2021/6/30〜7/31
語り手:市丸ギン



 道沿いの瑞々みずみずしい草むらから、小さな緑色が飛び出してきた。そいつは緩やかに落ち窪んだ水溜まりのど真ん中へと落っこちて、ささやかな波紋を作った。降りしきる雨が上書きするように続いていく。

 その水溜まりはおっきめ。ボクなら飛び越えられないこともないけど、普通に歩いてたら流石に迂回するような泥水の楕円。その縁を半分なぞって進むさなかにも、緑色はまだそこにいた。……いつまでじっとしとるん。早いとこ行ってもらわんと、足だした先に飛ばれたりしたらかなわん。踏むんも泥ねるんも嫌。履き物新調したてやし。
 気になって、緑色に目を遣った。するとパッと見では雨蛙やと思とったのが、実はバッタやった。普通、虫って濡れるんはきろうとるんと違ったやろか?自分で飛び込んでおいて溺れるとか間抜けやん。なんでこんな雨ン時――……

 そんなら自分こそ隊舎にでもいたら、って?そうやね。

 この辺りは瀞霊廷内にしては長閑のどか田舎いなか染みたとこや。十三番隊宿舎の裏の柵やら丘越えて、ちょっと歩いた先にある。風情ある水車小屋とその隣にある曲がり屋は築大体七十年。茅葺の軒下には、縁台に腰掛けてまったりおやつと洒落込む人がいた。名前を呼んだら、彼女もボクの名前を呟くように呼んでくれた。


「……やっぱりまた来た」

「待たせた?」

「べつに待ってません。……御用は」

「傘、返しにきた」

「毎度どうも、こんなお天気に態々」


 差してきた傘を閉じて壁に立て掛けようとしたら、彼女は首を振った。何事かと彼女の視線を追ってみれば、上に燕の巣……ああ、毎年来るうとったっけ。こらふん降ってくるわ。次に傘開いたら悲惨なことになるわな。巣から離れた所に改めて立て掛けると、彼女は頷いた。
 おやつが載った黒い丸盆を挟んで彼女の隣に座る。「雨の日はいつもおやつもお茶も多めなんやね」なんて指摘するような無粋な真似はせんでおこ。


「……おもち食べます?」

「毎度どうも、いただきます。夏におもちねぇ」

「白あんとさくらんぼが入ってますよ」

「へぇ……これも?」

「そうです、都さんのレシピ」

「……あれ?ここで作ったんやんな?……一人で餅いたん?どうやって」

「それは秘密です」


 あーあ、得意そうにして。そういう風に笑う時やたらイキイキしよるし。ボクが作り方想像できひんのがそんな面白おもろかったん?……ん、コレうまい。


「うまいわ」

「お口に合ったなら何より」


 ……不意に表れるそっちの笑顔には弱い。さり気なく顔を背ければ、その方には紫色の花々がよく望めた。先週よりも咲いている数が多い。


「アレ何て花やったっけ」

花菖蒲はなしょうぶ

「そうや、そうやった。五月に風呂に浮かべるのとは別って聞いたんやった」

菖蒲あやめと間違えましたよね」

「掘り返さんといて」

「まあ似た仲間ですし。恥ずかしい間違いではないでしょう」

「そもそも漢字一緒って何やの?ややこしすぎん?」

「文句なら飛鳥か奈良あたりを生きた人にどうぞ」

「誰?……総隊長?」

「もしかしたらそうかも」


 その後も取り留めのない会話が続いた。何気ない時間をのんびり共有できる相手とか、もうキミくらい。


「そろそろおいとまするわ」

「まだ降ってますよ」

「傘、貸して」

「……はいはい、どうぞ」

「そのうち返しに来るな」

「お気を付けて」

「うん、また」


 キミも、もうボクくらいになったらええのに。変わらんなァ。

雨燕 降る水無月の 花菖蒲


 またも超・先取りでお送りしました。二人の関係に何があってどうなっていくのかは追々本編にて。いつになるやらですがいつかには。
 タイトルは古今和歌集収録の『郭公ほととぎす鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな』のもじりです。そして話中の場所はseason3の9月の清音さんのお話に出てきたのと同一です。但し年は今回の話の方がとっても後です。
 ここ二ヶ月ほどは本編次回更新予定の京楽さんの過去回想の執筆の他、何故か第二章に纏わるネタがどさどさ頭の中に降ってきてそっちのプロットを足したりしていました。……あとはとうらぶに出戻りしたりスイッチソフト体験版巡りしたりキングダム観たりも。

prev - bkm - next
12/12/70
COVER/HOME