06.いつか花が咲く頃に

「いったたた……、みんな、大丈夫?」

「な、なんとか……」

「生きてはいますね……」

何度目か分からない不時着を果たした一行は、座席に着けて居なかったせいもあって、機体の先端部分で団子のように折り重なっていた。上に乗っている人から順に降りて、ベコベコになっているシャトルの扉をこじ開けて外に出る。

下の方で押し潰されていたマリクは大人しく皆が退くのを待っていたが、ふと自分の上に乗っているルーカスが震えている事に気付いた。

「どうした?」

「……や、ちょっと、怖くて」

「怖い……? 墜落した事か?」

「違う。さっきの襲撃の時、あの変な魔物の声が大量に聞こえて、それがなんか……頭おかしくなりそうで……」

怒りや憎しみの込もった怨嗟の声も決して心地良いものでは無いが、理解できない謎の言語に四方八方から捲し立てられるのは、それとは別のおぞましさがある。

「ちょっとトラウマになりそう……」

「そこまで酷いのか」

「うん……」

控え目にしがみついてくるルーカスに、余程怖かったのだろうと察したマリクはその背をぽんぽんと叩いた。他の人はもう居ないのでいつでも出られるのだが、マリクはルーカスが落ち着くのを待つ事にして天を仰ぐ。

(……コイツに好きだと言われたらどう思うか、か)

抱き締めてやりたい衝動を抑えつつ、リチャードに言われた事を思い返していたマリクは、心中で自問していた。






シャトルが不時着したのは上空から見えていた例の森だった。落ち着いたルーカスを連れて外に出たマリクは、待っていた仲間達と合流する。

「これほどの環境はエフィネアにも殆ど無いよ」

「ですが、どうしてここだけが花で覆われているんですか?」

「フォドラから出る原素が一番濃い場所なんじゃないかな?」

「…………」

「どうしたルーカス、まだ気分が悪いのか?」

「違う、あれ」

ルーカスがじっと見つめる先には、動物と戯れる魔物の姿があった。近付いてみると、怯えたように逃げていってしまう。

「魔物が他の存在を襲わないなんて……」

「一体、どうなっているの?」

「フォドラの子よ、貴方は私と共に来るべきです」

夢に思い描いたような楽園のようだと、その光景に魅入っていたルーカスは、リトルクイーンの声によって現実に引き戻された。
その声は頭の中ではなく、人の声と同じく耳に聞こえてくる。気が付けば、皆の周囲を複数のリトルクイーンが取り囲んでいた。

「独りになりたく無いんでしょう。皆いつか居なくなる、それはとても悲しい。それはとても恐い。助けて欲しい。不安で仕方がない。救いを求める心を……私が永遠に癒してあげる」

「え……」

「私が、私達が、貴方の痛みを私に変えてあげる。終わりなき時を共に行きましょう」

「……貴女はわたしを知っているの? わたしの心が分かるの? どうして……?」

「星は繁栄を。風が鳴き、大地は慈しみ、花は咲き乱れ、生命が躍動する。その輪を乱す者はヒト!!」

その行いを責めるように、無数のリトルクイーンがアスベル達を指差す。

「フォドラの子、共にヒトを滅ぼすのです」

「それがお前たちの目的なのか!?」

ソフィを連れて行こうとするリトルクイーンの前に、アスベルが立ちはだかった。だがソフィは、虚ろな瞳でフラフラとリトルクイーンの方へ歩いて行こうとする。

「行っては駄目だ、ソフィ!」

「おいでなさい。私が、私達が、貴女の孤独を癒してあげます。永遠を、共に行きましょう。悲しみのない永遠を……」

「悲しみのない……永遠」

「ソフィ!」

尚もソフィを止めようとするアスベルに、リトルクイーンが掌を向ける。その手に光が宿るのを見て、研究所の天井を破壊したのと同じような攻撃を仕掛けるつもりだと悟ったルーカスは杖を構えた。

「滅びなさい……!」

「待って!」

「まずいぞ!」

「くっ……!」

――駄目だ、詠唱が間に合わない。
防御が整う前に、リトルクイーンの手から光線が放たれ、轟音と共に地面が揺れた。
思わず瞑ってしまった目をルーカスが恐る恐る開けると、土煙の中に赤い障壁が見えた。仲間は傷一つ負っておらず、呆然とする皆にアスベルが告げる。

「ラムダだ」

「ラムダが僕達を守ったと言うんですか……?」

土煙が晴れると、そこにリトルクイーンの姿は無くなっていた。ソフィとルーカスの頭の中に、彼女の声が響く。

『待っていますよ、フォドラの子』

ぺたり、と地面に座り込んでしまうソフィは、心の内でその言葉を繰り返していた。






不時着でボコボコになっていたシャトルはサイが直してくれており、皆は休憩ついでにパスカルが研究所のヒューマノイドから抜き取ってきたデータを見るべく、テロスアステュに戻る事にした。

「ひとまず、街の中は安全な様だな」

「フォドラの原素の影響を受けた魔物がやって来れば、そうとも言い切れないでしょう」

「だろうね、時間の問題な気がするよ」

「それがいずれはエフィネアも呑み込んでしまう訳か」

マリクの言葉にゾッとしたルーカスは、その恐ろしい想像から意識を逸らす為に装置を弄るパスカルを手伝う。

『第二次隊の調査員が、全員死亡しました』

『彼らが持ち帰ったサンプルを無駄にする訳にはいきません』

『ああ、そうだな……、研究は続行させる』

『核の変質は、抗体構築のメカニズムに酷似しています』

『フォドラが病原菌を排除しようといのか』

『その病原菌というのはこの場合……』

『間違いないだろうな。リトルクイーンの攻撃対象は、我々人類だけだ……』

『我々は、フォドラから見放されたと言うんですか!』

『どうしてこんな事に……』

そこで一度映像は途切れ、再び映った時には、街は既に悲惨な状況になっていた。この映像を記録している最中にも襲撃を受けていたのだろう、時折聞こえてくる轟音と共に画面が揺れている。

『所長、最早フォドラの核を強制停止する以外に手段は……』

『だが、そんな事をすればフォドラは滅びるのだぞ』

『このままでは我々人類が先に滅びる事になります!』

『しかし……』

『所長! 我々にはエフィネアという希望もあります!』

『……わかった、核を停止させよう』

『汝らの選択、しかと聞き届けました』

『リトルクイーン!』

『待て、待ってくれ! 時間をくれ! 我々に生きる機会を!』

懇願も虚しく、その場にいた全員がリトルクイーンの手によって殺されていく。最後にこちらへ向けて光線が放たれた所で、映像は終わっていた。

「本当にあった出来事なのか、今のは……」

「正真正銘、今から約千年前の映像だと思うよ」

「フォドラが人を見放したって……」

「その理由は分かりませんが、一つハッキリしましたね」

「ああ、リトルクイーンをこのままにしておく訳にはいかない」

「だけど、どうすれば?」

皆が対策を話し合う中、ルーカスは暗くなった画面に手を添えて目を閉じる。

(フォドラにとっての病原菌……、人間はフォドラにとっての害と見なされてるって事だよな。核の変質が抗体構築のメカニズムと同じで、リトルクイーンがその結果生まれた存在なんだとしたら……あの子はただ、フォドラを守ろうとしているだけで……)

花畑で見たあの光景が脳裏に浮かぶ。
魔物の憎しみは、人々がラムダを傷付け、苦しめた結果によるものだ。花畑に居た魔物があんなにも穏やかだったその理由が、人の干渉を受けなかった為だと言うのなら……、フォドラが、その代行者であるリトルクイーンが、人を滅ぼそうとするのは理解出来る。

(リトルクイーンを何とか出来たとしても、根本的な問題の解決にはならない。それじゃ、千年前に殺された此処の研究員達と同じだ。俺達人間の存在がフォドラに悪影響を及ぼしているんなら、それを何とかしないと……)

「ラムダに頼って原素を吸収するなんて危険だ!」

リチャードの大声で、ルーカスは目を開いて皆を見た。一体どうしたんだという顔をするルーカスに、パスカルが耳打ち。

「とりあえず、リトルクイーンの暴走を止める為にフォドラの核を停止させようかって話になったんだけど、その方法でちょっとね……」

曰く、核の原素を吸収してしまえば強制的に機能不全には出来るらしいのだが、それをするにはラムダの力が必要で、かつ依代となっている生身のアスベルはその負荷に耐えられない、との事らしい。

「実際それって可能なの? ラムダ」

『原素を吸収する事自体はな。だが、人の身で膨大な原素を取り込めばどうなるかは、お前も知っている筈だ』

「……半年前のリチャードみたいになるって事だよね」

『それだけでは無い。原素を得ればその分、我の力が増す事にも繋がる。今の我は以前の戦いで吸収した原素を失い小康状態にあるが、再び活性化すればこの男が今のように自我を保てるかどうかも分からぬぞ』

「……って言ってるけど、アスベル、それでもやるの?」

「はい。どのみち、フォドラの核をこのままにはしておけません。他の方法を探している時間も無い。皆、賛同してくれるか?」

「……わかりました。核は兄さんに任せましょう。兄さんはやると言ったら反対しても聞かないでしょう」

「ああ、確かにな」

「何だかんだでこれまでラムダと同居してこれたんだし……、ま、何とかなるのかな? ね、リチャード」

「アスベル……本当にそれでいいのかい?」

「ああ」

その危うさを身をもって知っているからこそ、人一倍心配になってしまうのだろう。リチャードは何も言わずに立ち去ってしまい、シェリアも泣き出してしまう。

「……まあ、今日はここらで解散だな。万全を期す為に、出発は明日にしよう」

「了解〜!」

一人元気なパスカルは、そう言ってさっさと部屋を出て行った。ヒューバートやマリクもそれに続き、部屋にはアスベルとソフィとルーカスだけが残る。
アスベルが不安そうなソフィを励ます一方、ラムダはルーカスに語りかけてきた。

『お前は、この男を止めなくていいのか?』

「アスベルが覚悟して決めた事に反対なんて出来ないよ、代替案がある訳でも無いし。ただ、核を停止させてリトルクイーンを消した所で、またいつか同じ事が起こるんじゃないかなと思うんだ。フォドラが人を消そうとする理由は、ラムダと同じなのかな」

『それもあるだろう。だが抗体と言うからには、より生存本能に近い物のはずだ。記録にもあっただろう? フォドラが滅んだのは、人が核の機能を停止させ、この地の原素を枯渇させたからだ。核にとって、星の滅びはお前達にとっての死に等しい』

「フォドラはそれを回避しようとしてる……? そっか、人は動植物と違って機械や兵器を使うから、その分原素を大量に消費してる。核を停止させる以前から、この土地が徐々に痩せ細っていってたんだとしたら……、っていうか、それじゃエフィネアの原素だってそのうち枯渇してしまうんじゃ……、直ぐにではなくてもフォドラの二の舞に……」

『……遥か未来の心配をするのは良いが、今危惧すべき事は他にあるだろう』

「他って?」

『お前は我が素直にこの男に手を貸すと信じ込んでいる様だが、我とてお前達人間への恨みを忘れた訳では無いのだぞ。協力するフリをしてリトルクイーンの側に付くとは考えないのか?』

呆れたように言うラムダに、ルーカスは目を瞬かせる。

「え、ラムダはそうしたいの?」

『……我がどうなのかではなくお前が心配では無いのかという話で』

「そうなったらまた説得するだけだよ、あんたはちゃんと話通じるし」

『我を説き伏せられるというその自信は何処から来るのだ……』

「ルーカスとラムダ、仲良しだね」

「友達だからね」

「あ、そっか」

『誰が友達だ』

三人のやり取りに、アスベルも安心して笑った。原素の問題についてパスカルに相談してくると部屋を出ていったルーカスに、ラムダが嘆息。

『全く、あの男はお前に負けず劣らずの愚か者だな。人類の敵に仕立て上げるつもりで目を付けたというのに、とんだ見込み違いだ。あそこまで甘い人間だと知ってさえいれば、我の力など与えなかったものを……』

「本当にそうか? 俺は、かつてのお前がルーカスさんにお前の声を聞く力を授けたのは、そんな小難しい理屈からじゃ無かったと思うぞ」

『……何が言いたい?』

「お前は、自分を守ってくれたルーカスさんに、ただ自分の気持ちを分かって欲しかったんじゃないか? 唯一の味方だったコーネルさんを失って独りぼっちになってしまったお前は、その寂しさを埋めてくれる誰かが欲しかったんだ。俺はそう思う」

『…………』

「だから、全然見込み違いなんかじゃないさ。ルーカスさんはちゃんとお前の望んだ通りの存在になってくれた。そうだろ?」

「良かったね、ラムダ」

『……下らん。勝手な妄想で、我の真意を捻じ曲げるな』

「照れるな照れるな」

『黙れ』

低く唸るように言うラムダに、アスベルとソフィは顔を見合わせて、嬉しそうに微笑んだ。
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