2020/4/30〜5/31
語り手:虎徹勇音
「生死不明」、と。
絶望と希望が同時に襲いくる言葉を、私はこの他に知らない。生きて帰ってきてくれるのが一番いい。死んで帰ってこないのが一番いや。戦士の生還をただ祈り待つしかない身にとって、「生死不明」という
端的に言って、精神が摩耗する。
「ご自分で折り合いをつけるしかありません。信じて待つも、結果が分かる時まで忘れておくも、あなた次第であなたの自由。……私は優しい虎徹さんが好きですが、優し過ぎるせいで心を潰していく様は正直見たくありません」
御厨さんはそう言って、喪った同僚たちの遺品を引き取っていった。その時その戦場にいた彼女に、いなかった私がいつまでも迷っている姿を見せるのは申し訳なかった。その日を境に、私は「生死不明」であるはずの人たちを殉職者名簿に書き加え始めた。
――――――
それから二十年ほど経って、また纏まって生死不明者が出た。隊長格のみで編成された魂魄消失事件特務部隊は、知らぬ間に全員そういう扱いになったらしい。四番隊が出る幕は今回もなかった。
「まさか私がこの仕事をすることになるなんて。二十年前には露ほども考えませんでした」
御厨さんは、殉職者名簿に友人の名前を書きながら言った。感慨深そうに、悲しみに暮れる様子は殆ど見せずに。彼女は、とても精神が安定している。どうしたらそんな風にぶれないでいられるのだろう。
「私も、御厨さんが私の部下になっちゃうなんて全然予想できませんでした。未だにどうしてかなって思うこともあります」
「そうですか?私はあなたのような人が上司で幸せですよ」
「……辛くありませんか?お友達の名前をそれに書くのは……私が交代しても……」
「普通は辛いでしょうね。でも、いつまで待たされるのかという心配はあっても、この名簿に二重線を引く日が必ず来ると確信していますので、あまり」
「な、何かご存知なんですか!?」
「内緒です」
「……またですか……意地悪ですね……」
空いた穴は他で埋められる。誰かが消えても世界は回る。護廷十三隊が毎年新入隊士を迎えても、瀞霊廷内の人口密度に然程の変化はない。
――――――
春を前にして、新入隊士より先に入院患者が続々と来た。入隊試験に更木隊長が乱入して暴れたそうで、その霊圧にあてられた受験者たちが運び込まれたのだ。試験会場から四番隊舎前まで瞬歩で往復を繰り返し、彼らを魚市場の
そして後日、その騒ぎの中心にいたのはなんと沙生さんだったらしいと知った。あの更木隊長と剣を交えても怯まず、指名されて堂々と十一番隊の四席になったなんて。私とは具えている度胸が次元からして違うのだと思った。
「凄いなぁ……強いんだなぁ、沙生さん……」
「勇音」
「わぅあぁっ!う、卯ノ花隊長……!」
卯ノ花隊長は音も気配もなく背後に
だらしなく机に頬をつけて突っ伏していた私は驚きのあまり椅子ごとひっくり返るところだった。
「沙生さんが此処に入院されていたとき、担当は
「は、はい。御厨さんと清音に彼女への差し入れを頼まれて、十三番隊舎でお話をしました。とても話しやすくて、面白くて良い人で……」
「ふふふ、そうでしたか。仲良くなれるといいですね」
「そ、そうですね……仲良く……」
――なれたらいいなぁ、仲良く。
清音と二人でいるとき、自然と口にしていた。そしたら案の定「誰と!?誰と!?」と迫られ、「沙生さんと」と言うと、「なに遠慮してるのよ!姉さんと沙生さんはもう友達でしょ!」と言われた。妹の社交力の高さが眩しい。
でも相談した甲斐はあって、清音が色々と取り持ってくれた。それに沙生さんはよく斑目三席との鍛錬でちょくちょく怪我をするから、薬や湿布をもらいに四番隊に来る。「軽い怪我で人の手を煩わせるのは悪いから」と、持ち帰って自分で手当てすることが多かったけど、少しだけでもお話できれば楽しくなれた。
――――――
四月。私と御厨さんは沙生さんとだいぶ親しくなれた。十一番隊舎の沙生さんのお部屋に遊びに行ってお茶したときには、草鹿副隊長に引っ越し祝いで貰ったという盆栽の話に趣味の話、あとは四人の新隊長たちについての所感など。
「明日は半ドンなんです。私の入隊前から溜まっていた書類仕事も片付きましたし、一角も明日の鍛錬は休むとかで」
「半ドン?」
「あ、これもしかして現世でしか通用しないのかな……半ドンというのはですね」
と、いうように話題は尽きず。
そしてこれは、その翌日のことである。
「あれ……沙生さん、あんな所で寝てる……」
私は卯ノ花隊長と一緒に浮竹隊長の往診を済ませ、清音と二人でお昼休憩をした後、四番隊舎に帰ろうと渡り廊下を歩いていた。
見事な庭園の隅にある、人工の小さな丘の上。遠目に、大胆に大の字になって寝転がっている彼女を見つけた。呼吸はすやすやと静かで、春の陽気に誘われるまま眠ってしまったみたいだった。
「今日はあったかいし、風邪はひかないだろうけど……」
なんというか、環境に馴染む速度が凄い。清音ともいい勝負になりそうだなぁ。午後は仕事がないと言っていたし、そっとしておいてあげよう。そう思って止めていた足をまた動かそうとしたそのとき、沙生さんの傍にさっと人影が現れた。
「……あれは……志波隊長?」
塀を飛び越えて庭園に忍び込んできた彼は、きょろきょろとあたりを見回し、そして足元にいた沙生さんに気付いてギョッとした様子だった。少し遠いからか、私の存在には気付いていないみたいだ。彼は暫くその場で固まり、それから屈みこんで沙生さんの寝顔を覗き込んだ。……何しようとしてるんだろう。
「大丈夫。変なことする気はないと思うよ」
「ひあぅっ!?……く、く、朽木副隊長……!」
いつの間にいらっしゃったのか、朽木蒼純副隊長が私の隣に立っていた。志波隊長と沙生さんを穏やかに眺めて、跳ねて驚いた私に向かっても微笑む。
「一心殿は隊長になっても変わらないようだね。ふふ、きっとまた仕事からの遁走中に違いない」
「あ、あの、朽木副隊長。志波隊長は沙生さんとお知り合いなんですか?」
「……いや、多分まだ話したこともない。一方的には知っているだろうけど」
「あぁ……沙生さん、登場が派手でしたもんね。瀞霊廷通信にも載せられて……」
私がそう言うと、朽木副隊長はまた微笑んだ。何というか、とても微笑ましいものを見るように。
「うん、うん。そう、彼女は誰かに似ている気がする」
「だ、誰に……?」
「ふふ。さぁ、誰だったかな」
朽木副隊長はとても優しい方だけど、よく分からない方でもある。それにこんな風に自然に笑っている彼を見たのは、随分と久し振りな気がした。
「虎徹さんは、あの子と知り合いなのかい?」
「はい。お、お友達、です」
「そうなのか。では、今日のことも彼女に教えたくなるだろうけど……一心殿のことは、秘密にしておいてあげてくれないかな」
「? わ、分かりました。特に何かしたわけじゃないですし……」
「うん。ありがとう。じゃあ、私はまだ仕事があるから失礼するよ」
手に持っている書類をひらひらさせながら、朽木副隊長はこの場から去って行った。ぼんやりとその背中を見送って、もう一度あの丘の方を見ると、志波隊長も既にいなくなっていた。
「……な、なんだったんだろう……」
それが何となく分かったのは、彼らが六月に遠征から帰還してからになる。
端役のつもりでいる勇者(一)
お久し振りです。お休みしていた本編の更新もそろそろ再開しようと思います。
これまでのお話の復習も兼ねて、主人公さんの友人である勇音さんでお送りしました。(一)とつけたのでいつか(二)も書くことになるでしょう。
これまでのお話の復習も兼ねて、主人公さんの友人である勇音さんでお送りしました。(一)とつけたのでいつか(二)も書くことになるでしょう。