Ex.舞踏会大騒動
式の前日。出席するのを未だに拒んでいたルーカスは知らぬ顔をして布団にくるまっていたが、話を聞きつけたらしい妹に布団を剥ぎ取られ、ベッドから転がり落ちた。
「痛っ! ……何すんの」
「何すんの、じゃない! 昼にヒューバートさんが迎えに来て下さるんでしょう? ほら早く支度して!」
全くだらしないんだからと小言を吐きながら、妹は寝巻き姿のルーカスの身ぐるみを剥がして、持ってきていたらしい服を押し付ける。
「ええ、これ着んの……?」
「当然でしょ、いつもみたいな格好で参加なんてされたらストラタの恥だわ。髪もちゃんとセットしてあげるから、グダグダ言ってないで早く着替えてよね」
全く乗り気でないルーカスは、妹に急かされて渋々正装――普段アスベルやヒューバートが着ているものに近い公務用の服――に袖を通した。
いつも寝癖をそのままにしている髪も丁寧にブラッシングされ、清潔感が出るようにと纏め上げられる。
「よし、こんなものかな。後はその仏頂面を何とかしてよね」
「無理」
「何がそんなに気に入らないのよ。……もしかして兄さんが前に言ってた大事な人がマリクさんの結婚相手とか?」
「相手の人なんて知らないよ……会ったことも名前聞いたこともない」
「じゃあ何よ?」
「失礼致します。ルーカス様、オズウェル少佐がお見えになられました」
「うそっ、もうそんな時間!?」
時計を見てギョッとした妹は、待たせる訳には行かないとルーカスの背を押して強引に玄関へ連れて行った。
ルーカスと共に現れた妹の姿を見て、縁談を保留にしたままのヒューバートが気まずそうに視線を泳がせる。その隣には、何にも気付いていないパスカルの姿。
「やっほールーカス! 迎えに来たよ〜!」
「……頼んでないよ」
「普通に船で行くと時間かかるだろうと思ってさ、シャトル借りてきちゃった!」
「こんな事にシャトルを使っていいんでしょうか……」
「こんな事とはなにさ〜、結婚式だよ? 一生に一度の晴れ舞台なんだよ?」
さあ乗った乗った! と強引にシャトルに押し込まれたルーカスは、笑顔で手を振る妹に見送られてストラタを後にする。
パスカルが全速力で飛ばしたせいで、ウィンドルに着いた頃にはヒューバートの三半規管が悲鳴を上げていた。
「はーい到着〜! やったー最速記録!」
「うぅ……、だ、駄目だ、目が回って……気分が……」
「あり? どったのヒューくん、具合悪いの?」
「貴女のせいですよっ!」
「……パスカル、ヒューバートに付き添ってあげて。俺は先に行ってるから」
「わかった、じゃあまた後でね!」
真っ青になっているヒューバートの背中を擦りながら、大丈夫?と声を掛けるパスカルに苦笑しつつ、ルーカスは言葉の通り一人でバロニアへ続く街道を歩いていく。
結婚式、と言ってはいたが、正確にはバロニアで開かれる舞踏会で婚約発表をするだけらしい。しかしその理由が「マリクに想いを寄せる世界各地の女性にすっぱり諦めてもらうため」だと聞いて、ルーカスは益々不機嫌になっていた。
(おっさんもそれを知った上でこんな招待状寄越したって事は、俺にも諦めろって言ってんの? それならそうと言ってくれればいいのに、何もこんな形で伝えなくてもいいじゃん)
王都の門を潜ったルーカスは、舞踏会の会場となる城を遠くに見上げて、そちらには行かずに港へと向かう。
(帰ろ。皆には悪いけど、祝福する気持ちになんてなれないよ)
理由は船の中で適当に見繕うかと考えながら、乗船券を手に波止場で船を待っていると、ふと端の方に不自然に置いてある大きな壺が目に入った。
デザインとしてはエレスポットにも見えるが、サイズは通常の何倍もある。気になって近寄ってみると、「にゃあ」と可愛らしい声が反響して聞こえた。
周囲を見渡してもその姿が見えなかったので、まさかと思って壺の中を覗き込んでみると、案の定そこには小さな猫が1匹。
どうやらこの壺によじ登って遊んでいたら出られなくなったらしい。動物の言葉を聞き取れるルーカスは助けを求める猫を見捨てる訳にもいかず、壺の中に手を差し込む。
「ほら、おいで」
「にゃあ」
「あ、こら、逃げてどうすんの」
こっちの言葉も伝わればなぁと何回思ったか知れないことを考えながら、捕まえようと身を乗り出すと、バランスを崩して自分まで壺の中に入ってしまった。
それをルーカスが自覚する前に、突然壺の中から凄まじい光が放たれる。眩しさに目を閉じたルーカスは、エレスポットの合成音が鳴ったのを聞いた。
やっぱりこれはエレスポットだったらしい。何と何が合成されたのかは定かではないが、兎に角さっさと猫を捕まえなければ。そう思いながら周囲をまさぐったルーカスは、その手が空ぶった事に疑問を抱いて瞼を上げた。
「…………みゃ? (あれ?)」
続けて、自分の目の前に巨大な壁がせり立っている事にも気がついた。
何だこれはと首を回して辺りを確認してみると、遥か頭上に円形に切り取られた空が見える。どうやらここが壺の中らしい事はそれで理解したが、サイズ感がおかしい。デカいと言ってもこの壺はせいぜい人1人が隠れられる程度だった筈だ。
「みゃー、にゃあにゃあ (というか、すぐ近くで声はするのに猫が居ないんだけど)」
一体どこに、とまで言って、そこではたと気づく。猫が声を発するタイミングが、自分が喋るタイミングと完全にシンクロしている。
――と言うより、喋っている筈の自分の声が聞こえない。
「…………、みゃおん (まさか)」
ルーカスは自分の手を見た。が、そこにあったのは肉球のついた猫の前足だった。
「…………にゃあ (嘘でしょ)」
ルーカスは自分の身に何が起きたのかを理解して青くなった。
悲鳴が猫の鳴き声として壺の外まで響き渡り、それを聞いた通行人と思しきお爺さんが顔を覗かせる。
「おや、こんな所でどうしたんだい? 誤って落ちてしまったのかな、今助けてあげよう」
そう言って、お爺さんは壺の中に手を差し伸べる――という事はせず、ゆっくりと壺を横倒しにした。
成程そうすれば良かったのかとルーカスは思ったがもう遅い。
ルーカスもとい子猫が無事に中から出てきたのを見届けると、親切なお爺さんは「もう落ちないようにね」と頭を撫でて去っていった。有難う、と伝えた言葉は、にゃーという鳴き声にしかならない。
(……これ、真剣にどうしたらいいの……?)
地面に転がっている自分の杖や道行く人達を眺めて、ルーカスは途方に暮れた。この姿では船に乗る事も出来ないし、誰かに助けを求める事も出来ない。
(……いや、待てよ? ソフィなら、猫の言葉でも分かってくれるんじゃ……?)
ソフィがラムダやリトルクイーンの言葉を理解出来たのは単に似た生態系だからなのかも知れないが、あれだけ高性能なヒューマノイドなら動物の言葉にも対応出来るかもしれない。
駄目で元々だ、ここでじっとしているよりは良いだろう。ルーカスは彼女もきっとアスベルと共に今日の舞踏会に来ている筈だと信じて、バロニア城目指して歩き始めた。