(中1)
入学式から1か月ほど過ぎた頃だった。
入学した北川第一中学は私のいた小学校の生徒の大半が行く公立中だが、違う地区の小学校出身者も多く、規模自体は小学校より大きなものとなっていた。
ようやく慣れてきたといえる通学路を辿り、門をくぐろうとしたところで私は信じられない光景を目にした。
「及川くんだよね?」
「え!キミが噂の?」
「やだぁーかわいいー」
及川という名前に反応して声のするほうに目を向けてみれば、正門をくぐったところに及川はいた。
驚いたのは、奴がおそらく先輩だろう女子たち5、6人に囲まれていたことである。
「そーですけど」
不機嫌そうに答える及川に、キャーッ!と周りの女子達の黄色い叫び声が飛び交う。
これは、どーゆう状況なのかしら。
これまでに見たことのない場面に出くわし固まっている私に、及川が気づいた。
タスケテ、と口パクでこちらに向かって助けを求めてくる。
その様子は結構おもしろかったが、助けるといったって私が上級生相手に何ができるというのだ、と冷静になって、ゴメンと口パクで返して教室へ向かった。
及川とは違うクラスだ。奴は1年2組で、岩泉とも同じだった。中学に入ってクラスの数は圧倒的に増えたというのに離れ離れにならない彼らは、もうこの先もずっと一緒なんじゃないかとすら思えしまう。
及川といえば。ふとあのバレンタインの日の出来事を思い出す。もう1年以上も前の話だ。
私はあの時の及川に、口には出さないけれどすごく感謝していた。
及川が、私の恋心もチョコレートといっしょに食べてくれたんじゃないかと思うほど、翌日岩泉に対する気持ちは清々していた。
今思えばあれは、恋心というよりも憧れに近かったように思う。
それから岩泉とも緊張せずに話せるようになったし、そのおかげか、クラスメートとも以前より打ち解けられるになった。あのまま実験室で一人で泣いて、渡せなかったチョコレートを持ち帰っていたらこうはなっていなかったかもしれない。
及川のおかげなんてなんだか悔しいけど、こればかりは感謝するしかない。
及川とも前より仲良くなったと思う。
小6の時にクラスが離れて、廊下ですれ違う程度だったけれど、会うたびに及川はちょっかいをかけてきた。口を開けば意地悪ばかり言うのは相変わらずだが、私も負けじと言い返せるようになった。ハタから見たらこれを仲がいいというのかは怪しいだろうけど。
いまは及川がほんとうは優しいってわかってる。
こういう切っても切れない縁が、なんだかんだずっと続いていくんだと思っていた。
及川たちは部活に打ち込んでいるらしく、うちの中学のバレー部は県内でも1,2位を争う強豪らしい。
委員会のあと日直の仕事までこなさなければならなかった私は、いつもより校舎を出るのが遅かった。校門にちらりと目をやると、サッカー部が片付けをしている。校舎の時計は18時をまわっていた。
まだ日の沈んでいない茜色の西日を浴びながら校門のほうへすすんでいく。
今日のご飯はなんだろう、と考えていると校門近くのベンチに見覚えのある黒いあたまが見えた。
「岩泉、」
「うおっ。深澤か」
「部活おわったの?」
「おう、いま終わったとこ」
私の声で顔を上げた岩泉は、周りを見渡した。だれか探してるのかな。
「もしかして、及川待ち?」
「よくわかったな」
「だって二人、いっつも一緒にいるもん」
仕方なくな、という岩泉の表情はどこか大人びて見えた。少し胸がきゅっとくるしいような気持ちになったけれど、きっとこれはまだまだ続くんだろう。岩泉に片思いしてた私がいたことを、忘れないでって過去の自分が言っているのかもしれない。
そういえば、と今朝の及川が上級生に囲まれていた件を岩泉に話した。
「ああ、それな。今日、練習覗きに来てるのもいたぞ。」
「…うそぉ」
「嘘じゃねえよ。」
あいつ、顔だけはいいからな。という岩泉に、そうだったかと思い出そうとしてみるけれど格好いい及川なんて私のなかには存在しないようだ。ごめん及川。
「岩ちゃんゴメーン!」
噂をすれば。
私の存在に気づいた及川が、あ!と声をあげる。
「おっまえ朝のあれ、無視しただろ」
「ごめん、私には助けられないと思ってあきらめた」
「薄情なやつめ」
3人とも同じ方向だから、一緒に帰ることになる。といっても、二人で部活の話をしてるのにくっついて歩いてるだけだけど。
まじまじと及川の横顔を観察してみる。たしかに、整っている。つんと上向きの高い鼻筋や切れ長の瞳はどこか大人びているし、気のせいかもしれないけど前よりもかっこよくなった気がする。そういえば身長も、少し伸びた?
「なにじろじろ見てんの」
「及川ってかっこよかったんだね」
「は?!!」
目を見開きながら後ろに後ずさりしたかと思いきや、口をパクパクさせている。あ、顔がすこーし赤くなった。
「よかったなクソ及川」
「岩ちゃんさりげなく悪口はさむのやめて」
岩泉の家を過ぎ、二人になる。
「おまえさ、試合見に来いよ」
「試合って、バレー部の?」
「今度練習試合やるんだ。俺、今日監督に試合出すって言われた」
「ほんとに?!おめでとう!」
及川がバレーに打ち込んでいるのは知っていた。県内でも強豪っていわれるうちのバレー部で、まだ1年なのに試合に出させてもらえるなんて。及川って、私が思ってるよりすごいのかもしれない。どうしよう、なんか、置いてかれてる気分だ。
ちらっと私に目をやった及川は、何かを考えてそうな
「俺の一番かっこいいとこ見れるから」
「ぶふっ、期待しとく」
「なんで笑うわけ」
「自分で言うからじゃん」
でも楽しみだ。
体調はいい君たちへ
170910