2021/1/31〜2/26
語り手:小椿仙太郎



 寒の入りも過ぎて、ここんとこ流魂街の巡回が強化されている。時たまそこらに虚が出たって、襲われてんのが貴人でもない限り、そう細かには対処してこなかった護廷がだ。どんな気の変わり様だか。
 いや勿論、浮竹隊長は違うぞ!いつもどんな時でも、虚による被害があればその全てにお心を痛めていらっしゃる!

 ……で、今日は俺様がその役目に駆り出されている。
 巡っていくのは、低いお山の足元に沿うようにぽっつぽっつと民家がある辺り。冷たい風が吹き下ろしてきては、道なかに松笠を転がす。日中に陽があたったおかげで、雪はおおかた融けている。見た目としてはそんなに寒そうに見えないが、ところがどっこい、外でりゃ寒い。


「ッうぅー、寒ぃさみぃ」


 一人で流魂街を練り歩くのは久し振りだ。俺様が縮こまって歩く脇を、数人のガキが古びたまりを持ってはしゃぎながら走っていった。草鞋わらじは履いちゃあいるようだが、そんな薄着でよくもまぁ。子供は風の子、か。元気で良いことだ。その元気、ちっと俺様にも分けてもらいたいね。
 のどかな風景から離れるのは、ほんの少し惜しい。しかし俺は仕事中だし、そうも言ってられねぇ。朱色も何も塗られていない小振りの木橋から川を渡り、集落を後にしようと……した。


「わぁー!うわぁん!」
「ば、ばけもの!」
「助け……!たすけてぇ!」

「なっ……なにぃ!?」


 虚だ。さっきのガキどもを土手に追い込み、じりじりと詰め寄っているではないか!ていうか俺様、実物の虚みるのなんて十ウン年振りなんだが、マジで!?

実戦!? お、俺が!?
無理無理!!

…………。


「なんて言ってられっかァー!!俺様のハナクソ野郎が!!」


 ガキを見捨てて職務も怠慢?そんなことできるか!俺様は十三番隊、尊敬する浮竹隊長の元で日々(算盤の)研鑽を積み、見坊殿から直々に(お茶の)教えを受け、己を高めた男!ここ一番ってときにヒヨってられっかよ!


「ガキ共!こっちに来い!化け物は俺様に任せ――あ゛ぁ!?」


 ガキ共は「こうすれば助かるかもしれない」とでも思ったのか、自ら川に身を投げた。最初の一人につられて、もう一人、続いて更に。真冬の凍るように冷たい川に落ちていった。川の流れに身を任せれば、確かに走って逃げるよりも虚から早く遠ざかることはできよう。だがそれだけじゃあ意味がねぇ。喰われなくたって、殺されなくたって、死んじまう!


「虚……は、まだあそこに留まってるが……ええい、てめえなんぞ無視だ!無視!!」


 橋の手摺に飛び乗って、すいっちょんみたくそのまま川に飛び込んだ。


――――――


「クソさみぃ……!」


 死ぬかと思った。というより死にそう。急いで温まらねぇと死ぬ。けど、ガキ共も何とかみんなまだ生きてる。俺様の泳ぎ、寒中水泳大会でこの調子だったら優勝間違いなしだったろ。


「火、火だ!……火を、起こさねぇと……!」


 まぁまぁ川を下ったから、民家のある方に戻るのは駄目だ。手遅れになる。川辺にはちょうど乾いた流木がある、あれを使おう。鬼道で一度火を点けてしまえば、みんなで囲って焚火ができるはずだ。
 ぶるぶると身震いが止まらねぇし、がちがちと歯が鳴る。クソ、霊力がうまく回らねぇ。一度だ、ちょっとでも落ち着いて集中すりゃあいい。そう思っても手が震えてしまって、思うようにいかない。


「こ、このままじゃっ、ガキ共、がっ……」


 弱気になっちまったその時、ボウッと音を立てて流木が燃えだした。あれ?俺様、土俵際でなんとかなった……?鬼道が発現できた手応えはなかったように思えたが、目の前では見事に炎が立ち昇っている。
 急いでガキ共を火の近くに運んで寝かせ、頑張れ、と声を掛け続けた。


――――――


「そうでしたか。帰りが遅いと思えば、そんな目に。大変ご苦労様でしたね」

「やぁ、九死に一生でした」


 すっかり日も沈みきった頃。やっとの思いで隊舎に帰り着いた俺様は、温かい茶を淹れて出迎えてくれた見坊殿に今日あった出来事を話した。


「誰も亡くならず済んだと聞けてほっとしました。貴方の咄嗟の判断は正しい。今日の巡回当番が小椿殿で、本当に良かった」

「それほどでも……やめてくだせぇ、照れちまう。でも、不可解なのが……」

「虚を斃してくれた者がいた、というところですか?」


 そう、そいつだ。俺様がガキ共を連れて集落に戻ると、親代わりの大人たちが目に涙をためてわっと現れた。そして話を聞けば、ガキ共が川に落ちたのを目撃して皆に知らせ、更にそこにいた虚を一刀のもとに斬り捨て、礼も受け取らずに颯爽と去っていった者がいたのだという。


「刀でってんだから、死神の誰かだとは思うんすけど……今日のあの辺の担当は俺一人だし、いくら暇を持て余した死神でもあんな場所をぶらついているとは……」

「ええ、少し考え難いですね。集落の方は、他に何か仰っていませんでしたか?」

「頭が追っつかないくらい色々言われましたよ。皆そいつのことを褒めちぎって興奮してましてね。なんでも、近隣ではちょっと有名になってるらしくて」

「気になりますね。例えば、どのように?」

「最近、妙に虚の出現が増えているのは確かみたいで。そんで『黒い着物をお召しでない死神』が、『北風のようにひゅうと現れては虚を斃してゆく』……とか。姿や風貌なんですが、夜でよく見えなかったとか、木々を縫っていって見えなかったとか、笠を被っていて……以下略。そんな感じです」

「それはそれは。物語に出てきそうですね」

「ガキは『正義の味方の寒太郎』なんて呼んで親しんでましたよ。噂が独り歩きして、尾ヒレも付いてそうっすけど」

「不思議ではありますが、人助けをしているのですからきっと良い人でしょう。参考にして物語を書けそうです。某も会ってみたいですね、『寒太郎』に」


 見坊殿は相変わらずの糸目で、優しく微笑みながらうんうんと頷いた。この人、どっちかっつうと物語を書く方より、物語に出てきそうな方だけど。昔話の坊さんみたいだし。
 一段落ついて茶を啜ると、鉄瓶を掛けていた火鉢からぱちっと炭の音がした。ヒビ入った隙間が赤々と燃えている。


「そういえば……」


 じっと火鉢の中を覗き込んで、熱気でゆらゆらと揺れる炭を見詰める。赤い。普通、赤いよな。


「川辺の焚火の炎が、なんだか白く見えた気がするんですよ。俺、赤火砲を使ったつもりだったんですがね」

「有り難いものは神々しく見えるものです。危機にあって、まさに命の灯火となるその火が、貴方の目にはとても美しく映ったのでしょう」

「そう……ですかね。うーん……うん、そんな気がしてきました」


 それからは、ちゃんとほっこり温まってから床に入ったのだが……翌日の俺様は、やはり風邪を引いてしまっていたのだった。

風の噂の寒太郎


 ♪北風〜小僧の寒太郎〜\カンタロー/
 ……はい、こちらは時系列で言うとこのほの本編の第6話『白焔と左の片翼』の一ヶ月くらい前のお話でしたとさ。この寒太郎、太郎とつく癖に正体は女性のような気がしますがね。さて、あの有名な演歌風の童謡が世に初めてお披露目されたのは1972年末頃だったそうです。今の季節になるとつい口ずさみたくなりますね。『寒太郎』という語自体は歌ができるよりずっと昔から存在し、寒冷な地方で“寒さを擬人化”したのが始まりだとか。いいですね。そういうの、筆者大好きです。
 小椿視点で小話書くなんて我ながら物好きだなぁ。でもここの拍手シリーズ、一人称視点が難し過ぎる山本総隊長と草鹿副隊長以外はコンプリートすることを目指していますので!今後も何だか珍しい方にも語り手になってもらいますとも!

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5/12/70
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