2019/7/31〜8/31
語り手:伊勢七緒
「沙生さん。何をしているのですか?」
「……氷を舐めながら寝転がっています」
はい、そのようですね。しかし私が尋ねたかったことはそのままの意味ではないのです。「どうして練習をしに来ないで、まだご自分の部屋にいらっしゃるのですか」という意味です。ただ、それも理解したうえでのこの返答なのでしょう。屁理屈をこねる人に屁理屈を言わせないためには、敢えてぼかすような表現は控えなければいけませんね。
「では訊き方を変えます。どうして練習をしに来ないで、まだご自分の部屋にいらっしゃるのですか?」
「やー……だって……七緒ちゃん、今日の気温知ってる?しかもじめじめしてるしさ。こんな日に鬼道の練習なんかしてたら、あっという間に倒れちゃうよ」
だらだらとした動きで
「……確かにこのような天気では練習はきついかもしれませんね。ですが、休むのなら休むと連絡してください。無断欠席はいけません」
「連絡ったってウチから八番隊まで行くような用事がある人なんているわけないし……結局自分で行かなきゃになるんだよぉ……あ〜あ、こんなとき天挺空羅が使えたらなぁ……」
「塞もまともにできないあなたが何を仰っているんですか。高望みが過ぎますよ」
「もしくは局長さんが突然ご機嫌になって伝令神機とかくれないかな……はぁ……七緒先生が厳しい……」
「ともかく、無断欠席は駄目です。……一応、心配したんですよ。私だってここまで来るの大変なんですから」
「それは――……ごめん、七緒ちゃん」
りぃん、と軒先の風鈴が美しい音を響かせていますが、風向きは部屋の入口と平行だったようです。ちっとも吹き込んできません。……暑い。汗が耳の横から顎に伝って、板張りの廊下に滴ってしまいました。こんな暑さであるというのに、私としたことが不覚にも手拭いを置いて来てしまったようです。少々行儀が悪いですが、仕方ありません。死覇装の袖で拭っておきましょう。
「では、今日は練習は夕方に涼しくなったら少しだけやることにしましょう。それまでは冷たい麦茶でも飲みながらコツでもお話ししますから」
「は〜い……ねぇ、今日は十三番隊の練習場借りようよ」
「……そうですね。そうしましょうか」
「ふぅ……よし!じゃ、行くとしますか」
沙生さんは大の字の状態から腰より下を天井に向かって突き上げる
「……何だか急に嬉しそうな顔になりましたね?」
「そ、そう?」
「急にやる気でも出てきましたか?」
「いやその……十三番隊に行ったら、きっと冷たくておいしい甘酒とかご馳走してもらえるだろうなと思って……」
「……現金ですね」
「あっ、そんな目で見ないで!七緒ちゃんに教えてもらえることだってちゃんと嬉しいんだからね!」
「……私は水羊羹が食べたいです」
「そう……えっ!?そっちなんだ!?えぁ、そ、そう……ふふ」
並んで寮の廊下を歩き、玄関まで辿り着くと、沙生さんは「ちょっと待ってて」と言い残して脇にある土間に入っていきました。そして戻ってきた彼女は、手に何か持っています。
「陽射しが強いから、日傘差していこうかと思って。七緒ちゃん帽子とか被ってきてないし。ほら、入って入って」
ぱっと開かれたその傘は、朝顔の花を彷彿とさせるものでした。絣染めのような模様のある淡い紫と白の和紙、自然な飴色の骨、鮮やかな緑の飾り糸。和紙を通って色が青っぽく変化した日光は涼しげでもあります。そんな傘を差している彼女には、先ほどまでのだらしなさは何処にも見当たりません。――絵になる、と思いました。が、それは流石に口には出しません。調子に乗られると鬼道の練習もきっと
「では、お邪魔します」
「どうぞ。さ、行こうか。炎天下の相合傘も案外良いものでしょう?」
「……そうですね」
「京楽隊長に嫉妬されちゃうかな」
「……その一言は余計ですよ」
出ん出ん蒸し蒸し
かたつむりは出てこないのにこんなタイトルでお送りしました。今年は去年よりは過ごしやすい夏になるのではないかと期待したのですが、それは幻想でした。猛暑は人類を逃してはくれません。巷では”令和ちゃん”なる妖怪の仕業であると実しやかに囁かれているようです。
7月ももう終わる、というギリギリなタイミングでの拍手更新でした。もっと余裕をもちたいものです。
7月ももう終わる、というギリギリなタイミングでの拍手更新でした。もっと余裕をもちたいものです。