2019/3/7~4/5
語り手:朽木蒼純
先刻までは七番隊の裏山の方で霊圧が騒いでいたが、今はそれも鎮まり、無音が辺りを占めている。
今日は仕事が長引いてしまったから、朽木家の屋敷には帰らないことにした。疲れはあるが、来月から息子も死神になるのだと思えば、新入隊員受け入れ準備のための事務処理も楽しいものだ。滅多に使わないが六番隊舎にも一応私室がある。今日はそこで休むとしよう。
……寝付けないわけではない。ただ何となく、この静かな夜に
草履を履いて外に出て、すやすやと寝ているであろう狛村隊長の飼い犬の五郎を起こさないように、そうっと柵の前を通り過ぎる。裏山の麓の原では、自分が草を踏むしゃわっ、という音だけが鳴り、一歩進むたびに耳を
どんどん上へのぼっていくと、空気が澄んでいるうえに周りにひとつも灯りがないからか、空の黒はいつもよりはっきりとし、星は美しく輝いていた。
中腹に差し掛かった辺りでふと気づいた。森の陰にある滝の横で、じっとしている霊圧がある。自然と足が向き、気は
「……どうされたのですか。こんな時間に、こんな所まで」
「散歩だよ。楠山さんこそ、まだ帰っていなかったんだね」
彼女はこの頃、よくここで十一番隊の斑目三席と一緒に鍛錬している。そしてたまに、夜にもこうして一人でやって来ているようだ。
「ここ、静かでいいですよね。特に夜。寝っ転がると、まるで山の一部になった気分になれます」
「春めいてきたといっても夜はまだ肌寒いんだ。風邪をひくよ」
「わ、分かっています……ところで、この辺りに梅でも咲いているのでしょうか。いい香りがしますよね」
「ああ、君の上に。明るくなったらまた見に来るといい」
揃って山を下っていくと、麓にある物置小屋の外灯が見えてくる。外灯が照らす範囲にもまた、可愛い白い花を咲かせている木があるのだが……
「あっ。あれも梅ですかね。せっかくだから近くで――」
「待ちなさい、それは……」
「……げ、臭い……えほっ、」
「ははは。よく見てごらん、それは
「うえぇ……騙されたぁ……見るよりも嗅ぐほうが間違わないものだとは……」
鼻を摘まみ、走ってこちらに戻ってきた楠山さんは何とも悔しそうな顔で呟く。
「『春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やはかくるる』……昔の人も歌うくらいでしたね」
「闇でも香りは隠せない、か。霊圧もそうだね。さっきは暗くても楠山さんだってすぐに分かったよ。裏山は六番隊舎とも近いから、斑目三席と君の霊圧ならばっちり覚えてしまったんだ。どこにいても探せそうなくらいにね」
「……ふふ、それはどうでしょう?私、かくれんぼなら得意ですよ」
楠山さんは悪戯っ子のような笑みを浮かべ、その場でくるりと一回転しながら言う。死神は霊圧を目立たないように潜めることはできるが、完璧に消すことはできない。彼女もそれは知っているだろうに。
「私も隠れん坊は得意だよ。鬼として、ね」
「……蒼純副隊長に鬼って言葉、とても似合いません」
「こう見えても白哉に
「っふふ……あ、すみません。想像してみたら微笑ましくて。白哉さんも、小さい頃はそういう遊びをしたんですね」
「うちの屋敷は無駄に広いから、二人だけでもとても楽しかったよ」
話していたら、いつの間にか東の空が白んできていた。しまった、流石に夜更かしが過ぎたかな。
「あちゃー……明日に響くとかそれどころじゃないですね」
「今から十一番隊に戻ったのではすっかり朝になってしまう。六番隊の空いている部屋を貸そうか?仮眠でもとった方がいい」
「……いいんですか?では、お言葉に甘えさせてください」
彼女は眠たげな目をして、花がほころぶ様にふわりと笑った。うしろの空は
光あやなし姫榊の
春です。名残雪もなくなって庭の梅も咲きました。日向の梅は本当にいい香りがします。対して、春の季語でもあり梅と同じ頃に咲き始める姫榊は臭いことで有名です。プロパンガスとか温めたたくあんとかカップ麺のかやくとか、お花好きさんたちからも言われ放題。見た目は可愛らしいのになぁ……。