2020/3/21〜4/30
語り手:黒崎一護



「ぜんりゃく〜がけのう〜えよ〜り〜」

「やぁ一護少年。その歌、マイブームみたいだね」

「あっ!沙生ちゃん!お買いもの帰り?」

「うん、また病院通いのついでにさ。桜餅多めに買っちゃったんだけど、食べるかい?」


 会うといつも笑いかけてくれる近所のお姉さんは、ガキの遊びにも嫌な顔一つせず付き合ってくれるような良い人で、大好きだった。近所の……という割に家が何処なのか実は知らなかった。でも、空座商店街にある和菓子屋の紙袋をぶら下げて川沿いのこの道をよく歩いていたのだから、俺の家からそう離れていなかっただろう。
 若いのに普段着が着物に袴で、大振りの黒檀こくたんの杖がトレードマーク。ただいるだけでよく目立つこの人は、親父とも親しかった……らしい。その話をしようとすると上手い具合にはぐらかされて、あまり詳しいことは聞けなかった。今になって考えてみれば、不思議と秘密が多い謎の人だった。


「ここら辺でいっか。いいねぇ、春の陽気。君と一緒だと児童公園のブランコにも堂々と座れるなぁ……」

「手、あらってきたよ!」

「えらいえらい。はい、どうぞ。気遣わせちゃうから真咲さんにはナイショね」

「母ちゃんお返ししたがりだからね。いただきまーす」


 初中後しょっちゅうこんな風にお菓子を貰っていたし、夏の花火大会や秋の神社のお祭りではクジや射的をやらせてくれた。ただのご近所さんにしてはだいぶ甘やかされていたと思う。おふくろの次に、色んなことを話せる相手だった。日曜朝に放送している子供向けのテレビ番組の話題を喜々として向こうから振ってくれることもあって、いい意味で大人げなくもあったっけ。


「オレね、こないだアイツから一本とったんだよ!沙生ちゃんのアドバイスのおかげ!」

「おぉ、やったじゃん。前に言ってた男の子から?バシッと決まった?」

「うん!弱っちいってバカにしてたのも『ごめん』って」

「ちゃんと謝れる子だったんだねぇ。これから仲良くできそう?」

「それがね、隣町に引っこすとかで今週でやめちゃうんだって」

「なにィ……それは残念」


 空手はやっていなかったそうだが、色んな武術をかじった経験があるとかで、結構ためになる助言をしてくれたことが何度かあった。河川敷や公園の芝生の所で実技指導をしてもらったときなんか、驚くほど軽い身のこなしに目を奪われたものだ。


「だから『オレいなくなるけど、いつかたつきちゃんに勝ってね』って、たくされた」

「託すって……はははっ、たつきちゃんがどんな子なのか益々気になる。じゃあ、たつきちゃんに勝つのが当面の目標かな?」

「うん。そんで母ちゃんにも、強くなったとこ見せるんだ!母ちゃん、いっつも『たつきちゃんに勝てないうちは〜』って言って、オレに何も任せてくれないんだもん。こどもあつかいして」

「七歳はまだこどもだよーだ。特に真咲さんみたいな親はこどもがいくつになろうと心配するもんさ。見返したいなら、少しずつでも毎日頑張って、着実に強くなること。夢中になってやってれば、いつの間にかお母さんもガンガン頼ってくれるようになるよ」

「そう?」

「そう。私もね、これからもっと強くなりたいから頑張るんだ」

「沙生ちゃんも?空手?」


 そう尋ねたら、目がへの字になるくらいにっこりと笑って「へへへ」とだけ言った。さり気なく、しかし盛大に誤魔化されたのだということに俺が気付くのは、それからだいぶ年月が経ってからのことになる訳だが。


「しばらく会えなくなるかも。だから一護少年に友達が増えたら嬉しいな〜と思ってたんだけど……その男の子は引っ越しちゃうんだよね」

「大丈夫だよ!オレ、最近おなじくらいの年の子とあっちこっちで話すもん!友達だっていっぱい作れる!」

「……できればクラスメイトとか、道場の名簿にちゃんと名前がある子とも、仲良くなるんだよ」

「? うん」


 当時は何とも思わなかったが、これだって意味深……というより、確信していたはずだ。物心ついた頃からユウレイがハッキリ見えていた俺は、生きてる人間と死んでる人間の区別なんてついていなかったのだから。


「次にいつ会えるか、分からないけど――」

「……沙生ちゃんも引っこしちゃうの?」

「ま、そんなもんだと思ってて。でも必ず帰って来るから。そのときは、一護少年の友達たくさん紹介してね」

「最後のお別れじゃないんだね。良かった!約束だよ!」

「うん。約束だ」


 ――また会おう。
 別れの季節に再会の約束ができるなんて、なんと幸せなことだろう。縁はまだ繋がっていると思えるだけで、どれだけ心が軽くなったことか。
 月日が過ぎ、幼い頃の約束など記憶から抜け落ちてしまっていた。けれど、再び直面したそのとき、時限装置が起動したかの如く、思い出は鮮明に蘇った。


「やぁ一護少年。また会えたね!」


 八年振りに現れたその人は、八年前と変わらぬ笑顔で、俺と同じ死神の姿をしていた。

「またな」と言ったのだから


 「BLEACH face again」!千年血戦篇アニメ化決定おめでとうございます!八年前にアニメが終わってから、この日が来るのをずっとずっと待ち続けていました。一護は約束を守る男だ!また会えるって信じてたよ!
 このお話は『このほの』第三章で展開する予定のとある場面、その一護視点です。またまたまたまた本編を先取ることになってしまいましたが、今日はめでたい公式発表日なのでどうしてもこれを書きたかったのです。一応短編としても読めると思うので、深く考えずにいきましょう。

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