2019/2/11~3/7
語り手:砕蜂



 大逆人共の逃亡から数ヶ月。年を越し、四十六室より命じられた形ばかりの捜査も終え、「これで漸く一息つけるか」等と僅かばかりでも考えた己を恥じた。休息など無いと思わねば。この席に、この地位に、二度と泥を塗るような真似は許されない。我らが其の身に被るのは、礎の血だけであると知れ――


――――――


 快晴であった。しかして、大気は凍るようだった。
 昨日に赴いた技術開発局内の薬品臭い空気でも障ったのか、今朝はどうも頭が痛い。斬魄刀がソレのような力を持ちながら毒のたぐいにやられたのだとしたら、何とも情けない。あらゆる毒への耐性くらい、暗殺を生業なりわいとする者としても増やしていかなければならんな――そんなことを考えながら隊首室へ向かっていると、渡り廊の中ほどに奴がいた。


「おはよう砕蜂、昨日は大変だったそうだな。む?どこか顔色もかんばしくないようだが……」

「……朝一番にお前の顔を見たせいだろう、見坊」

「はは。それは某の所為で、申し訳ない」


 かゆくもない、とでも言うように、見坊は仏のような笑みを崩さずに言う。


貴女あなたのことだ。何やら面倒な事後捜査に聴取、報告の処理などは全て片付けてから休まれたのだろう。どんな強者であれ、不眠は響くものだ」

「私はまだまだ軟弱だな。お前如きの物差しにる強者の定義に納まるとは」

「成程、そう返ってくるか……あぁところで、今日の仕事の諸々はセンの奴が引き受けると言ってくれていたぞ。せめて午前中だけでも、くつろがれては如何かな」

「あやつ、変なところで気を遣うようになったものだ。要らぬ節介だというのに……」


 私の言葉の一体どこを承諾と受け取ったのか、見坊はまた微笑むとゆっくりときびすを返し歩きだした。ついて来い、というのだろう。
 行く途中、誰が仕舞わずに置いたのか、外のひさしの影にバケツがあった。水が入っていたらしく、この寒さで氷面鏡ひもかがみを張っている。そこに庇に積もる雪融けがしたたり小さな穴を穿ちゆく様は、今日の寒暖どちらともとれる天気を妙に表しているといえた。
 少し歩いて着いたのは貴賓室だ。理由は言わずとも分かるだろうが、ここは他隊と違って談話室など設けられていない。だから見坊は度々、窓からの景色も良い此処をその代わりに使う。忌々しき前任者ならともかくとして、私は許可した覚えなどないのだが……既に茶を淹れる準備を此処に済ませていた見坊は、慣れた手つきで湯を注ぐ。


「流魂街から救護詰所に運ばれたという者の名前を今朝がた耳にしたんだが、まぁ驚いた」

「何だ、知り合いだったか?」

「貴女にも話したことがある。あの子が、私の命の恩人だよ」

「――現世で、お前を庇って死んだ娘か」

「ああ。いずれ死神になるだろうとは思っていたが、まさかこういう形で瀞霊廷までやって来るとは……巡り合わせとは不思議なものだ。当たり前のように想像を超えてくる」


 見坊はしみじみと噛みしめるように言葉をつむいでから、湯気の立つ熱い茶をこちらに差し出した。こいつの淹れる茶はいつも濃いのだ。が、嫌いではない。
 何年か前に駐在任務から帰還した見坊からその話を聞いたときには、耳を疑った。死神の姿が見える人間という存在がまず珍しいが、更にその人間に虚から庇われ、救われたというのだから。霊力はそれなりにあったにしても、一体その娘は何をどうして死神を救ったのか……当時、詳しく聞こうとしたが、見坊はそれを語らなかった。


「御厨は、安定させるには恐らく明日までかかる……と言っていたぞ」

「そうか。この後に志波副隊長たちと見舞いに行ってみるつもりなんだが、追い返されてしまうかもしれないな」

「くれぐれも詰所で騒ぐなよ。お前の所の副隊長はうちの大前田より有能ではあるが、やかましいのは同程度だ」

「それは貴女が偶々たまたまそんな彼しか目にしていないだけだと思うが……まぁ気を付けるとしよう。さて、久し振りに茶菓子にはこれを買ってきてみた」


 ぱかりと開けられた箱の中には、白くて丸い――清乃の塩大福が入っていた。瀞霊廷でも人気の高い老舗の看板和菓子だ。この塩大福は、よく「任務の後は甘いものだ」と言っては夜い……いや、今となってはどうでもよい事だ。捨て去るべき過去だろう。私は……私は。


「どうした?苦虫を噛み潰したような顔になっているが……好きだったろう、塩大福」

「……それは、そうなのだが」

「……ん……ふむ。何、難しいことを考えるな。美味いものは美味い。敢えてその当然の評価を捻じ曲げることもなかろうよ」


 まるで見透かしたように言う……いや、こいつはそういう男だ。他者の心の機微には誰よりさとい。“言霊を繰る死神”のわれは、他者の心に的確に響く言葉を紡げるという、その洞察力からくるものでもあるらしいからな。


「おや。砕蜂、窓の外を見ると良い。勢いのある北風が、山頂から細雪ささめゆきを飛ばしている」


 見ると、雲から降るものとは違う、遥か遠くから融けぬまま飛ばされてきた雪がちらちらと光りながら吹いていた。


「これは……風花かざはなか」

「美しいものだ。そう見られるものではない。では、春を前に散りゆく六花りっかで花見といこうか。どうぞ召し上がれ」


 勧められるまま塩大福を手に取る。それでもまだ迷ったが……意を決して、かぶりついた。


「……うまい…な」


――――――


 翌日、私は綜合救護詰所三階のとある白い病室に足を踏み入れた。


「失礼するぞ。楠山沙生だな?」


 部下の尻拭いの礼と、その健闘と――それに数年前の健闘も讃える意を込めた、見舞いの品をたずさえて。

むつの花雪見


 砕蜂隊長、お誕生日おめでとうございます!記念に『このほの』本編の第7話と第8話に繋がるお話を。主人公が初めて救護詰所に運ばれた翌日の日付は、実は2月11日という設定なのです。こっそり。本編でも度々出てくる清乃の塩大福とは何ぞや?と気になる方がもしいらっしゃいましたら、公式ノベライズ『 THE HONEY DISH RHAPSODY』を推させていただきますよっと。
 本編の合同遠征篇と並行しまして、長らく準備中としていた『外伝一』にもやっとこさ手を付けてみようかと思います。今月中に何話か更新したいですね。

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4/12/70
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