2020/1/31〜2/28
語り手:藍染惣右介



 現在隊長格不在である三番隊は、通常業務の統括も、戦闘訓練における指導方針も、私の一声にる。何をとは言わないが、我が五番隊や要の九番隊と連携を図ることで、この先の難題への対処が容易になる場合もあるだろう。我らが有事の際に公に組んだとしても周囲に違和感を持たせないようにするには、隊同士の親睦を地道につちかい、それを見せつけていくしかない。その一環として、二月末日にまず三番隊と五番隊の合同演習を行うことにしたのだ。


「そこで、戦闘慣れしている十一番隊にも協力を仰げないかと思ってね」


 十一番隊舎の玄関先にて。
 無論、冒頭にある動機をそのまま伝えるはずもない。手っ取り早く団結するための“仮想敵”になって貰おうという依頼だが、尤もらしい言い訳はすらすらと口から出た。“護廷に従順かつ真摯で優しい藍染隊長”を演じるのは造作もない。騙すというより都合が良いからこうしているだけなのだが、我ながら、偽が真に取って代わっている気さえする。


「左様でしたか……藍染隊長御自らご足労賜り、ありがとうございます。承りました。ご要望通り手配いたします」

「そんなにかしこまらなくていいよ。しかし、その反応ということは……いや、実は剣八にも連絡はしたんだ。でも砕蜂や涅が『楠山くんに直接話した方がいい』って、やたらと念押ししてきたものだから」

「ああ、それは……夏の遠征で……ええ、前科がありますので」


 彼女は目を泳がせつつ、苦い顔をして言った。
 十代目剣八を倒して護廷に参入した更木剣八という男については、私もやっと理解してきたところである。まだ覚醒しきっていない戦闘力は誰をもしのぐ可能性を秘め、脅威にも成り得る一方で、賢さはどう足掻いてもそれと肩を並べない。本能と力に振り切った、まさに獣のような男だ。そんな男を隊長に持つ彼女は、隊務ではさぞ苦労が絶えないことだろう。


「はは。いや、笑い事ではないね、すまない。それでも君の補佐が優れているおかげで、剣八は大いに助かっているはずだよ」

「……恐れ多いことです」


 死神になってまだ一年に満たないというのに、彼女は第四席という位に劣ることなく職務を全うしている。新たな環境に身を置いても物怖じしない、恐らくは元来の精神性が存分に活きているのだろうが、気兼ね要らずの強力な頼り先があることも支えとなっているはずだ。昨年の隊長就任式で浮竹から彼女の話題が上がったことは記憶に新しい。どういった経緯で懇意になったのか、と――彼女に対して多少なり興味を抱いた。今のところ最も情報量の多い情報源は瀞霊廷通信であるという点は、ややもどかしい。


「では、よろしく頼んだよ。……おっと」


 私に礼をして見送る彼女に背を向けたときに翻った隊長羽織が何かに軽く触れたらしく、カサリと乾いた音が鳴った。


「ん?これは?」

「……えっと、それはずっと前に副隊長が差しておいた鬼灯ほおずきです。もうスカスカになってますね」


 使われているのかどうか怪しい、古びた傘立てと壁の隙間にそれはあった。そしてふと、彼女は十三番隊の庭園によく入り浸っており、草花に明るいらしいと耳に挟んだことを思い出した。


「ああ、鬼灯か。赤い提灯に似た実の印象が強いから、一瞬わからなかったよ」

「……外の薄くて赤い部分は額ですよ」

「へえ。ああ、じゃあこの中に見えている丸いのが本当の実かい?」


 説明を促すように向き直ると、初めて彼女と目が合った。そして、またすぐに合わなくなった。礼儀正しい割りにこの反応は妙な気もするが、初めて話す隊長が相手ともなると、彼女でも緊張するものなのかもしれない。


「そう、です。赤い額は……こんな玄関先ですし、カメムシが食べたんだと思います。器用ですよね。葉脈だけ綺麗に残すんですよ。虫鬼灯とか透かし鬼灯とか呼んだりします」

「そうなのか。綺麗だけど、少しおどろおどろしい感じもするね」

「分かります。葉脈ってこう……血管にも似ていますから」

「まさに鬼が持つ提灯みたいだね。実を食べる風習があるとか、現世ではお盆に用いるとか、聞いたことはあったはずなんだけど……よく見たり調べたりすることはしなかったから、勉強になったよ」


 まだ反応は硬いが、こうして話してみると、植物が好きなだけのただの死神のようでもある。だが、私が軽く探ってみてもそんな噂話程度しか聞こえてこないというのは、却って不可思議ではないだろうか。


「そうだ。鬼といえば、もうじき節分だね。五番隊では昔から季節行事は大切にしているから、魔滅まきや恵方巻の準備はするんだよ。十一番隊では、何かしないのかい?」

「いえ、とんと。何かと理由をつけてはお酒を飲みたがるだけの人たちですから。それに豆まきなんて、更木隊長を追い出しにかかるわけにもいきませんので」

「――あぁ、成程。っはは、楠山くんも冗談を言ったりするんだね」


 鬼は外。つまり彼は“鬼”だということか。初対面の隊長相手に緊張しているのかと思えば、自分の上司の悪口もとい冗談も言う。妙だが、面白いところもある。よく分からない子だ。


「もし季節の行事に参加したくなったら、遠慮せず五番隊に遊びに来ると良い。では、またね」

「……ありがとうございます。さようなら、お気をつけてお帰りください」


 戯れで蛇を懐に潜らせるなら既に足りているが――鬼が出るか、蛇が出るか、さて。

磨滅まめつする


 本編より先にここで主人公さんと絡んでしまった藍染隊長でお送りしました。磨り滅っているのは誰の何なのでしょう。おそらくこのお話も後の本編で主人公さん視点でやるかと思います。更新に本腰入れられそうなのは都合により5月以降になりそうなのでお待たせしてしまうのですけれども。いやはや。
 昨年1月はどこまでも真っ白な雪に覆われた景色を窓から眺めつつ作業していました。しかし今年は全国的な暖冬、私の地域もまた例に漏れず……でして、窺える白といえば青空に浮かぶ雲と通りすがる車のみ。剥き出しの地面に、何なら花も狂い咲くありさま。嗚呼、雪が恋しいです。

prev - bkm - next
5/12/70
COVER/HOME