Ex.舞踏会大騒動
結局、皆を騒がせるだけ騒がせて、リチャードはソフィと共に自分から姿を現した。夕暮れの城内では捜索に駆り出されていた兵やベールが疲労困憊の顔で彼らを迎え入れ、漸く城にいつもの静けさが戻ってくる。
だが、ルーカスの行方は依然として分からないままだった。
家に帰っているのではないかという予想は、ダヴィドに連絡を入れたヒューバートによって否定される。
「もしかして、マリクの結婚にショックを受けて、耐えきれず海に飛び込んだとか……」
帰ってくるなり事情を聞いたリチャードに言われ、マリクは頭を抱えた。
一方、念願叶ってソフィと会えたルーカスは必死に彼女に語りかけたが、リアクションは他の皆と同様だった。
「みぃ…… (ソフィでも駄目か)」
「とにかく、ルーカスさんの事はベール達にも言付けておくよ。明日の舞踏会が終わってからなら、僕も捜索に協力させて貰える筈だ」
「恩に着ます、陛下」
「心配なのは分かるけれど、あまり無理はしないようにね。――さぁ、ソフィもそろそろ部屋に帰らないと」
「うん。おやすみ教官、それから……その子はなんて名前なの?」
「ん? さぁな、好きに呼んでいいんじゃないか」
「にゃお (ルーカスだよ)」
「えーっと……、じゃあクリマ」
教官の猫だからとそう命名したソフィに、意味を理解した二人は顔を見合せて笑う。
「それじゃあおやすみ、クリマ」
「……みゃう (おやすみ)」
部屋に一人残されたマリクは、二人が居なくなるなり表情を暗くした。
どうしたのかとにゃーにゃー鳴いて尋ねるルーカスを無視して、マリクはベッドに腰を下ろす。
(陛下の言っていたように傷心や怒りで姿を見せないのならまだいい。だがもし今回の事件に巻き込まれでもしていたら……)
ルーカスの強さはマリクも知るところだ、単に賊に襲われたからと言って、そう簡単にやられるとは思わない。
だが実際に彼の杖が見つかった以上、パスカルが危惧している通り何かがあった筈だ。昔のルーカスならいざ知らず、今の彼はストラタ大統領の息子としてそれなりに名が知れ渡っている。
ならばテロリスト達に、リチャードや自分達を脅す為の交渉材料として拉致された可能性が無いとは言い切れない。
(アイツが誘拐されるような隙をそう簡単に見せるとも思えないが……、もし今回の結婚の話を真に受けて気にして居たとしたら……不意を突くくらいは出来るかもしれん)
リチャードが狙われているという話をルーカス含めアスベル達にしなかったのは、彼らから情報が漏れる事を危ぶんでの事だ。その上で態々結婚などど嘯いてまで呼び寄せたのは、不測の事態に彼らの力を借りる為でもある。
だがそれは、ルーカスの気持ちを軽んじた安易な考えだったのかもしれない。
「にゃあ (おっさん大丈夫?)」
思い詰めた表情で深く長い溜息を吐いたマリクに、その原因となっているルーカスは膝の上に乗って尚も呼びかけた。
(……これってもしかして、俺の心配してくれてるのかな)
マリクの結婚が嘘だとは未だ知らないルーカスは、他に大切な人が出来てもまだ自分を気にかけてくれている事が嬉しくて、置かれた手に頬を擦り寄せる。
それによって沈んでいた意識を現実に戻したマリクは、その甘えるような仕草にフッと笑みを零した。喉を撫でてやれば、嬉しそうにゴロゴロと鳴く。
(まあ、明日になれば分かる事だ。交渉材料として攫われたのなら、不用意に痛め付けるような真似はしないだろう。ならば闇雲に探し回るより、確実に救出出来るタイミングを見計らうべきだな)
探しに行きたい気持ちを無理矢理納得させながら、気持ちを明日の舞踏会の事に切り替える為にシャワーでも浴びてこようと立ち上がる。その後ろを、てしてしと子猫がつけてくる。
「おいおい、風呂にまで着いてくる気か?」
「みゃ? (風呂行くんだ?) みゃあみゃあ (俺も体洗いたいし行くよ)」
「まぁお前も汚れてるからな、ついでに洗うか」
城の人間に猫同伴の許可を貰ってから、マリクはそのまま子猫を連れて、城内の浴場へと向かった。
幸い他の客は居なかったので、浴室へ続く扉をこじ開けようとしている子猫を捕まえて堂々と入る。
さっさと自分の体を洗い終えたマリクは、隣でシャワーのノズルをジャンプで取ろうと奮闘している子猫を見て苦笑。
「頑張ったって俺と同じようには出来ないぞ。ほら、洗ってやるからこっちに来い」
「……みぅ (分かったよ)」
マリクは渋々といった様子で傍にやってきた子猫の体をシャワーで優しく流して、泡立てた石鹸でその小さな体を洗っていった。
だが肌を撫でるその感触に以前フォドラでされた事を思い出してしまったルーカスは、辛抱堪らずに泡まみれのまま逃げ出してしまう。
「あっ、こら! ちゃんと流してから……」
「みー! (もういい!)」
そのまま浴槽に飛び込んだルーカスは、自分のサイズ感を完全に忘れていた。
溺れる子猫を救出したマリクは、桶に湯を汲んでそこにルーカスを入れる。
「お前はこっちだ」
「みゃう…… (ありがと)」
「利口なのかそうでないのか分からん奴だな」
そうして暫く王城の風呂を堪能した二人は、髪や体を拭いて乾かした後、部屋に戻って寝る支度を整えると早めに就寝した。
ルーカスは昼と同様に椅子にコートを敷いただけの簡易的な寝床に置かれていたのだが、マリクが寝たのを確認するとそそくさとベッドに移動して、その隣に陣取る。
(こうやって隣で寝るの、随分久しぶりだなぁ)
結婚してしまえば、こうして傍に居ることも出来なくなるのだろうか。
(……今は猫だから、いいよね)
ごめんね、と心中でマリクとヴィクトリアに謝りながら、ルーカスは口付けの代わりにマリクの唇を舐めた。
気付いて目を開けたマリクは、眠気眼で微笑んで子猫を撫でると、またすぐに夢の中へ。
もしこのまま元に戻れなかったら、猫として飼われるのもアリかもしれない。
そんな馬鹿げた事を考えながら、ルーカスはマリクの傍で身体を丸めて眠った。