06.いつか花が咲く頃に
「おかえり〜! ストラタは大丈夫だった?」「大丈夫じゃなかったよ、フーリエさんやパスカルの危惧した通りだった」
「とりあえず、発生した魔物を倒して来ましたが……、今後また魔物が発生しないという保証はどこにもありません。やはり原因を叩かないと」
そんなやり取りの傍ら、未だ俯いたままのソフィにアスベルが歩み寄る。
「ソフィ、ごめんな、ずっと一緒に居てやる約束が出来なくて。俺はお前より先に死んでしまう、けれどお前と一緒に考えたり悩む時間くらいは十分にある」
「一緒に……」
「俺はこれからお前と親子として、一緒に考えていこうと思ってる。ソフィ・ラント。これからは、これがお前の名前だ」
「ソフィ・ラント……?」
「お前は今日から、俺の本当の家族になるんだ」
「ソフィを正式に、ラント家の子として迎えるという事かい?」
リチャードの問いにアスベルは頷いて、
姓名が同じになることの意味を今ひとつ理解出来ていなさそうなソフィの頭に手を置いた。
「親父が、俺やヒューバートの事を思ってくれたように……、そして今でも、俺の心の支えになってくれているように。お前の支えで居られるようになりたいんだ。小さい時は俺の方が子供だったから、ちょっとおかしな親子だけど」
親子という言葉に、落ち込んで澱んでいたソフィの瞳が輝きを取り戻す。
「おかしくないよ。とっても……嬉しい」
「兄さんの子供になるなら、僕とも家族ですね」
「そうなると、弟くんはおじさんになるのかぁ〜」
「なっ!」
「可愛い姪っ子が出来て良かったね、ヒューバートおじさん」
「おじさんはやめて下さい! もっと他の呼び方は無いんですか!」
「あ、そういえば、ルーカスに頼まれてた通信機、用意しておいたよ〜!」
「ありがとパスカル。ほらヒューバートおじさん、これあげるから元気出して」
「ですから……!」
『ヒトの存在は罪』
沸き立つ一同につられて笑っていたルーカスだったが、不意に聞こえてきた見知らぬ女性の声にピタリと笑いを止める。
『永遠を誓えない生き物。曖昧な言葉を信じてはだめ』
「……? 何だこの声……」
「アスベルが父親なら、シェリアさんが母親かな」
「え!?」
「あれ、違ったかい?」
「い、いえ、私はそれで、全然構いませんけど……でもそれってつまり……私とアスベルが……」
「それじゃああたしは?」
「パスカルは"お姉ちゃん"だろう」
「なるほど〜! じゃあ教官はおじいちゃんだね!」
「いいね。おじいちゃん、肩でも揉んであげようか?」
「それではお願いしますよ、孫」
他の皆には聞こえていないようで、変わらずそんな話で盛り上がっていた。
ただソフィだけは、ルーカスと同じく神妙な顔で俯いている。
「さ〜て、ちゃっちゃとフォドラへ行きますか!」
「ああ! ……って、ソフィ? どうしたんだ?」
「あ、ううん、何でもない」
笑顔に戻ってアスベルと共に歩いていくソフィをじっと見つめながら、ルーカスは思考を巡らせた。
(今の声……ソフィにも聞こえてたのかな。魔物の声って感じじゃなかったけど、俺とソフィにしか聞こえてなかったって事は……まさかまたラムダみたいな存在か……?)
ヒトの存在は罪、という言葉からして、人間に友好的な存在ではないのだろう事は確かだ。またラムダの時のように争う事になるのではと、嫌でも想像してしまう。
(……もう、皆と対立するのなんて二度と御免なんだけどな……)
不安を拭えず、前を行くマリクの服の裾を掴んで軽く引っ張ると、相手はその意図を理解してくれた様で、皆から離れて小声で「どうした」と尋ねてくる。
「なんか変な声がした」
「変な声?」
「ソフィにも聞こえてたかも。ラムダの時と似てるんだ、相手がどこの誰かは分からないけど……穏やかな感じじゃ無かった」
「……それは、用心しておくべきかもしれんな、一応皆にも話しておけ」
「うん……」
「それから、お前はオレの傍を離れるなよ」
言うなりがっちり腕を掴まれて、ルーカスはその手とマリクを交互に見遣る。
「お前のやりたい事は最大限尊重してやる。だから、もう二度と離れるな」
言い聞かせるようなその言葉は、半年前の事を繰り返したくない気持ちの現れだろうか。
そうだといいなと思いながら、ルーカスは歩幅の違う相手に合わせて少しだけ歩調を速めた。
「わかった、甘える」
「ああ、甘えろ。オレはお前の親代わりみたいなものだろうからな、遠慮は要らん」
「……………………親代わり?」
何の気なしに言ったのであろうマリクのその一言で、ニコニコしていたルーカスは一転して真顔になる。
「なんだ不満か? おじいちゃんでもいいぞ、アスベル達曰くお前はソフィのお兄ちゃんで……痛っ!?」
杖で思い切り殴られたマリクは、腫れ上がった頭部を擦りながら目を白黒させた。
「何だいきなり!」
「もういい、やっぱりおっさんには頼らない」
「なっ……、おい待て!」
無理矢理手を解いて先頭集団の方へ大股で歩いていってしまったルーカスに、残されたマリクは「何なんだアイツは」と1人ぼやく。
「フラれてしまったねマリク。いや、今はおじいちゃんと呼ぶべきかな?」
「……陛下、いつからそこに」
「君が情熱的なプロポーズをした辺りからだよ。全く、君は肝心なところで本当にどうしようもないね、アスベルの事を言えないんじゃないのかな」
「随分なお言葉ですね。オレには何が何やらさっぱり分からんのですが、今のやり取りのどこに非があったと?」
「それが分からないから駄目なんだよ。まさか本当に彼の親になるつもりじゃあ無いだろう? アスベルがソフィにしたように、ルーカスさんを養子として迎え入れたいとでも思っているのなら話は別だけど」
「それは……確かにそういうつもりはありませんが。ですが実際オレは半年前からずっとアイツの保護者の様なもので……」
「保護者、ね。まあ、僕も君の気持ちを理解出来ない訳では無いよ。僕もつい最近まではそうやって自分の気持ちを誤魔化していたからね。僕の場合は彼女に負い目があったせいもあるけれど、まあ似たようなものだろう。彼は大統領閣下の息子だからね、及び腰になるのも分かる」
「……陛下、話が見えません」
「そうだね、君にも何か本音と向き合うきっかけの様なものがあればいいんだけれど……どうしたものかな……」
リチャードはブツブツと言いながら熟考して、やがて何か思い付いたようにパチンと指を鳴らした。彼の思考が全く読み取れていないマリクは、王の奇行に黙って付き合うしかない。
「時にマリク、ルーカスさんの想い人はもう聞き出せたのかな? その様子ではまだだね? 流石に答えを勝手にバラすのは忍びないけれど、気になって夜も眠れなくなっている君の為に、優しい僕がヒントをあげよう」
「いや、夜は普通に眠れていますが」
「実は彼の好きな相手というのは、女性ではなく男性なんだ」
「……………………、はい?」
「本当だよ。そういう愛の形もある事くらいは知っているだろう? 彼の場合、今回好きになったのがたまたま同性だっただけなのかもしれないけれどね。何にせよ素敵な事だよ、性別の概念に囚われずに誰かを愛せるというのはね」
「……………………」
「それとも君は、そういった恋愛には嫌悪感を抱くタイプなのかな?」
「…………いえ、別に、そうではありませんが……」
予想外だったのだろう、放心状態になっているマリクに、リチャードが天使とも悪魔とも取れる端整な笑みを向ける。
「それで、君はどう思う?」
「……どう、とは?」
「君だって彼の恋愛対象にはなり得る、という話をしているんだよ。もし彼が君の事を"そういう意味"で好きなんだと言ったら、君はどう思うのかな」
「……………………」
「"気持ち悪い"だとか"迷惑だ"とでも思うのなら、君が彼に抱いている感情は確かに保護者のソレなんだろう。でもそうでは無いのなら……手遅れになる前に、きちんと自分の気持ちを理解しておいた方がいいんじゃないかな」
「教官! リチャード! そんなゆっくり歩いてたら置いてっちゃうよ〜!」
「ああ、すまない。今行くよ!」
いつの間にか随分と遠くに行っていたパスカル達に呼ばれて、リチャードが大きく手を振り返す。
アスベル達と一緒にそれを見ていたルーカスは、「またリチャードと二人でコソコソと……」と拗ねたようにぼやいていた。