Ex.舞踏会大騒動
ラムダ、そしてリトルクイーンとの激闘から早数ヶ月。未だ各地で復興作業や小競り合い等はあるものの、あれ以来大きな事件は起きておらず、ルーカスは比較的平和な毎日を過ごしていた。
数いるストラタの次期大統領候補の一人として、現大統領である父ダヴィドの仕事を手伝う傍ら、リトルクイーンとの戦いから知見を得て新たに取り組み始めた「原素を還元する仕組み」の開発に精を出している彼は、この日も協力者であるパスカルを訪ねてアンマルチア族の里に居た。
「どう? パスカル」
「なーるほどね、確かにこれなら理論上は原素の還元も可能かも」
ルーカスが持ってきた自作資料に目を通したパスカルは、機械を弄る手を止めずに言った。二人が今居るのはパスカルの部屋であり、例によって周囲には物が散乱している。
「ただルーカスが危惧してるように、これじゃ凄い手間がかかるし専用の機械も必要になってくるんだよねぇ。試してみるのはいいと思うんだけど、上手くいったとしてもこれをそのまま実用化するのは難しいと思う、コスト的にも技術的にもね」
「だよね。どうしたもんかなぁ」
「まぁ実際に上手く還元できるかどうかだけでも見てみようよ、還元率の計算がこれで合ってるか確認しておきたいし、何か新しい発見があるかもしれないしさ! パーツさえ集めてくれたら機械の組み立てはこっちでやるから」
「わかった、今度来る時までに用意しておく。有難うね」
「どーいたしまして〜! ってことで、次はこっちの相談なんだけど……」
と、パスカルが図面を広げたところで、不意に部屋にノックの音が響いた。
ドア越しにフーリエの声が聞こえて、近くにいたルーカスが扉を開く。
「あら、貴方も居たのね。また例の研究? 少しは進んだ?」
「お邪魔してます。一応進んではいるんですけど……三歩進んで二歩下がってます」
「まあ前例の無い話ですもの、根気よくやりなさい。――それよりパスカル、手紙が届いてるわよ」
「手紙? あたしに?」
ここ最近、仲間とは通信機で連絡を取り合う事の方が多いパスカルは、珍しいと言いながら白い封筒を受け取った。記された差出人の署名を見て、更に首を傾げる。
「あれ? てっきり通信機持ってないアスベルやリチャードからだろうと思ったんだけどなぁ」
「違うの? 誰から?」
「教官」
聞いた瞬間、図面を眺めていたルーカスはバッと顔を上げた。
パスカルは封筒に入っていたメッセージカードを取り出して、内容を読み上げる。
「えーっとなになに? "拝啓、立春の候、雪深いフェンデルでは未だ真冬の寒さが続いていることかと存じます。ご無沙汰致しておりますが、お変わりなくお過ごしでしょうか" ――なんかやけに畏まってるなぁ」
「ご無沙汰してるの?」
「うん、ちょっと前からウィンドルに行ってるんだよね、騎士学校の名誉なんたら〜ってので呼ばれたみたいで」
「名誉師範ね。それで続きは?」
「"さて、この度、私達は結婚する事になりました"」
――――沈黙。
何の前触れもなく、部屋に静寂が訪れた。
パスカルは今読んだばかりの文章を、声には出さずにもう一度読み直す。
「…………」
「…………何て?」
「あっれぇ……おっかしーなぁ……あたし疲れ過ぎて目がおかしくなったのかも」
「ちょっとそれ見せて」
何回も同じところを目で辿っているパスカルに、ルーカスはその隣に移動して手紙を覗き込んだ。
確かに、パスカルの読み上げた通りの文章が書かれている。その下には、「皆様には是非立会人となって頂きたく〜」といった定型文が続き、文末に新郎新婦の――マリクと知らない女性の名が記されていた。
「…………何これ」
「う〜ん、やっぱりどこからどう見ても結婚式の招待状みたいだね」
「誰と誰の?」
「教官と……、ヴィクトリアさん? って誰だろ? ルーカス知ってる?」
知らない。ルーカスは頭を振って答え、しかしそんな事は重要では無いと折り畳まれたカードを握ったままわなわなと震え出す。
――結婚? あの人が? こっちの好意を知った上で手を出してきて、落ち着いたら俺の父親に挨拶に行こうとまで言っていたあのマリクさんが?
「教官が結婚とはね〜! いきなりで吃驚しちゃったけど、おめでたい事だしちゃんと祝いに行かなきゃね! 他の皆も来るだろうし――ってあれ、ルーカス? 」
カードから視線を外したパスカルは、隣に居たルーカスが忽然と姿を消している事に気が付いた。
「おお、帰ったかルーカス。丁度良かった、今しがたお前宛ての手紙が届いてな」
パスカルの相談の事も忘れて、研究資料を放り出し全速力でストラタの大統領府へ帰還したルーカスは、出会い頭にそう言って先に見たのと同じ封筒を渡してきた父を鬼の形相で睨んだ。
そしてその手から封筒をひったくると、力任せに地面に叩きつける。だがそれだけでは気持ちが収まらず、ルーカスは杖を取り出して早口で詠唱を始めた。
「おい、待て、何をする気だ!?」
「このおぞましい紙をこの世から抹消する」
「落ち着け! どうしたんだ一体!」
こんな所でルーカスのW術など放たれては建物が倒壊してしまう。
慌てたダヴィドの指示で、ルーカスは近くにいた衛兵に取り押さえられた。
離せと暴れる息子を後目に、ダヴィドは手紙を拾い上げる。
「なんだ、マリク殿からじゃないか。あれだけ懐いていたのに、何をそんなに嫌がる事がある。喧嘩でもしたのか?」
口を噤んだまま「そんな人知らない」とそっぽを向くルーカスに嘆息しつつ、ダヴィドはその中に収められていたメッセージカードに目を通した。
「これは……結婚式の招待状じゃあないか。そんな相手が居るとは知らなかったが、彼ほどの男がこれまで身を固めていなかった事の方が驚きだな」
「…………」
「何はともあれ、めでたい話には違いない。私も是非参列させて貰いたいところだが……、却って気を遣わせてしまうだろうからな、祝電を送るに留めよう」
「…………」
「何をそんなに不貞腐れているのか知らんが、あれだけ世話になった相手なのだから、お前はきちんと参加するのだぞ」
「…………」
答えないルーカスにやれやれと肩を竦めながら、ダヴィドは出席に丸を付けて、手の空いていた兵に持たせる。
解放されたルーカスは尚も地面に突っ伏したまま、ウィンドルに居るであろう男の姿を思い浮かべて、「嘘吐き」と口を尖らせた。