Ex.舞踏会大騒動
そうして二人の手で城に運び込まれたルーカスは、忙しなく走り回りながらリチャードの名前を呼ぶ兵士達の姿を見て、マリクらと共に首を傾げた。聞けば、つい先程まで居たはずのリチャードか姿を消したらしい。現場の状況と直前の様子からしてただの脱走だと思われているらしいが、流石に一国の主の捜索中に猫の話など出来るはずもなく、騒ぎが落ち着くまで客室で様子を見ることになった。
「脱走とは言え陛下をお一人にするのは心配だわ、私も探してくる」
「分かった。もし何かあったら呼んでくれ、一人で深追いはするなよ」
「あら、心配してくれてるの?」
「お前の腕を侮ってる訳じゃないが、陛下を想うあまり無茶をしでかす可能性はあるからな。お前は昔からそうやって誰かのために頑張り過ぎる奴だと、オレはよく知っている」
「マリク……」
「それに、夫が妻の心配をするのは当然だろう?」
悪戯っぽく言ったマリクに、ヴィクトリアは目を丸くして、酷く可笑しいといった様子で笑った。
「それもそうね。それじゃあ行ってくるわ、あなた」
「ああ、気をつけてな」
その光景はとても微笑ましく仲睦まじい夫婦のソレで、間近でそれを見せつけられたルーカスは言葉を失くす。
これまで半信半疑だったマリクの結婚という話が急に現実味を増した気がした。さっきの二人のやり取りは、自分が隣に居るよりもずっと自然なものに見えた。
そもそも自分はマリクの恋人でも何でもないのに、一方的に怒りの感情を抱いていたことが恥ずかしくさえ思えて、マリクの腕の中でルーカスは身を縮こませる。
「さてと、それじゃあ皆が戻ってくるまで一緒に待つとするか。辛いかもしれんがもう少しだけ辛抱してくれ」
一方、何も知らないマリクはそう言って椅子の上に自分のコートを敷くと、そこにルーカスを降ろした。
鳴くことすらしなくなった子猫の体を優しく撫でるその眼差しが、子供の世話をする父親のように見えて、ルーカスは余計に辛くなる。
(ヴィクトリアさんと結婚したら、いつか子供も産まれて、二人で育てたりするのかな。子供が大きくなったら、アスベルとソフィみたいにいつも一緒に居るのが当たり前になって、親馬鹿な話とか奥さんの惚気話とか聞かされるようになるのかな)
その光景の中のマリクは幸せそうで、想像すればするほど、それが正しい在り方のように思えた。
「ん? どうした?」
じっと自分を見つめてくる子猫に、マリクは撫でる手を止めて問う。
だが子猫は何も言わず、コートに包まって丸くなるだけ。
何だかこれと似た光景をどこかで見た気がするなとマリクは思ったが、コンコンというノックの音に思考を中断して立ち上がった。
「お忙しいところすみません、マリク教官、アスベル・ラントです」
「おお、入っていいぞ」
失礼します、と礼儀正しく一礼して入ってきたアスベルは、部屋を見渡して一言。
「ここにも来ていないか……」
「どうした、誰か探している様だが……もしやお前も陛下の捜索か?」
「いえ、実はソフィが居なくなってしまって……」
ソフィと聞いて、陰鬱としていたルーカスは当初の目的を思い出し、コートの中から這い出てくる。
曰く、バロニアまでは一緒に来たらしいが、色々あって途中ではぐれてしまったらしい。
「成程な。とすれば、さては陛下はソフィを探しに行ったな」
「俺はもう一度城下を見回ってきます。もし城内で姿を見かけたら、入れ違いにならないよう城で待機しておいてくれと伝えて貰えますか?」
「わかった。オレも手伝ってやりたいんだが、生憎と今は……」
手が離せない、と言いかけて、椅子を見ればそこに居たはずの子猫が忽然と姿を消していた。
どこに行ったんだと辺りを見渡せば、足元から「にゃあ」という鳴き声。
「なんだ、具合が悪いんじゃ無かったのか?」
「教官、その猫は?」
「道端で拾ったんだ。元気が無かったんで怪我でもしているのかと思ってな、一時的に保護していたんだが……」
子猫はにゃあにゃあと鳴きながら、アスベルの足元をくるくると回り、マリクのズボンの裾を食んでグイグイと引っ張る。
「……もしかして、ソフィを探すのを手伝えと言ってるのか?」
「みぅ (そう)」
「お前が大丈夫ならオレは構わんが……急に元気になったな」
「みゃうみゃう (別に元気にはなってないよ) にゃあにゃ (でもソフィに会うのが先決だし)」
「か、会話出来るんですか?」
「いや、オレにはこいつが何を言ってるのかさっぱりわからん」
アスベルは子猫の傍にしゃがんで、「ありがとな」とその頭を撫でた。猫はその手に顔を擦り寄せて「みゃあ」と鳴く。
「随分人懐っこいですね、飼い猫でしょうか」
「だとしたら今頃飼い主が探しているだろうな、ソフィや陛下を探すついでに飼い主も探してみるか」
それを聞いて、ルーカスははたと思い至る。
もしこの猫に飼い主が居たら、自分はそちらに引き渡されてしまうのでは?
それは困るとルーカスは抗議したが、相変わらず猫語は伝わらない。
マリクはそんなルーカスを摘み上げて、自分の肩に乗せた。
「お前はここでじっとしていろ、また蹴り飛ばされたら大変だからな」
「みゃあ (わかった)」
「アスベルに懐いたのなら、そっちでも構わんぞ」
「みー (やだ)」
こっちがいいという意思表示の為にしがみつくと、立てた爪が刺さったらしく、マリクが「痛っ!」と顔を顰めた。