06.いつか花が咲く頃に
そうして、フォドラの核まで辿り着いた一行は、煌々と光る原素の塊に圧倒された。エフィネアの物よりも遥かに大きなそれを見上げていると、光の中からリトルクイーンが幾人も現れる。ソフィは一人前に歩み出て、リトルクイーンと向かい合った。
「フォドラの子よ、おいでなさい。共に安寧たる命を育むのです。私が、私達が、貴女になってあげる」
「わたしは貴女じゃない、ソフィ・ラントだよ」
「ソ……フィ……?」
「アスベルがくれた名前。とても大切な、わたしの名前」
「……ヒトに堕ちたか、フォドラの子。ヒトに墜ちた、フォドラの子。ヒトに墜ちた、フォドラの子。ヒトと共に滅ぶと良い!!」
ソフィの言葉に激昂した複数のリトルクイーンは、寄り集まって一人の成熟した女性へと姿を変える。
「ヒトよ、全ての命に対して死を以て詫びるのです」
女性から放たれた光の波動を受けた一行は、流れ込んでくる無数の声に頭を押さえて苦しみ始めた。
それが常になっているルーカスはともかく、他の面々は慣れない感覚に蹲ってしまう。
「星は全ての命を一つに調和させる事で、その命を守ってきました。なのにヒトはその恩恵を忘れ、己が支配者の如く振る舞い、命の輪を乱した。その罪は計り知れない。最早滅びを以てしか償えないのです」
「……っそんな事ない! どちらかが滅びなくても、一緒に生きていける方法だって絶対にある!」
聞く耳を持たず攻撃してくる女性に、気圧されていた仲間達は負けじと立ち上がった。
激闘の末に何とか相手に膝を着かせると、機を逃さずラムダとアスベルがフォドラの核の原素を吸収し始める。
だが、やはり一度に大量の原素を取り込む負担が大きいのか、アスベルの体を介してラムダが悲鳴をあげた。
「ラムダ、アスベル!!」
「ぐ……ぐ……っ、ぐあああああああっ!!」
それでも死力を尽くそうとするラムダが更に原素を吸い上げると、一帯が閃光に包まれて視界が白く染まる。
眩しさに閉じた目を開くと、皆は形を成さない幻想的な空間に放り出されていた。
「こ……ここは?」
「ここは……フォドラの意識だ」
「兄さん!?」
皆の前には目を閉じたままのアスベルが浮かんでいる。ヒューバートの言葉に、アスベルの口が否定の言葉を述べた。
「我はラムダだ」
「アスベルは!?」
「案ずるな、プロトス1。この者の命は失われてはいない。……流石に我も、フォドラの全てを抱え込む事は出来なかった。しかし、憎しみの心だけは受け止める事が出来たようだ。これで核は元通り、落ち着きを取り戻して往くだろう。こうなったのも、僅かに残った命を守ろうとしたフォドラの意思なのかもしれないな」
ラムダの口からそんな優しい言葉が出た事に、ルーカスは少し驚いてから、嬉しそうに微笑む。
もしかすると彼は、似た境遇にあるフォドラの核に同調していたのかもしれない。
「今から我は、言葉を交わしてみようと思う。我の中に閉じ込めた、フォドラの憎しみの心に語りかける。フォドラの憎しみを理解し、信じる心に変える為に……。百年、二百年とかかるやも知れんが、時間だけはある」
「そんなに長く……、そんなに長い時間を、たった一人で……?」
「我は一人にはなるまい、永久を生きる少女が居る限りは……」
「……わたし?」
「我の行く末はお前が見守っていてくれ、プロトス1。……我はフォドラと共に夢を見よう。その夢の中でフォドラと語り合い、分かり合おうと思う。この者やお前達が、我にそうした様に。そして再び目覚めた時、フォドラと共に見ていこうと思う、この世界を……」
さあ、この者をお前達に返そう。
その言葉を最後に、再び視界は白く染まる。
気が付けば周囲の光景は元に戻っており、一人になったリトルクイーンが泣きながら座り込んでいた。意識を取り戻したアスベルの無事を確認してから、ソフィが彼女に近付く。
「どうして震えてるの?」
「これからは……私一人で戦わなくちゃいけない。この星を……滅ぼすヒトと!」
「もう戦わなくていいんだよ。ここに居る皆は、貴女の想いを分かってくれる。そしてその想いは、繋がっていくんだよ。皆の子供達から、その子供達へ。その沢山の子供達と一緒に見守っていこうよ」
「……、一緒に……」
ソフィの言葉に険しかったリトルクイーンの表情が和らぐ。しかし、その身体を構成する原素は分離を始め、彼女は光の粒子になっていく。
「私……には……時間が……ないみたい……、貴女と……一緒に、私の欠片を……連れて行って……、私の想いを……この星への、想いを……沢山の命に伝えて……」
伸ばされた手をソフィが掴むと、リトルクイーンの体は光の塊になって、ソフィの体へと溶けていった。
眩い光に包まれたソフィは、光が収まると大人びた姿に変わっていた。皆を振り返ったその瞳からは、涙が溢れている。
「ソフィ……、お前、涙が……」
「リトルクイーンが涙をくれたんだ……」
ソフィは悲しいとも嬉しいとも取れる顔で言って、幾分光が穏やかになったフォドラの核を見上げる。
(いつかフォドラに緑が戻ったら、一緒に来ようね、また、ここに)
心の中で呟かれたそんなソフィの言葉は、それを聞くことの出来るルーカスとリトルクイーンにだけ届いていた。
「パスカル、ここでいいのか?」
無事に目的を果たしエフィネアへと帰還した一行は、シャトルで順番に仲間達を帰るべき場所へと送り届けていた。
雪の降りしきるザヴェートに着陸したシャトルからマリク共々降りたパスカルは、アスベルの問いに頷く。
「ちょっと街の様子を色々と見て回りたいから」
「大W石を使ったシステムの着工状態を確かめるのだろう?」
「ん、そうだよ。やりっ放しってのは流石にマズいからね」
「普段は忘れちゃうけど、パスカルって凄い人なのよね」
「忘れちゃあ困るなあ、ちゃーんと覚えといてよ?」
「そういう貴女は忘れてる事無いでしょうね」
シャトルが空から降りてくる所を見ていたのか、何やらお怒りのフーリエがポアソンを引き連れてやって来た。
出迎えかと嬉しそうに言ったパスカルの頬を、フーリエが両手で挟んで振り回す。
「遠目にも分かるほど汚れまくって! 一体何日お風呂に入らなかったのよ!?」
「えへへ……忘れちゃった」
「ああ、もう嫌! とてもじゃないけど面倒見切れないわ!」
忍び足で逃げようとするパスカルの首根っこを掴んで、フーリエが誰か貰ってと皆に突き出す。
そんな愉快なやり取りを横目に見ながら、ルーカスはマリクの傍へ。
「これでまた暫く会えなくなるね」
「何だ、寂しいのか?」
「うん、寂しい」
「…………。まあ、折を見てオレから会いに行くさ。出来ればそれまでに大統領閣下にそれとなく話をしておいて貰えると助かる」
「おっさんに手篭めにされましたって?」
「お前、さっきから遊んでるだろう。オレを針の筵にしたいのか?」
「分かったよ、大事な人が出来ましたって言っとく。――あ、パスカル、原素の研究の件、また今度連絡するから宜しく」
「おけ!」
「……何の話だ?」
「今回の事でちょっとね。消費した原素を還元する仕組みとか、もっと環境に優しいエネルギーの生産方法は無いのかとか、色々試してみたくて。ただ、俺はそういうの詳しい訳じゃないから、手が空いてる時にパスカルやフーリエさん達の知恵を借りようかなって」
「ほう、それは中々興味深いな」
「でしょ。いつかラムダが起きた時に、がっかりされたくないからね」
「んじゃ、あたしそろそろ行くね。じゃあまたね、ヒューくん!」
呼び名が弟くんからヒューくんに昇格したらしいヒューバートは、元気に手を振って去っていくパスカルを呆然と眺めていた。
見送りの為にシャトルから降りていた他の皆は、パスカルとマリクに別れを告げると座席へと戻っていく。
「オレもそろそろ行くか。じゃあなルーカス、ついでにヒューバートを回収してやれ」
「うん、またね」
ルーカスはそう言ってマリクの頬に軽く口付けを落とすと、尚も固まっているヒューバートの腕を掴んでシャトルへと乗り込む。
不意を突かれたせいで反応出来なかったマリクは、飛び去っていくシャトルを物言いたげな顔で見つめていたが、やがてパスカルに呼ばれて故郷へと帰って行った。
「あ、そう言えばさ、ソフィから花の種を貰ったんだよね。アスベルの家の花壇にはもう収まり切らないからって、皆に配ってるみたい。だけどあたし花のお世話とかそういうマメなの得意じゃ無いんだよね〜、教官代わりに育ててみない?」
「別に構わんが、こんな寒い中でまともに咲くのか?」
「それがね、この花は大丈夫なんだって。水栽培も出来るみたいだからフェンデルにもってこいだよ」
「なら一度試してみるか」
「よし来た! 綺麗に咲いたら教えてね、ソフィもきっと喜ぶよ〜!」
その手柄を横取りする気じゃないだろうなと思いつつ、手渡された小さな種を手に取って眺める。
(……ま、願掛けだと思って育ててみるか)
この花を綺麗に咲かせる事が出来たら、自分もルーカスの様に悲しみを乗り越えて、次の一歩を踏み出せるかもしれない。
その時はアイツにプロポーズでもしてみるかなどと思いつつ、マリクはその種を大切に懐にしまった。
this story is the end,
Thank you for reading!