええまぁ……、ルーカスさんが報告して下さるのでしたら、わざわざ僕が行く必要も無いでしょうし……」
船旅のお陰で漸く普段の調子を取り戻してきたマリクは、そんなヒューバートの心中を代弁。
「大統領閣下のご息女の件で、顔を合わせ辛いんだな」
「きょ、教官!」
「どういう事だ?」
「大した問題ではありません、縁談を勧められているだけです」
「何を言い出すかと思えば、よりによってそんな話か」
「しかし大統領閣下のご息女とは、信用されている証拠だね」
「おかげで断るにも断れずどうしたものかと……、正直、リチャード陛下からの協力要請の書状には助けられました。家に帰ってもお義父さんにその話ばかりされるので……」
「でも、どうしてそんなに嫌なんだ?」
この中で唯一その理由に気づけていないアスベルの問いに、ヒューバートは閉口。
「ヒューバート、こういう事はハッキリ言わないとかえってややこしい事になるぞ」
「それは、理解していますが……」
「まあ、肝心の本命があの調子だからなあ」
「ほ、本命って、何の事を言っているのですか」
「今更しらばっくれても、どうしようも無いだろう」
「もう皆知っているしね」
「な、何を……」
「……俺には分からない」
一人話について行けずに項垂れるアスベルを、「君はそれでいいんだよ」とリチャードが励ました。
「しかし、縁談を断るならばそれなりの理由が必要だろう」
「ヒューバートはまだ若い、まだ結婚を現実の問題として考えられない、とか」
「そんなものは誰でも同じです。結婚してしまえば嫌でも現実を知る事になるのですから」
「軍人としてはまだ半人前、だから結婚を考えるのはもっと仕事が出来るようになってから……」
「僕は少佐ですよ」
「世界中の港に、自分を好いた女が居るというのはどうだ?」
「それは教官の事でしょう! 大体、それは縁談を断る理由と言うよりも、僕の信頼を墜とす方法になっていますよ」
「……お前、本当にこの縁談断るつもりあるのか?」
「そもそも教官達がろくでもない提案ばかりするからじゃないですか」
「と言うか、ヒューバートの場合は正直に好きな人が居るからって言えばいいんじゃない?」
「僕があの人の事を好きだと言って、誰が信じてくれるんですか! ……って、いつの間に戻ってきたんですか」
自然と会話に混ざったルーカスに、勢いで答えたヒューバートが冷静なツッコミを入れる。
「今。やっぱりストラタの大W石にも魔物が集まってきてるんだって。警備の人達が危ないかもしれないから俺は様子を見に行ってくるけど、皆はどうする?」
「勿論、加勢させて貰うよ」
「ありがと。……で、ヒューバートのお見合いの話に戻るけど」
「戻さなくていいです!」
「一応、俺の方からそれとなく破談に持っていこうとはしてるから、そんなに悩まなくていいよ」
「え?」
てっきり揶揄われると思っていたヒューバートは、告げられたその言葉に目を丸くした。
「迷惑だった?」
「い、いえ。正直、有難いですが……」
「まあただ、そうなると今度は俺に白羽の矢が立って困るんだけど」
「と言うと?」
「こっちにも見合い話が来てるって事」
その発言を受けて横目でマリクを見たリチャードは、動揺を隠せず砂につんのめって転びそうになっている相手に内心大笑いしながら、爽やかに返す。
「それは大変だね、君にも既に恋い慕う相手が居るというのに」
「「え!? そ、そうなんですか?」」
兄弟揃って同じリアクションを返すアスベルとヒューバートに、ルーカスは「あんま言いふらさないでよ」とリチャードを諌めた。
「だだだ誰なんです!? ま、まさか……」
「先に言っておくけどパスカルじゃないから」
「なんだ……良かった……」
「え、じゃ、じゃあ、まさかシェリア……」
「でも無いよ」
分かりやすく安堵する二人に、ルーカスは「そんなに心配ならさっさと告白でもすればいいのに」と苦笑する。
「でもそうなると、あと考えられるのはソフィかな?」
「な……っ!? そ、それは……!」
「違う。そもそも、俺はいつものメンバーの中に居るなんて一言も言ってないよ」
「なんだ、そういう事ですか……、脅かさないで下さい」
見知った相手では無いのならどうでもいいと言わんばかりに興味を亡くした二人とは裏腹に、一人憮然とした顔で押し黙っているマリクにリチャードが小声で話しかける。
「どうしたんだいマリク、そんな恐い顔をして」
「別に、いつも通りですが?」
「気になるのなら本人に聞いてみればいいじゃないか」
「…………」
「手をこまねいているだけなんて君らしくもない、何なら僕が助け舟を出そうか?」
「さっきから何を仰っているのか分かりませんよ、陛下」
「おや、それは本気で言っているのかい? それとも、わざと理解しないようにしているのかな」
「ですからオレは別に――」
そうやってヒソヒソ話をする二人を前方数メートル先から見ていたルーカスは、少し面白くない気持ちになりながらアスベルを捕まえて問う。
「あのさ、あの二人ってどういう関係なの? なんか随分仲良くない?」
「教官とリチャードがですか?」
「確かに、あの二人は妙に息が合っている時がありますね。立場上は王と臣下の筈ですが」
「それなりに長い付き合いだろうから、臣下というより友人のような感覚なのかもしれないな。俺達で言うところのバリーみたいなもんなんじゃないかな」
「まあ、陛下は気軽に誰とでも交流出来る訳でもありませんからね、昔からマリク教官が話し相手になっていたのかもしれません」
「ふーん……」
「気になるのでしたら本人に聞けば良いのでは?」
そんな会話を交わしているうちに、五人は砂漠遺跡へと到着した。暫くぶりに大量発生した魔物相手に苦戦を強いられた警備の兵たちは、既に半壊状態であちこちに倒れている。
頭に響いてくる意味不明な言葉の羅列に、ルーカスはやはりここにも件の魔物が居るのだと確信した。五人はまず散り散りになって通常の魔物を撃破し、兵の安全を確保してから遺跡の奥へと進む。
「……やっぱり居た。けど、これは……」
お目当ての変異体は最深部で見つけることが出来たが、その周囲には別の魔物も多く待ち構えていた。変異体はそれらに守られるようにしてこちらの様子を窺っている。
(ろくに攻撃の通らない敵が一体居るだけでも面倒なのに、これだけ魔物の数が多いんじゃ、手加減したらこっちが殺られる。でも……)
半年前のあの事件以降、活発になっていた魔物は沈静化し、そのお陰で人と争う事も殆ど無くなっていた。
だと言うのに、どうしてまたこうして傷つけ合わなければならないのだろう。
そんな事を考えていても魔物が待ってくれる訳でもなく、結局ルーカスは仲間達と共に魔物を殲滅する事しか出来なかった。意識を失いそうになる程の無数の魔物の絶叫は、やはり何度経験しても慣れるものでは無い。
その場に座り込んでしまうルーカスの隣で、アスベルもまたラムダの力を使い過ぎた反動か、膝を折って苦しそうに表情を歪ませた。
「二人とも、大丈夫かい?」
「俺は平気、いつもの事だから。でもアスベルは……」
「まだ力の扱いに慣れていないだけだ、大丈夫さ」
「しかし、こうも続くとなると原因を取り除く事を急いだ方がいいな」
「ええ。これ以上数が増える前に、事態を解決する必要があるでしょう」
大統領への報告はヒューバートが部下に頼んでくれるとの事で、それが終わるまでの間時間を持て余した残りの四人は、負傷した兵の応急手当などを手伝う事にした。
兵から救急箱を借りたルーカスは、テキパキと手当をこなしていく。これはこの半年の間に覚えたことの一つだ。
「これで良し。ごめんね、救護団ならもうちょっとちゃんとした処置も出来ただろうけど……」
「いえ、助かります。……変わられましたね、ルーカス様」
優しく微笑まれたルーカスは、きょとんとして相手を見る。
「俺の事知ってるの?」
「それはもう、今や貴方は話題の人ですから。それでなくとも、私は貴方の事を覚えていましたよ」
「覚えて……って、もしかして……」
過去、自分を魔物から助けてくれた兵士の事が脳裏に過ったが、相手は「気にしないで下さい」と言って立ち去ってしまう。
「ルーカス、終わったか? そろそろ行くぞ」
マリクに肩を叩かれたルーカスはこくりと頷いて立ち上がったが、その視線は先の兵士を向いたまま。
「……あの兵がどうかしたのか?」
「昔、助けて貰った人だったかも。……よく覚えてないけど」
「そうなのか? なら、少しでも借りが返せて良かったな」
「……これぐらいじゃ、まだ全然だよ」
また怪我を負わせてしまったのなら、自分がもっとしっかりしないと。
険しい顔になるルーカスを見て、マリクは盛大な溜息と共にその背を叩いた。
「痛った! 何すんの」
「辛気臭い顔をしてるからだ、褒めてやったんだから素直に喜べ。焦らなくとも、出来ることを地道にやって行けばいい」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんだ」
「そっか……」
「そうだ」
「…………」
「…………何か言うことは?」
「有難う元気出た」
「全く心が込もって無いが許してやる」
行くぞ、と言って歩き出したマリクの背に、眉間のシワを解いたルーカスはもう一度小さな声で「ありがと」と呟いた。
今貰った言葉の他に、いつも気にかけてくれている事への感謝も含めて。