06.いつか花が咲く頃に
そうしてストラタでの用を済ませた五人は、来た時と同様に船に乗り込んでフェンデルへと向かう。大体いつも雪の降っているフェンデルだが、今回は国境近くまで来ても珍しく晴れている事もあり、アスベル達は外で談笑していた。
「ヒューバート、前から思ってたんだけど、通信機持たないの?」
「な、何ですか急に」
「今回みたいな事があった時に困るからさ、パスカルに言って拵えて貰いなよ」
「それがいい。パスカルから連絡が来る度に羨望の眼差しで見られるのも鬱陶しいからな」
「良かったね、これで離れていても彼女との関係の進展が望めるという事だ」
「ああ!分かったぞ! ヒューバートの好きな人は……」
「その話はもういいですから!!」
「そう言えば、今日はまだ一度も昼寝をしていないな」
「? してきたら?」
「違う、オレじゃなくてお前の話だ」
「魔物の騒ぎが落ち着いて、最近は夜起きてなくても良くなったからね。慣れない仕事してるせいで相変わらず寝不足気味ではあるけど、前に比べたらマシになったよ」
「それは良かったな」
「でもせっかくだしちょっと寝てこようかな」
「おい」
なんだその勿体ない精神は。呆れるマリクを後目に、言うが早いかルーカスはのそのそと誰もいない船室へと消えていく。
とは言えこの船には簡易ベッドは無かったんじゃ無いだろうかとマリクが確かめに行くと、ルーカスはベンチに横たわって早くも寝る姿勢に入っていた。
降雪が無いとはいえフェンデルの気候は流石に寒いのか、くしゃみをするルーカスに仕方なくマリクがコートを脱いで寄越す。
「昼寝で風邪を引いてフォドラに行けない、なんて馬鹿な事にはなるなよ」
「……おっさん寒くないの?」
「お前とは体の鍛え方が違うんでな」
なら遠慮なく、と言わんばかりにルーカスはコートを引っ被ってすやすやと寝息を立て始めた。
平時より少し幼く見えるその寝顔に、マリクが半年前の船旅の事を思い返してフッと微笑する。
(好きな奴に見合い話、か。まさかコイツからそんな話が出るとはな)
生き残ったとは言え、ルーカスの心の傷はまだ完全には癒えてはいないのだろうとマリクは思っていた。自分が今だカーツやロベリアの事を思い出して感傷に浸る事がある様に、ルーカスも暫くはジルの事を忘れられずに苦しむだろうと考えていたのだ。
だが、蓋を開けてみれば、ルーカスはマリクが思っていたよりも遥かに前に進んでいた。
ジルへの想いを過去の思い出に昇華出来た事も、喪失の恐怖を乗り越えてまた他の誰かを愛せている事も、マリクにとっては驚きであり、また賞賛に値する変化だった。
(……或いはコイツ一人の力では無く、惚れた相手のお陰なのかもしれんな)
一時は死のうとまでした人間をそこまで立ち直らせた相手というのが誰なのか気にはなるが、誰であれルーカスを幸せにしてくれると言うのなら御の字だ。それはマリクにとっても喜ばしい事で、全力で祝ってやりたい話――の筈なのだが。
どうにも、素直にそれが出来ないのは何故なのだろう。
(偉そうに幸せにしてやると言った手前、他の誰かに先を越されてしまったのが悔しいのか、俺は)
自分がそんなに心の狭い人間だと思いたくはないが、他に思いつく理由もない。
アスベルがソフィに悪い虫が着くのを嫌がるのと同じに、自分もきっとルーカスに知らずと親心のようなものを抱いていたのだろう。そう結論付けながら、マリクはいつかと同じように眼下にある黒い髪を撫でた。
(目をかけていた子供が自分から離れていくのが寂しいだけ……、多分、この感情はそういうものだろうな。まあ、こいつを子供と言っていいのかは微妙だが)
これ以上執着しても別れが辛くなるだけかと、マリクはルーカスから手を離して船室から出ていく。
バタンと閉じられたドアの音を聞いて、狸寝入りしていたルーカスは目を開いた。
(……あのおっさん、分かってて遊んでるんじゃないの、これ)
一体何をされるのかと内心気が気ではなかったルーカスは、僅かに早くなっていた鼓動を鎮めようと数回深呼吸。
(まあ、分かっててやってるなら、逆に可能性あるのかもしれないけど……)
今日の一連のマリクのリアクションを見て、もしかしたらと抱きかけていた小さな期待を振り払うように、ルーカスは頭を振るった。
(馬鹿なこと考えるのやめて寝よ、天然相手にこんなんで一喜一憂してたら身が持たない)
そうしてルーカスは再び目を閉じた。寒い中でこうしていると、以前フェンデルの宿でマリクと並んで寝ていた事を思い出す。
(あの時は、こんなおっさんを恋愛対象として見る事なんて絶対に無いって思ってたのになぁ……)
あの時よりも睡魔は弱い筈なのに、どうしてか抗い難い眠気に襲われて、ルーカスの意識は次第に夢の中へ落ちていく。
(……何でだろ。なんか、凄い安心する……)
その理由には気付かないまま、ルーカスは今度こそ眠った。
「ええと……、そ・ろ・そ・ろ・と・う・ちゃ・く・し・ま・す、っと。……これで良いんですかね?」
マリクの通信機を借りて、操作の練習がてら里に残った女性陣へのメッセージを打ち込んでいたヒューバートは、何とか完成させたそれを光の鳥に乗せて飛ばす。
目的地はもうすぐそこに迫っており、白に染まった大地が水平線の向こうに見えていた。
「さてと、そろそろルーカスさんを起こして来ないと」
「眠くないと言っていた割には、結局あれから一度も起きてこなかったな」
室内に居たのでは通信が届かないので、パスカル達の返事を待つヒューバートらの代わりにリチャードがルーカスを起こしに船室へ向かう。
が、下船準備を始めたアスベル達の所へ戻って来たリチャードは、何故か一人のままだった。
「リチャード? ルーカスさんはどうしたんだ?」
「いやね、随分と気持ち良さそうに眠っていたから、起こすのが申し訳なくなってしまってね。という訳でマリク、後は頼んだよ」
「陛下、意味が分かりません」
「行けば分かるさ」
一体何だと思いつつ重い腰を上げたマリクは、リチャードがアスベルを船室から遠ざけるように引っ張って行くのを胡乱な目で見ながらドアを開ける。
「おいルーカス、いつまで寝てるんだ、いい加減起きないと置いていくぞ」
「んん……」
入り込んできた外の風から逃げるかの様に身を丸めるルーカスは、掛けられていたコートを抱き締めて眠っていた。
寒さを凌ぐ為に渡したのにそれでは意味が無いだろうと、クシャクシャになってしまっているそれを引っ張って取ろうとしても、なかなか離れようとしない。
まさか惚れた相手の夢でも見てるんじゃ無いだろうな。リチャードの言っていた通り随分と幸せそうな顔をしているルーカスに、マリクが眉根を寄せる。そういえば以前、気絶したこいつを背負ってフォドラを歩いていた時もこんな様子だった。
別にどんな夢を見ようが本人の勝手だが、何もわざわざオレが傍に居る時ばかりそんな夢を見なくてもいいだろうに。
そんな虚しさを感じながら半ば八つ当たりのように強引にコートを奪い取ってやろうと力を込めたマリクは、
「……マリクさ……」
ルーカスの口から零れたその寝言で手を止めた。
ルーカスはそれに気付かず、相も変わらずすよすよと気持ち良さそうに寝息を立てるだけ。
(……オレの夢を見てるのか?)
八つ当たりの必要が無くなったマリクは静かにその傍に屈んで、暫くその様子を眺めてから、優しく揺さぶって相手を起こした。
「ん……、……なに……?」
「フェンデルに着いた、降りるぞ」
「…………、……ああ、そっか、ここ船の上だっけ……」
大きなあくびをしてのそのそと起き上がったルーカスは、凝り固まった首や肩を回して解す。
「久しぶりによく寝た。身体バキバキだけど」
「これはもう返してもらっていいか?」
「ん? ああ、うん。ありがとね」
軽く叩いてシワを伸ばしたコートを羽織り直したマリクは、ルーカスに背を向けて尋ねる。
「どんな夢を見てたんだ」
「夢?」
「随分と幸せそうな顔をしていたからな」
「よく覚えてないけど……、言われてみればなんか良い夢見てた気がする」
「……そうか。良い夢、か」
「……何ニヤニヤしてんの?」
「何でもない、気にするな。ところで、もう名前では呼んでくれないのか?」
「だっておっさんの方が呼び易いじゃん」
「そうか」
「だから何笑ってんのって」
顔を覗き込むルーカスの問いにマリクは答えず、何やら上機嫌で船室を出ていった。
一体何がそんなに気に召したのだろうと不思議に思いつつ、ルーカスも後に続く。一行は船を降りて雪道を進み、アンマルチア族の里へと向かった。