2020/9/30〜10/31
語り手:虎徹清音



 爽やかな秋晴れ、そろそろ紅葉が見頃を迎える季節だ。でもここ、十三番隊敷地内の菜園は未だ殆ど緑色で……というより、この辺りって葉が赤く色づくような植物が植えられていないだけだったわ。
 旬を過ぎて役目を終えた夏野菜の蔓やら蔦やらは、先の方から干乾びて薄黄色になってきていた。「どうもどうも、今年もたくさん収穫させていただきました」と心の中で感謝しつつ、ぶちぶち引き千切って片付けていると、私の名前を呼ぶ明るい声がぱーんと背中に掛けられた。


「清音さん!今日がお誕生日だとお聞きしましたよ!おめでとうございます!」

「沙生さん!ありがとう!」

「でもついさっき知ったもので、贈り物を何もご用意できませんで」

「そんなの!気にしなくっていいわ」

「あの、もし宜しければ来週……月末、お夕飯に誘われてくれませんか?二人だけで、ではないのですが」

「あらご馳走してくれるの?そういうことなら遠慮なく誘われるわよー」

「ふふっ、じゃあ予約させていただきます!場所とかは追ってご連絡しますね!ではでは!」


 彼女はにっこりと笑いながら開いた両手で空を押し上げるように万歳すると、そのまま片足軸でくりんと方向転換してぴゅんと去っていった。何だかいつもより倍は元気みたい。別件で何か良いことでもあったのかしら。


 約束の日の午後四時。
 月末とあってきっちり清算しなければならない仕事が多い。いつものことだけど、私は算盤と書類を抱えてばたばたと廊下を走っていた。この季節の夕方ともなれば廊下はしんと肌寒くて、床板は清水のようにひんやり冷たい。一枚の布越しにそれが伝わってくるから、足裏の感覚は固く薄れていく。だから見掛ければ意識して踏んでいく、まんまるあったか圏――もとい竹格子の丸窓から差し込む紅葉色の陽光が当たっている場所は、足裏の温度回復に丁度良い。素足で猫を踏んじゃったら、きっとこんな風に一瞬だけぽかぽかするんだろう。


「あっ」


 見通しのいい渡り廊下に出ると、駆け足で庭園を突っ切っていく沙生さんを遠目に見た。速く軽やかに進む彼女は、つい二度見してしまうくらいとっても大荷物だった。背中には背負子しょいこ、腰には魚籠びく、両腕にはそれぞれ手提げの編み籠の取っ手を通し、左手は鉈と竿をまとめて握っていた。そして右肩に担がれていた長い棒に逆さにして吊られていたアレって、もしかしなくても……鹿……だったわね?
 そんな心配は要らない人だと分かっていても、もし転んだら間違いなく大惨事になるのは間違いないので、その背中を見送った後も暫く心臓はドキドキした。

 先週のうちに副隊長から伝えられた招待場所は、十三番隊隊士たちが寝泊まりする宿舎の割と近所、柵と小川と丘を挟んで向こうにある水車小屋のその隣にある曲がり屋、だそうだ。「そんな家があるなんて知らなかったなぁ」と呟くと、副隊長は「そりゃあ新築だからな!」と自慢げに言っていた。
 そういうことはもっと早く言いなさいよ、ねぇ!?慌てて新築祝いの品を買いに行ったのは言うまでもない。

 漸く仕事からあがってウキウキと向かう目的地。一応は私の誕生祝いという名目で開かれる夕食会らしいのに、私が土産を持って歩く道。

 玄関の前で都さんに出迎えてもらい、通された中には十三番隊でも特に親しい面々が十数人揃っていた。が、


「ちょっと!なーんでアンタまでいるのよ!」

「そりゃこっちの台詞だ!帰れハナクソ女!」


 ……そんな予感はしていたけど、小椿もいた。睨み合って火花を散らしていたら、あっちも私も問答無用で副隊長の手刀を脳天に喰らった。主役になんて仕打ちなの!


「皆さんお揃いですね!ほらほら座ってください、丁度できあがりましたよ〜」

「おっ、できたか!お疲れ!」

「秋の味覚山の幸です!……海燕さん、これって温泉ぽいんです?私、温泉宿って行ったことなくてよく分からないのですが」

「栗の甘露煮イワナの塩焼き、ヒラタケの酢の物と山菜の醤油和え、ちゃんと銀杏も入ってる茶碗蒸し、松茸ご飯に鹿肉鍋……完璧な温泉メシ!お前すげえな、それ全部自分でとってきたんだろ?」

「秋の山には美味しいものがごろごろ転がってますからね。爺様とも毎年よく食べたものです」


 台所から出てきた沙生さんは「ほれほれ」と副隊長の背中を押して配膳を手伝わせて(本当に仲良くなったわね)、都さんはそんな二人を微笑ましそうに見守りながら、射場副隊長から先日頂いたという日本酒を皆に注いで回ってくれた。ただし見坊さんはお茶、沢子は山葡萄ジュースらしい。宴の準備は万端だ。


「行き渡りましたか?……遅くなりましたが清音さん、仙太郎さん、お誕生日おめでとうございました!お二人には特別に特大焼き松茸もありますよ!さ、皆さんどうぞ召し上がれ!」


 「乾杯」の音頭ではなく手を合わせて「いただきます」で始まった宴はほのぼのとして居心地も良く、お料理はどれもほっぺたが落ちるほど美味しかった。


 翌朝。
 私としては珍しく、宴なのにお酒は一杯しか飲まなかったから、二日酔いすることもなかった。舞い風に髪を弄ばれながら上機嫌で出勤すると、私の名前を呼ぶ明るい声がぱーんと背中に掛けられた。人って仲良くなるとそういう所も似てくるものなのかしら。


「お〜い清音〜!!」

「なぁに副隊長〜!!」


 たったかと軽快に走って近くに寄ってきた副隊長も何やら上機嫌だった。


「なぁなぁ、昨日お前らが帰ってから、皆がそれぞれ新築祝いにくれたやつ開けてみたんだがよ」

「ええ、何だか嬉しそうな顔ね!気に入ってくれたかしら!」


 夫婦揃いの湯呑や茶碗は誰かと被る確率が高い。そうでなくても自分たちが毎日使う物は自分たちで選びたいかも。お菓子とかはしょっちゅうあげてるからあまり特別感がないし、お酒はそれこそ私よりずっとよく飲むような人たちが贈るだろう。消耗品とかも迷ったけど何か残る物をあげたい気がした。
 そんな私が最終的に選んだのは、置き物だ。邪魔にならないようにそんなに大きくない小さめのやつ。家内安全・無病息災。そこはかとなくめでたい感じの飾り細工や絵が施された――。


「ひょうたんな!まさか清音と仙太郎が示し合わせて夫婦茶碗みたいに瓢箪くれるたぁ驚いたぜ!都も気に入ったってよ、ありがとな!」


 ――は?

 ……という一音は何とか飲み込んだ。喜んでいる夫婦に水を差すことはするまい。しない。流石に……し、しないわよ!くっそー!

図らずも瓜が二つ


 温泉に行きたい管理人の気持ちが零れ出ている文が仕上がりました。交通費も宿泊費もお得な期間ですが、仮に旅するにしても近場にしようかなと考えているところです。松茸たべたい。山々で春先花粉を飛ばすばかりの杉林がひょんなことから赤松林に生まれ変わってくれたりしませんかね。
 昨年ここで書きましたが、うちの庭の金木犀は昨年の荒れた気象のために狂い咲いて二度花開いたので、そのぶん今年は咲きそうにありません。例年なら今頃は咲いて香っているはずなのに、ちょっと物足りなくて寂しいです。

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9/12/70
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