2020/10/31〜11/30
語り手:楠山沙生



「焼き栗の季節じゃ!」

「わーい!」
「なんて?」


 ん゛っ、んん。失礼。あまりに急展開なもので、つい反射的にするりと。私は総隊長殿を相手になんて口を……幸い、草鹿副隊長の歓声で聞こえなかったようだが。いやぁ、危ないあぶない。

 辛くも死線を超えたあの日からそう経たずして、この緊張感のなさである。

 「仲絡なかがら官はく現世より帰還せよ」とお呼び出しをくらい(既に何日か前に黙って帰って来ていたことは内緒だ)、ここ一番隊舎に着くまでにすれ違った死神たちは一様にして私に得も言われぬ表情……面白がっているような、憐れんでいるような……ぬるくて伸びきったうどんみたいに締まらない顔を向けてきた。しかしその反応は当然だと思ったし、炎の剣鬼爺けんきじじい(悪口)のお叱りを甘んじて(往生際が悪い)受けるべく、重い足(完治済)を引き摺って参上した訳だ。無言で佇む総隊長殿の御前にそろりと正座し、何故かいらっしゃる草鹿副隊長のお腹が妙に出ていようと、とてとてと円を描くように走り回っていようと、心頭滅却していたのだが。
 開口一番「焼き栗の季節じゃ」ときた。


「知っておるぞ。今日こんにち、現世では南瓜に纏わる宴を催すそうじゃの」

「ええと……南瓜が主というよりは、死者の霊魂を迎え、更には実りを祝うもので……」

「要は秋の味覚の収穫祭じみていよう。そこで焼き栗じゃ」

「……総隊長殿。申し上げにくいのですが、些か誤解されて……」

「焼き栗しよう!ほら見てりんりん、いっぱい拾ってきたんだよ!」


 副隊長は大きく丸く出っ張っていた死覇装のお腹を両手でゆさゆさしだした。そんな所に食べ物を仕舞うものではありませんよ、えりだって乱れてますし。それから一歩あるく度に隙間から栗がぼとぼと、どんぐりころころ、混入していた栃の実までもがゴトン。これってあれだ、一護と一緒に観たことある。となりのトト〇。


「副隊長、そのまま焼いて美味しいのは栗だけですよ。どんぐりと栃の実は灰汁あく抜きが欠かせません」

「そうなの?じゃあこれは?」

「わ、珍しい!ぶなの実じゃないですか。これはどこで?」

「四番隊の病院のお庭んとこ!」

「あぁ、あそこのですか。これはそのまま食べても美味しいんですよ……私も後で拾いに行ってみよ……」

「ねぇねぇ、栗は?そのままかじってもだいじょぶ?」

「はい、生でいけますが……やっぱり焼いた方がほくほくと甘くなりすし、まずは切れ目を――」


 ……はっ。


「どれ、儂は抹茶を用意しようかの。沙生はそこの火鉢を使うといい。焼き方は……うむ、詳しいようじゃしな」

「う、承りました……」


 やられた。雰囲気に流されてしまった。ええいヤケだ、もうこの身はこの場に任せてしまえ。

 この大きな石がり抜かれてできた丸火鉢は、総隊長殿が長年ご愛用なさっているものだ。時に暖を取り、時に魚をあぶり、時に芋を焼き。毎度火点け役はまさかの彼の愛刀である。このお茶目な事実が知れ渡れば、総隊長殿の親しみやすさは抜群に上がること間違いなし!だと思うのだが……残念ながら、この人のそんな一面を知る隊士は多くない。
 栗はこのまま焼くとバチッとぜるから、下準備が必要だ。携帯していた小刀で中身にもしっかり届くくらいの切れ目を入れていく。入れ方は丸い方にか平らな方にか、実の真ん中かおしりの方か、縦か横かと人によって見事にまちまちだ。私は爺様流に、丸まっている方の真ん中に横に切れ目を入れていった。
 副隊長は栃の実を幾つか同時に蹴り回って遊んでいる。音がまあうるさい。
 総隊長殿はいつの間にか黒塗りの四角い置き炉を取り出していた。きめ細かな灰の上に慣れた手つきで炭を並べると、徐に刀を抜き、そして一振るい。絶妙な匙加減により、炭は燃え上がることもなくじんわりと赤くなっていく。流刃若火よ……いつもご苦労様です。

※炭に直接火を点けるのは危ないので、常人は真似しないようにしましょう。

 一瞬だけ、赤い炎が細長く伸びて蛇のようにも龍のようにも見えた。もしや本体殿……?あ、上に茶釜おかれた。
 さて、五徳と網はあるみたいだし、こちらもそろそろ火鉢に火をやろうか。


「えっと、火おこし鍋はどちらに……給湯室にならありますか?」

「何をとぼけておる。おぬしも斬魄刀をちょいと振れば良い」

「え、ええ……しかしその……」

「ほっほ、炎熱系の使い手が火熾しに斬魄刀を用いたことがないはずもなかろう」

「まぁ……実を言えばないこともありませんが、炭に直にというのは……」

「難しいことはないじゃろう。特に、儂やおぬしのような者にはな」


 や、やれと。鳶絣の白焔でそこな栗を焼けと仰る。……すまない相棒、これは上官命令だ。嗚呼、これで私も晴れて総隊長殿や一心さんの仲間入りである。「相棒で食い物を焼くんじゃない」とか人に言えなくなってしまう。


(寧ろよく今までやらなかったな。まぁ、我は別に構わんぞ)


 左様ですか。ありがとう相棒よ。
 さっさと抜いてちゃっちゃと点けた。そう、なにしろ私も常人ではないのだ。白焔の力でやったせいか、炭もほの白く光っている。なんだか爆発寸前みたいに見えるのは現世の映画の観過ぎだろうか。効果音はキュイーンとかが似合いそうだ。
 ぷすぷす、じりじり、しゅうしゅうと沢山の栗が焼けていく。切れ目を入れたところから少しずつ膨らみ、じっくり待てば水分も表に出てきて泡が立つ。時々火箸でひっくり返して、満遍なく熱を浴びるようにしてやるのも怠ってはいけない。


「焼けた?まだ?」

「まだです。殻が焦げるまで焼くのがコツですよ」


 ドタドタと忙しなく走り回って遊んでいた副隊長は、今は網の上の栗に目が釘付けになっている。可愛らしいなぁと横顔を盗み見つつ、ふと、副隊長は本当にお変わりないな……と俄然不思議に思えてきた。変わらなさでいったら、そこにおわす総隊長殿も然りだが。逆に修兵くんの成長が早過ぎるのか?うーむ、尸魂界の常識って未だによく分からない。


「……まだ?焼けた?」

「っと、そうですね。いい塩梅かと」

「やったー!たべよたべよ!」

「あ、丸ごと食べちゃ駄目ですからね。後で纏めて口から出せるといっても、柏餅の葉っぱとは違いますよ。口当たりよく味わうためにも、栗は渋皮までちゃんと剥きましょう」

「うーん……面倒めんどっちぃけど、りんりんがそう言うならそうする〜」


 少し離れた所からこちらを見ている総隊長殿は、元々細い目を更に細めた。何を考えていらっしゃるのか分からないが、孫を見ている気分なのかもしれない。総隊長殿は昔から草鹿副隊長には甘いのだ。
 あつあつと苦戦しながら剥いた栗を皿に分け、総隊長殿直々に点てられたお抹茶もそれぞれ行き渡った。焼いた物もお茶も熱いうちにいただくのがいい。草鹿副隊長がいるおかげで礼儀作法も緩めでいける雰囲気だ。彼女は元気よく「いただきます」をして、早速ぱくんと食べた。


「おいし〜い!こういうのを“そぼく”って言うんだよね!」

「素朴な甘さですね。火鉢で焼いた栗なんて久し振りです」

「実に美味じゃな。抹茶の味はどうかの?」

「はい、大変結構なお服加減で……」

「栗いっぱい食べるとむせるから、お茶があると助かるよ!」


 草鹿副隊長は挙手してニコニコけろりと言った。それを聞いた総隊長殿はというと「そうかそうか」と嬉しそうである。この二人のやり取りが独特なのは今更だが、間に挟まれる身としては、いくらかかっても慣れるものではない。
 山ほどあった焼き栗は殆どが副隊長のお腹の中におさめられた。相も変わらず、四次元的な胃袋をしていらっしゃる。


「どれ、小腹も満たして一服つけたかのう。して本題じゃが」


 お茶碗をあおって最後の一口を飲み干したまさにその時、否が応でもピシッと背筋が伸びた。すっかり気を抜いていたところにこのお方は、いやはや。


「はて何じゃったか、あの書き置き……容赦は求めぬ、無事に帰ったなら目一杯、とかうんたらと……」


***


「ぶわっか もん !!!!」


 一番隊舎の方から、つい一週間ほど前にも聞いたような特大の叱責が響いてくる。


「おっ、やってるやってる」

「なんだ沙生のやつ、来てやがったのか」

「心配めされるなというのに……」


 各々おのおの何処いづこかでそれを耳にしていた男三人、口角が上がっていたのは言うまでもない。

灰に赤白べて野晒


 故・塚田さんの「それに安物でもないわ馬鹿者!!」の言い方が大好きです。アニメ310話、原作だと48巻のあのシーンですよ。ブレソルで二代目として総隊長を演じられている高岡さんは、意識して塚田さんに寄せていらっしゃる気がします。新アニメであの死闘に声を吹き込んでくださる日が待ち遠しいです。
 総隊長の意外な一面については、アニメの死神図鑑をご参照ください。抹茶をざーっと流し込んで「ごちそうさまー!」するやちるに「また来るがいい……」と爺性を発揮する総隊長は必見です。斬魄刀異聞篇では村正に唆され反旗を翻した愛刀に「流刃若火よ……!」と語り掛け、声色はやけに迫力があるのに、続く話が飯炊きと芋焼きの思い出とかね、お茶目ですね。

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8/12/70
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