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「頑張ってね巡」
「応援してるからな〜!」
 多忙にも関わらず、この両親は仕事を休んで入試会場へ向かう私を送り出してくれた。2月26日。雄英高校実技一般入試の実技試験実施日だ。さて、雄英を目指す受験生達はきっと志もプライドも人より高いはず。例えばそう、爆豪のような人がいっぱいいると言っても過言では……いや、少し過言だったかもしれない。あのレベルはそうそういないだろう。
 後方の席で周りを観察しながら、プレゼントマイクによる賑やかな説明を聞き終えて会場へ向かう。緊張は感じていない。不合格とはいえ何度かこの学校の入試は経験済みだもの。それに、敵の悪意の方が何倍も恐ろしい。絶対に受かる為に今から思い切ったことするけど、オール・フォー・ワンと相対することに比べれば屁でもない。
「あー、こちらの試験会場にお集まりの皆さん」
 ほぼ全ての視線がこちらに集中する。多少は恥ずかしいけれどなりふり構ってられないし、知り合いはいないから何でもいいと言い聞かせて次の言葉を繋ぐ。
「例えば皆さんの実力が私の足下にも及ばなければ、私は楽勝で合格できるでしょう」
 さて、どうなる?
「ふざけるな!」
 誰かがそう抗議したのを皮切りに、どんどん私の言葉に対する抗議が沸き上がる。うん、雄英を目指す彼らならそう言ってくれると思っていた。私の言葉なんて誰も信じてないし、何なら私を非難する声まで聞こえてくる。無反応の受験生だって勿論いるが、それでも過半数……おおよそ8割の人は私に対して、「自分は負けない」と考えたはず。つまりは、例え話に対して沢山の否定が返ってきたことになる。それを全て私の個性に昇華するとどうなるのか。
 1P仮想敵くらいなら恐らく叩いたくらいで十分壊せるようになる。2P以降は流石に肉弾戦を避けられないが、その為の立ち回りは自主訓練で鍛えてきた。説明にあった0P仮想敵から距離を取りつつ、小物を狩る。それを4徹底していくことで安定してポイントを稼ぐことが出来る。こんなところで躓くわけにはいかないのだ。
「ハイスタートー!」
 アナウンスで反射的に足が前に出る。私も初めて受けた時は周りと同様に驚いた。でもそんなのわかっていれば怖くない。仮想敵の溜まり場にいち早く到着し、倒していく。
3Pは何度か攻撃しなければ倒せないけれど、1,2Pはほぼ一度の打撃で倒せる。よかった、これなら体力の心配は無さそうだ。このまま10分間上手くやれるだろう。残り5分を切ったところで、この近辺の仮想敵を全滅させた感触があった。それでも残り時間は目一杯やらなければ幾ら個性の効果が覿面でも安心はできない。そう思って索敵をしていると遠くから何か重いものがコンクリートを砕く様な音が聞こえた。
 音のする方へ向かい、道中で蹴っては殴って殴っては蹴ってで仮想敵を殲滅していく。ここまで上手くいくといっそ楽しさすら感じられるようだった。残り2分を切り、75P目を数えたところで地鳴りに気づく。恐る恐る上を見上げると、0P仮想敵が無機質に私に照準を合わせていた。
 しまった。ポイントが稼ぐことが出来る仮想敵を追っかけてばかりいたから、0Pの仮想敵の索敵を怠っていた。ロボットアニメに出てきそうな0P仮想敵と暫く対峙している。慌てるな、背中を見せたらきっと攻撃される。私は今強い。大丈夫、あわよくば倒す。ポイントは十分に稼いだ。じゃあこいつに挑戦くらいしても罰は当たらないだろう。
「さすがに大きいな……」
 勝負は次、0Pの腕が私を狙って地面まで下がった時だ。巨体とは思えないスピードで真っ直ぐ振り下ろされるアーム部分を避けて出来るだけ平らな箇所に踏み込む。一気に駆け上がり、顔に当たる部分を駆けたその勢いを乗せて思いっきり蹴り上げた。重い金属を落とした様な音が響く。物凄く硬いものを蹴ったのせいか、当然足が痛むが歯を食いしばった。そのまま着地して顔を蹴った脚ではない方で0Pの足下を蹴り飛ばす。私が無理に壊す必要はない。バランスを崩させて倒すことが目的だった。こんなに大きいのだから、大小様々な建物が並ぶ市街地で倒れただけでも、自分の重みでそれなりのダメージを受ける筈だ。轟音に備えて耳を塞ぐ……が、掌を通して聴こえたのは試験終了の合図だった。前を見れば、0P仮想敵は何とか立て直した姿勢で停止していた。
「あと一撃、足りなかったか」
 過信をしすぎていたのかもしれない。私が思っていたより高性能だった。さすがに国立の試験に使われるだけある。
「あんた、怪我してないかい?」
 小柄で可愛らしい老婆……と言ってはいけないリカバリーガールがやってきた。大丈夫です、と答えたらハリボーのグミを渡された。その甘さがやけに沁みるようだった。
「やっぱり足やったかな」
 帰路について暫くして0P仮想敵を蹴り飛ばした右足が痛む。あの時は青あざ程度だと思っていたのに、恐らく捻ったのだろう。歩く度にズキズキと主張してくる。湿布は家にあっただろうか。疲れた身体で買って帰るならテンションが大きく下がる。
「オイ」
 かといって医者に行く必要があるレベルではないから、庇いながら帰って考えよう。
「てめェ何回シカトするつもりだよ」
 頭上から降ってくる声には聞き覚えがあった。いつも通り不機嫌そうな爆豪も試験会場から帰る途中だったらしい。
「ああ、お疲れ」
「疲れてねぇわ一緒にすんな」
 そういう挨拶だというのにどれだけプライドが高いんだ。「それは失礼」とだけ言って黙る。特に私に用事があるわけでも無さそうだし、このままスルーして帰っていいかな。住んでいる地域が近いから帰宅経路はほぼ同じだけれど。
「っ……」
 いけない、想像以上に足が痛い。何で今更……実は試験に緊張してたとか? いやそれはない。恐らく個性が切れたんだ。あの人数に否定されると大雑把な身体強化でも結構長く保つ。その中にはきっと痛みを感じにくくなるバフのようなものがあったのだろう。言葉も無く歩いていると、丁度良いところにベンチのある公園を発見する。少し休んだら痛む足も良くなるかもしれないと思い、迷いなく回れ右で公園に入った。
「どうして入れてくれないかなぁ」
「どこ行くつもりだてめェは」
 後ろから肩を掴まれて、これはなんてデジャヴなんだろう、というような溜め息を殺した。
「少し休もうかなって」
「ハァ? 何のためにだよ」
 この間まで話したことすらなかったのに、今日はやけに突っかかってくるな。私個人としては神野事件の重要人物である彼にまだ関わるつもりはなかったのだけれど。
「老化の始まりか試験で本気出したら疲れた。それだけだよ」
 はは、老化とか私が言っても洒落にならない。とんだ自虐だと笑いが漏れる。
「あ? てめェ何足引きずってんだよ」
 よりによって爆豪に気付かれたのは面倒だと思った。いや、さすがに引きずっていたら誰だって見てわかるし、ましてや彼が突っ込まない筈が無い。私が逆の立場でもどうしたの、くらいは聞くだろう。
「ちょっと気合い入れすぎて捻ったんだと思う」
「ハッ……だっせぇ」
 予想通り馬鹿にされた。わかってはいたけれどそれでも気分は良くない。まったく、彼は人を見下すことしか出来ないのだろうか。そんなだからそのうち誘拐されるんだ! なんてこと言っても信じてもらえないだろうけれど。ん……信じてもらえない? いいことを思いついたかもしれない。
「こういう時手を翳すだけで治ったら楽だよね」
「何アホなこと言ってんだ」
 そう返ってきた瞬間に患部にへ手を翳す。すると、先程まで主張してきた痛みがすぅっと遠のいていき、1分と経たないうちに消えた。
「ほら、お陰で治ったかも」
 ありがとう、と言って公園の入り口から離れ、また家路につく。爆豪は後ろで唖然としていた。超常現象といってもおかしくはない効果だけれど、それはこんな世の中では日常に過ぎない。ただ自分が個性の中でも癖が強い個性を授かってしまっただけだ。ああでも、使い方の幅が広がったのはとても良いことだから爆豪勝己には感謝しておこう。

「合格おめでとう! 喩語少女」
 あの入試から1週間後、何の前触れも無くポストに投函されていた雄英高校からの封筒を開ければ、なんとNo.1ヒーローであるオールマイトが投映された。開けるなり食い気味に宙へ映された彼だったが、私には受かった実感がまだ湧いていないので、金がかかってるなという身も蓋もない感想が飛び出た。ちなみに海外にいる両親と時間を合わせてテレビ通話をしながら封を開けたので、画面の向こう側では私よりも2人が狂喜乱舞している。少し煩いので一旦切っておこう。
「女子では1位、全体では2位の成績だ! 素晴らしいぞ」
 君の入学後の活躍に期待する。オールマイトの投影が終わってようやく実感がやってきた。とりあえず合格発表はこれで終了、あとは送られてくる書類等を片付けなければならないらしい。そして後日ようやく準備万端の必要書類や制服を見て、あの雄英高校に合格したんだ、という事実を掴むことができた。最終確認でブレザーを試着して目頭が熱くなるのを感じる。ここまで途方もなく長く思えたが、やっと本当のスタートラインに立つことが出来た。
 思えば、1回目の世界では何もわからないまま巻き込まれて死に、そこからだった。悠に2000回を超える人生の中では、何度も絶望的な状況に出くわした。生まれて3日で事件が起こったり、紛争中の国で何もわからないまま死んだり、はじめから敵として存在したり。
 最初のうちは、それこそどこにでもいる神様か何かが使命を与えているのかだなんて真面目に考えたりもした。だがそれにしては毎回毎回無作為すぎる。故に、使命など存在しないのだと思った方が楽だった。諦めても、絶望して自ら命を絶っても、ずっと続く世界。普通に生きようとしても必ず神野の事件で死ぬ運命。
 ならば。自分が変えるしかないではないか。それからまた随分と長かったが、遂にここまで来られた。だから今日くらいは自分を労っても罰は当たらないだろう。
「おめでとう、巡」
 通話の切れた1人の部屋で呟く。おめでとう私。そして、ここからが本当の正念場だ。
朝腹の丸薬