06.いつか花が咲く頃に
それから暫くして。シャトルに乗り込んだ一行は、以前と同じ要領で空の海を越えてフォドラ上空まで到達した。
この中で唯一フォドラを初めて見たリチャードは、殺風景な眼下の風景に素直な感想を漏らす。
「ここがフォドラか……、本当に寂しいところだね」
「大昔はものすごく栄えていた筈なんだけどね」
「……あれ、なにかな?」
ソフィが指し示した方向には、以前来た時には見られなかった森があった。森の中央は開けており、美しい花畑が広がっている。
そして、そこに佇んでいる一人の女性と目が合った。
「あんな所に人……? いや、ヒューマノイドかな……?」
「あの子……!」
ソフィが血相を変えて言うのと、相手がシャトルに向けて光線を放つのはほぼ同時だった。
「うわっ!」
「落ちてる……!」
直撃を受けた機体は失速し、以前来た時と同じように地面に向かって落下を始める。何とかできないのかと詰め寄られたパスカルは、空に浮かぶテロスアステュ――フォドラにある唯一の街を見つけて、何とかそこへシャトルを不時着させた。
「ナイスファイト、パスカル」
「ふひ〜、死ぬかと思った〜」
「あのお花畑の子って……」
「目の錯覚じゃないのよね?」
もしかしてあれが、出発の前に聞いた謎の声の主なのだろうか。
ゆっくりと考える暇もなく、周囲にいた魔物が襲いかかってくる。
「なんとか片付いたか」
「これからどうします?」
「まずは街の中で情報収集だ」
そう言って皆が散り散りになったので、ルーカスはそれじゃあ自分は他に残った魔物が居ないか調べに行くかと、皆とは別の方向へ足を向けたのだが、
「離れるなと言っただろう」
と、マリクに捕まえられてしまった。
「俺だって頼らないって言ったよ。"おじいちゃん"は安全なとこでゆっくり休んでれば?」
「…………、いいから来い」
「え、ちょっ」
保護者気取りのこの男にはどうせこんな嫌味も軽く流されるだろうと思っていたルーカスだったが、マリクは苦笑するでも馬鹿にするでもなく、真面目な顔でルーカスを引っ張っていく。
まあ、今は巫山戯ている場合では無いのかもしれないが。いつもと様子の違うマリクに戸惑いつつも、ルーカスは大人しく街の中を探索する事に集中した。
皆で都市内を一通りぐるっと回ってみた結果、前回フォドラに来た時も世話になったサイというヒューマノイドを見つける事が出来た。
何故か倒れている相手に何があったんだと駆け寄ると、サイは起き上がって部屋の奥にある装置を指差す。
「あれを調べればいいの?」
「なになに〜どれどれ〜」
慣れた手つきでパスカルが装置を弄ると、街の記録と思しき映像が映し出された。街のあちこちに光の塊が浮かんでおり、それを襲撃した魔物からも光が溢れ出している。
「これは……!?」
「今の光はフォドラの原素かな。う〜ん、でも、だとすると……」
「こっちの地図に載っているのは何かの施設のようだけど」
「原素……研究所……? フォドラの核を調べていた施設みたいだね」
「場所は分かりますか?」
「うん、シャトルに座標を転送すればいけるよ」
「さっきシャトルから見えた花畑の場所もこれで調べられない?」
「この地図には載ってないね、大体の方向なら何となくわかるけど……」
会話を黙って聞いていたソフィは、控え目に「あのね」と切り出す。
「わたし、あの女の子に会わなきゃいけない気がするの」
「どうする、アスベル?」
「まずは研究所だ、その後で花畑も調べてみよう。あれは俺も気になる」
話が纏まったところで、一緒に来てくれるらしいサイと共に一行は次に原素研究所へと向かった。
研究所内は他の場所より一層荒れ果てており、赤黒く照らされた空間にシェリアが「気味が悪い」と感想を口にする。そこへ更に追い打ちをかけるように、また例の女性の声がソフィとルーカスの頭に響いてきた。
「大丈夫!? どうしたの?」
「……やっぱり。わたしの事、呼んでる」
「二人にしか聞こえない声がしたのか?」
「うん。ソフィが言うように、さっき花畑に居た人の声なのかも」
「早めに中を調べた方が良さそうだね」
ソフィはより重症な様で、皆は具合が悪そうに頭を押える彼女を適当な場所に座らせて休ませつつ、手分けして施設内を調べ始める。パスカルが装置を起動させると、先と同じように過去の映像が流れ始めた。皆は一旦探索の手を止めてそれを眺める。
『フォドラの核に変化の兆しあり、詳細は未だに不明。調査員の派遣が決まった、早急の解明が待たれる』
『コーネル博士の見解を求めたが返事は来ていない。ラムダの研究成果が何かしらの謎解明に繋がると踏んでいるのだが……』
『エメロード君への協力要請を出す事になった、真相の究明に繋がる事を期待している』
『リトルクイーンの誕生、我々はあれとどのように向き合えばいいのか。派遣した調査隊の第一次隊は全滅したが……第二次隊の若干名の生き残りがサンプルを持ち帰る事に成功した。しかし、生き残った者達も情報が芳しくない……。恐らく長くは持つまい。彼らの犠牲を無駄にしない為にも……サンプルの詳しい調査を進めねば……』
代わる代わる映し出されていた映像はそこで終わり、皆が意見を交わし合う。ルーカスはそれを聞きながら、一人潜考する。
(リトルクイーンって言うのがもしこの声の主の事なら……、ソフィに会わせるのは良くない気がする。さっきの情報といい、聞こえてきた言葉といい、人間を敵視してるのは間違い無いし……、かと言って放置しておく訳にも……。俺が先に一人で様子を見に行けたらいいけど、有無を言わさず攻撃してくる可能性もあるんだよな……、ラムダみたいにある程度話の通じる相手ならまだマシだけど、どうなんだろう。語りかけてきてる雰囲気からすれば対話は出来そうだけど……)
考えが整理できないまま、ルーカスは皆に連れられて更に研究所の奥へ。そこは施設の制御室のようで、中央には巨大な装置が鎮座していた。周囲には、何体ものヒューマノイドが倒れている。
例によってパスカルが装置を弄ってみたが、機械はショートして壊れてしまった。悩んだパスカルはヒューマノイドに近付いて、何かの部品を抜き取る。
「そのヒューマノイドがどうかしたんですか?」
「機能は停止しても、当時の視覚情報が残ってるんじゃないかな〜?」
その読み通り、部品を装置に差し込むと無事に映像が再生され始めた。画面には部屋にある巨大な装置と赤い球体が映し出されており、その球体の中で花畑に居た女性が膝を抱えて眠っている。
『リトルクイーンのサンプル、有難う御座います』
『それが本当に対ラムダへの切り札になるのかね?』
『はい。これでプロトス1は完成しますわ』
『だが焦りは禁物だぞ、エメロード君。我々は未だにリトルクイーンの存在を掴みかねているのだ』
『このままラムダの生み出した魔物に滅ぼされるのを、所長はお望みなのですか?』
『誰が滅びなど望むものか、だからこうして君を呼び出したのではないか』
『そのご決断には感謝しております』
『……リトルクイーンの事、他言は無用だぞ』
『承知しております。皆の不安を煽るような事を私がする筈が御座いません』
画面の中のエメロードが部屋から退出し、反対に所長と呼ばれた男性は装置の前に歩み寄って、眠るリトルクイーンを見つめた。
『フォドラよ、お前の望みは何だ?』
その問いに呼び起こされたかの様に、リトルクイーンが目を開く。が、その答えを得る前に画面は暗転してしまった。
「ソフィが生まれる前の話だったみたいだね」
「彼女は何者だ? それに……」
「雰囲気がどこかソフィに似ていたわね」
皆の視線がソフィに集まるが、ソフィは「知らない」と首を振る。直後、大きな地鳴りと共に部屋が揺れ始めた。
「わっ、何、地震?」
「どうやら話は外に出てからにした方が良さそうですね」
「待って待って! 他のヒューマノイドからもデータを抜き取るから!」
慌てて部品を漁り始めたパスカルだが、続けて爆発音まで聞こえてくる。
見れば、いつの間にかそこにはリトルクイーンの姿があった。同時に、進化した魔物特有の狂った言葉の羅列が、大量にルーカスの脳内に流れ込んでくる。
一つならば耐性もついてきていたのだが、これだけ一斉に来られると流石に堪えた。中にはリトルクイーンのものと思しき整然とした声も混ざっていたが、他の声に埋もれて殆ど聞き取れない。
(……駄目だ、これ、なんか怖い)
戦う気は無いと示すシェリア達に対し、リトルクイーンは容赦なく攻撃を繰り出す。吹き飛ばされたアスベル達を見てルーカスは仕方なく前に出たが、正直今すぐにでもこの場を離れたかった。
その祈りが通じたのか、幸か不幸かリトルクイーンが天井を破壊してくれたお陰で戦闘は打ち切りになる。
リトルクイーンが気になるのだろう、渋るソフィの手を取って、アスベルが外へと走り出した。皆で行く手を阻む魔物を蹴散らして、何とか全員シャトルに飛び乗る。
が、安堵したのも束の間、
『逃がさない』
そんなリトルクイーンの声が聞こえたかと思うと、シャトルを凄まじい衝撃が襲った。
「くっ!」
「うわああっ!」
「ひえええええええっ!」
三者三様の悲鳴を上げながら、皆は為す術もなくシャトル共々地表へと落下していった。