2019/4/5~5/5
語り手:朽木白哉



 雪だ。四月に、雪が降っている。
 それは珍しく、また美しく、静かに薄桃色の花に降り積もる。

 季節外れに咲く花を“徒花あだばな”というそうだ。ならば、この季節外れに降る雪は“徒雪あだゆき”とでも呼べようか。冷たい雪の綿帽子を被る桜の花は、下を向いて縮こまり、どこか悲しそうに見える。
 ――いま私の心がその様であるから、そう見えるのだろうか。

 思えばあのとき、徒桜の下で笑い合った頃から予感はあった。しかし、見て見ぬふりをした。「同年代で対等な友を初めて得られた」ということに落ち着かせた。その気持ちに偽りがあったわけではない。ただ私は、その先へ踏み込むことをやめてしまったのだ。引き返せなくなることを恐れ、四十年、同じ位置に立ち続けることに甘んじた。

 その場所は、ひどく心地よかった。

 その場所を、薄氷はくひょうの上とも知らず。


「あっ白哉さん。此処にいましたか」

「……どうした、何か用か。まったく……こんな雪の中を外套もなしに」

「……ツッコミ待ちです?それはこっちの台詞です。風邪ひきますよ」


 彼女はそう言って私の隣に並び、頭上に伸びる桜の枝花を見上げて感嘆の声を上げた。


「きれい……こんな光景だと、つい思い出しますね。あのときと違ってどちらも本物ですが」


 やはり彼女にも重なって見えたらしい。但し、あのときとは決定的に違うことがある。

 それは、光景に対する感じ方。

 それは、お互いに対する感情。

 私ばかりがあのときとは正反対に異なっている。彼女は変わらない。それでいい。どうかそのまま、気付かないでいて欲しい。


「どうせ仕事の用なのだろう。私はもう暫く此処にいる……兄は先に戻って待っていろ」

「私には鳶絣とびがすりがいますから、雪の中でも焔を適温に調整して暖を取れるのです」

「……それがどうした」

「白哉さんにもお裾分けしましょう。お手を拝借」


 承諾するより先に私の手を取り、彼女はそこからぽうっと白い焔を灯す。嗚呼、昔であれば、私からその手を取っていたかもしれない。もどかしい。どうしてこうも拗れてしまったのか。
 手はすぐに放された。それを寂しいと思う心には無理矢理にでも蓋をする。そうでもしなければ、きっと彼女を困らせてしまうだろう。

 触れられた手から腕へ、腕から肩へ。ちょうど良い温かさが徐々に全身に広がっていった。


「……器用なことをする」

「これで、雪の中で長時間お花見しても風邪をひく心配はありません!では、私は先に他の仕事を片付けておきますね。満足したら、ちゃんと戻ってきてくださいよ」

「ああ。分かった」


 彼女は眩しいくらいの笑顔を向けた後、背を向けて走り去った。薄い足跡が黒く滲み、そこへまた薄い白が乗る。四月に似合わぬ景色であるのに、それにそぐわずじわじわと温かくなっていく体。
 ――せっかく寒さを身に沁み込ませていたところだったのに。兄は、感傷に浸ることさえ許してはくれぬのか。

 すっかりかじかまなくなった己の手をじっと見つめ、それから桜の花に手を伸ばす。被っていた雪は熱で融け、雫となって地に落ちた。

 春。出会い、分かれ、花々しい。

 春。告げないままに、恋が散る。

徒雪はそして消えてゆく


 春です。春です……よね?もっさもさ雪が降ってきてびっくりしました。本当なら今月は『土筆』をテーマに書くつもりでいたのですが、“四月に降る雪”を実際に見てしまったらもう旬の流れに乗るしかありません。ちょうど『ブギーポップは笑わない』のアニメで『VSイマジネーター』が放送されて間もないことですし。
 因みに今回のお話、昨年八月の弓親以来になるずっと先の時系列の先取りです。いつか本編の二章で『堅香子』をタイトルに含むお話が更新された際には、この拍手文のことを思い出していただけたらと思います。……その、私は自分の書く夢小説では「最後はハッピーに」を目指しているのですが、それはつまり合間には悲壮天涯な試練も挟むということでしてね……甘々を期待されている方に急にそれを突き付けるのは少々気が引けるので「心の準備をお願いします」という予告です。フフフ……。

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