06.いつか花が咲く頃に
アスベル達と別れ、探し人を見つけたルーカスは、また何か作っている様子の相手に声を掛ける。「ねぇパスカル、ちょっと相談があるんだけど」
「ん? なになに? っていうか見て! これどう?」
バンバンと組立途中の鉄人形を叩くパスカルに、ルーカスは「何それ?」と返す。
「アスベルに負担をかけずに核を止める方法は無いかと思ってさ! その名もメカアスベル〜!」
『アスベル! アスベル!』
「うわ喋った、何に使うのそれ」
「これにラムダをお引越しさせて、核の原素を吸わせようかなあって」
「ええ? ……絶対嫌がると思うけど」
「なんで? 似てない?」
「似てないっていうか……、そもそもこれ二頭身じゃん。せめて表情とかもっとキリッとさせてあげなよ、ラムダは格好付けだから強そうな見た目にしないと」
「そう? アスベルに似てた方が喜ぶと思うんだけどな〜、弟くんだってその方が喜ぶし」
「ん? なんでそこでヒューバート?」
「え? なんでってなんで? なんかおかしかった?」
「いや……」
ソフィならともかく、そこでパッとヒューバートが出てくる事にも、彼が喜ぶか否かを一つの指標にしている事にも驚いたが、出てきている芽を突っつき過ぎてやぶ蛇になっても困るなと思ったルーカスは、それ以上は言わずに手を動かす。
一方、自分の名が話題に上っているとは露知らず、目的も忘れてあーだこーだとロボットの改良に勤しむ二人を遠巻きに見ていたヒューバートは、その仲睦まじい様子に気圧されて突撃出来ずにいた。
「いつまでコソコソやってるんだヒューバート、行くなら行け」
「ぼ、僕のタイミングで行きますから、教官は黙ってて下さい。というか、どうして着いてくるんですか!」
「仕方がないだろう。陛下もシェリアも今はあの調子で、揶揄って遊べるのがお前しか居ないんだ」
「その考え方がもうおかしいんですよ!」
「僕とシェリアさんがどうしたって?」
「おや陛下、アスベルとはもう話されたのですか?」
「ああ、もう大丈夫だ。……ラムダとアスベルの強さを信じてみるよ」
「私も。ここで立ち止まっていても仕方ないものね。ところで、教官とヒューバートはこんな所で何を……」
言いかけたシェリアは、視線の先に居るパスカルとルーカスを見て得心。
「……声をかけようと思ったけど、盛り上がってるのを見て出て行けなくなったのね。もう、意気地が無いんだから」
「し、仕方が無いじゃないですか!」
「まあ確かに、あの二人は傍目に見てると中々にお似合いだよね」
「うっ」
「そう言われてみれば……、二人とも容姿端麗だし、歳も近いし、一緒に居て自然な感じがしますね」
「ううっ」
「このまま放っておけばあの二人がくっつくかもしれんな」
「うううっ!」
グサグサグサ、と三人に容赦なく刺されたヒューバートは、力なくその場に蹲った。
言い過ぎたかと掌を返してヒューバートを持ち上げ始めるシェリアを横目に、リチャードがマリクに囁く。
「それで? 君は他人事でいいのかな」
マリクは二人を、正確にはルーカスを見つめながら、真面目な顔で答える。
「……以前陛下に言われた事を、あれから考えてみたのですが」
「うん」
「まず想像が出来ませんでした」
「う〜ん、それは困ったね」
「ただ、少なくとも悪い気はしないだろうとは思います。普段のあいつの言動の中に多少好意が見え隠れするだけでも、嬉しいと感じるので」
「…………。ええと、つまりどっちだい?」
「いや、オレに聞かれましても」
長い溜息を吐き出したリチャードは、気を取り直して顔を上げた。
「仕方ない、こうなったらもう最終手段だよマリク」
「おお、そんなものが!」
「物陰に連れ込んで襲うなり何なりするんだ。あられもない姿を見て、興奮するかしないかで判断するしかない」
「…………」
「…………」
「……冗談ですよね?」
「僕は至って真面目だよ」
「ねぇねぇ、さっきから皆して何してんの?」
「うわぁっ! ぱぱぱパスカルさん!?」
驚いて跳ね上がったヒューバートの動きに、その心を知らないパスカルがケラケラと笑う。
「暇してるなら手伝って! 今ね、メカアスベルの改良をしてるんだ!」
「すまない、僕はこれからシェリアさんと大事な話があって」
「え? ……ええ! そうなの、ごめんねパスカル。でもヒューバートは手が空いてるみたいよ」
「それじゃ、弟くん確保〜!」
「え? え?」
ズルズルと引き摺られていくヒューバートを笑顔で見送りつつ、リチャードとシェリアは邪魔をしない様にと足早に立ち去る。
その連携ぶりに心中で拍手を送りながら、マリクはメカアスベルのネジを回しているルーカスの下へ。
「すまんなルーカス、協力してやってくれ」
「ん? ……ああ、成程。パスカル、俺そろそろ行くから、後の仕上げはヒューバートと頑張って」
パスカルに運ばれてきたヒューバートを見て、その言葉の意味を理解したルーカスは、異を唱える事もなくすんなりとその場を離れた。水面下で働いている色んな人の思惑など知らないパスカルは、笑顔で手を振って二人を見送る。
「まあ二人きりにした所で、パスカル相手に何か進展するとも思わんがな」
「そうでも無いんじゃない? パスカルもちょっと気持ちが向き始めてる感じするし」
「何、そうなのか?」
「本人はまだ気付いてないみたいだけどね、自覚するまでがまた長そう」
「それでも大した進歩だ、ヒューバートも粘った甲斐があったな」
「ね。シェリア達にも教えてあげないと」
「……一応確認なんだが、お前はパスカルの事が好きな訳では無いんだな?」
真剣な顔で尋ねるマリクに、ルーカスは「無い無い」と笑いながら手を横に振る。
「だが、他の奴らよりは親しいだろう」
「そりゃあ1番付き合い長いし。大事な子には変わりないけど、パスカルは妹みたいなもんだよ」
「……なら、お前の好きな相手は誰なんだ?」
その問いにルーカスは一瞬足を止めたが、答えずにまたスタスタと歩いていく。
やがて屋根の開けた場所まで来ると、ルーカスは道の端に腰を下ろした。茜色に染まっている空を眺めながら、隣に座ったマリクにやっと答える。
「それも保護者として聞いてんの? だったら答えないよ」
「なら保護者云々はナシだ、仲間として聞かせてくれ」
「まあどっちにしろ言うつもりは無いけど」
「おい」
楽しそうに笑うルーカスに、マリクも眉尻を下げて微笑む。
半年前のあの事件以来、ルーカスはよく笑うようになった。それを見る度に、あの時死なずに生きていてくれて本当に良かったとマリクは思う。
「どんな奴なんだ? どこを好きになった」
「そんなの聞いてどうすんの」
「いいだろう、話したって減るもんじゃ無いし」
ずっとこうして、コイツとはつかず離れず傍に居られたらいいと。今の関係に仲間以外の明確な呼び名など無くても、たまに集まっては下らない事で騒いで、何か事件があれば皆で解決して、ああ今日も楽しかったなと言っていられればそれでいいと。
そう思っていた筈なのに、オレはどうして今、自分で引いた線を踏み越えようとしているのだろう。
「そうだなぁ。ずっと馬鹿みたいに世話焼き続けてくれたお人好しな所とか、辛い時に傍に居てくれた所とか、こうやって笑えるようになるまで面倒見てくれた所とか、そういうのなんじゃない」
「…………」
「明確にいつどこで何がきっかけだったかなんて俺にも分かんないよ。ただ、半年前のあの時、全部片付いてラントに戻ってきて、あー疲れた〜ってベッドで寝転んでる時に、外から宴の音に紛れてその人の声が聞こえてきて、それが無性に嬉しかったんだよね」
ルーカスは道に寝転がって空を仰いだ。宙に放り出している足を持て余して、ぶらぶらと揺らす。
「その人が辛そうにしてると俺も辛いし、楽しそうにしてると俺も楽しいし、一緒に居られるだけで幸せだなあって感じたりする。そういうのを好きって言うんだって昔好きだった人が言ってたから、あぁそっか俺あの人のこと好きなんだなぁって思ったんだよ、それだけ」
「…………、そうか」
「うん。だから誰かなんて野暮なこと聞かないでね。別に、どうにかなろうなんて思ってないんだから」
ルーカスは流れていく雲を見ながら、ああそう言えばパスカルに原素のこと相談するの忘れてたと今更な事を思い出した。
ヒューバートの邪魔をするのも悪いが、大事なことだしなぁと聞きに行こうとして、
「…………」
出来なかった。
起き上がった瞬間に抱き竦められて、押し倒される形で背中が地面に逆戻りする。
「……な、なに?」
「…………最終手段だ」
「は? 何の……って、待って、ちょっと」
有無を言わさず、マリクはルーカスの服の隙間から手を滑り込ませて、その肌を撫で始めた。
流石に冷静さを欠いたルーカスは飛び起きようとしたが、伸し掛かられているせいで失敗に終わる。
「いや本当に、待って、ってば、ねぇ」
「…………」
「せめて何か言っ……、ん、っや、め」
スルスルと上半身を摩る手に合わせて、服が捲り上がっていく。普段外の空気に触れる事の無い部分が曝け出されていく感覚と、誰にもされた事の無い愛撫に、ルーカスは身を震わせた。
何が起こっているのかも分からずにただ恥ずかしさだけが募っていき、必死に腕で顔を隠そうとするルーカスの首筋に、マリクが口付けて舌を這わせる。
「待っ……! ほ、ほんとにやだ、やめて」
「……嫌なのか?」
「だ、だって、こんな、いきなりこんなのおかしい。何なの、エレスハイにでもなってんの?」
「かもしれん。というか顔を隠すな、ほら」
「やだやだやだやだ絶対やだ」
「子供か」
力ずくで無理矢理腕を退けさせたマリクは、それをそのまま両脇に縫い止めて再び首筋に吸い付いた。
マリクとしてはさっきからかなり遠慮して動いているのだが、ルーカスはその控えめな刺激にも甘い声を漏らしている。
すぐ消える程度の痕を残して首元から顔を離したマリクは、そこで漸くルーカスの顔を見た。
眦に涙を溜め、責めるように睨み付けてきてはいるものの、肌は赤く染まっており、吐き出す吐息は熱を帯びている。
行為に感じてそうなっているのだという事は誰が見ても明白で、マリクは思わず生唾を飲み込んだ。ルーカスはルーカスで、そんなマリクの様子を見て全身にゾクゾクとした感覚が走る。
「……も、もうやめよ。ちょっと一回落ち着いた方がいいよ」
「……もう少しだけ」
「もう少し、って、ぁ、待っ……」
服の下で腕を背中に回されて、互いの体がより一層密着する。胸がマリクの服に擦れる度にルーカスが体を震わせて、その口から小さな嬌声が零れ落ちた。
(興奮するかしないか、なんてレベルの話じゃないな、もう。自制するので精一杯だ)
ビクビクと反応するルーカスの体を抱き締めながら、マリクは耳の側に、こめかみに、瞼にとキスを落としていく。目も口も固く閉ざして快楽に耐えようとするその姿に、マリクはフッと笑った。
「そうやって我慢されると虐めたくなるな」
「な……、んァッ、――ッ!」
腰を擦り寄せて下を刺激しつつ、指で背筋をなぞってやると、ルーカスは面白いくらい反応してくれた。
服を強く握り込んで抗議してくる相手に、マリクはまぁそろそろ止めておいてやるかと、最後に唇のすぐ横に口付けてから解放する。
床に倒れたまま服を直す事も出来ないで居るルーカスは、僅かに乱れた呼吸を整えながら、満足気なマリクを惚けた顔で睨んだ。
「……何で口にはキスしないの」
「最初に怒るところがそこなのか。口にしたら歯止めが効かなくなる気がしたんでな、オレなりに気を遣った」
「気の遣いどころおかしいでしょ……こんな中途半端にされたら逆に困るんだけど……、襲うなら責任持って最後までしてよ……」
「おい、やめろ、煽るな」
「もうそのへんのヒューマノイドにでも手伝って貰おうかな……」
「やめろ!!」
「冗談だよ」
ゆっくりと起き上がったルーカスは、服を整えて立ち上がる。だが思ったように足に力が入らず、よろけてマリクに抱きとめられた。
すまし顔に戻りかけていたルーカスは、その虚勢が剥がれ羞恥で赤くなる。
「〜〜〜っもう!」
「まともに歩けない程気持ちよかったのか?」
「うるさい怒るよ」
「もう怒ってるだろ。それでよく最後までなんて言えたな」
「…………だって、本当に、これじゃ余計……」
消え入りそうな声で切なげに呟いたルーカスは、マリクの服に顔を埋めて、遠慮がちに服を掴む。
マリクは今ここでそれに答えてしまいそうになる己を鎮める為に、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。
「ルーカス、オレ達には明日やるべき事があるだろう」
「うん」
「なのにお前が足腰立たなくなったらどうするんだ、オレが皆に怒られる」
「なら最初からこんな事しないでよ、その気にさせといて放ったらかしなんて酷いよ……」
「……そんな声を出さないでくれ頼むから」
「…………」
「お楽しみは全部終わってからだ。な?」
「…………」
「だからそういう顔もやめてくれ……、オレだって我慢してるんだ」
「……さっきのでいいから」
「さっきの?」
ハッキリ口にするのが恥ずかしいルーカスは逡巡したが、結局理性より衝動が勝ってしまう。
「……腰、擦り合わせるだけでもいいから。してよ、お願い」
「〜〜〜〜っ、わかった、もう、分かった。オレの負けだ」
流石に誰に見られるかも分からない場所で続きをする訳にもいかず、マリクはまだ足もとの覚束無いルーカスの手を引いてその場を離れた。