2021/7/30〜8/31
語り手:朽木ルキア



 照り返る日射、踏み鳴る床、弾かれたような蝉の声。

 握る汗と木刀。切れる息と空気。
 水が飲みたい。酸素が足りない。

 何度繰り返したことだろう。幾日そんな風に過ごしただろう。おかげでこれほどまでに細かに、密に、色も匂いも覚えている。音や熱さえ思い出せる。

 今思えば有り難かった文月の情景。
 或る末日、夏真っ盛りの日盛りに、戸窓全開でも蒸れる道場の梁はりの下にて。


――――――


 海燕殿の一振りは、私の右耳のすぐ側そばを通ってスパッと鳴る。まさに紙一重、しかしここで「躱かわせた」と驕おごってはいけない。海燕殿は私が躱せるか否かの境を見切って、そこを的確に突いてきているだけなのだ。つまり、本気になられたら私など一瞬で畳まれるのだが……一応これは試合ではなく稽古であるからと、それなりに保もつように手加減されている訳である。

 体勢が崩れたため仕切り直しを図るも、海燕殿の流麗な攻撃は止まない。退がって取った間合いは間もなく詰められてしまう。剣先で「乙」の字を書くようにして左から右へ薙ながれ、そして下から上へ払われる。初撃は何とか受け流せても二撃目は全く追い切れず、私の木刀はまんまと宙へ飛んでいく。


「っあ!……ま、参りました……」

「おーなんだなんだ!もうちょい粘れ!」

「限界です……手に力が…入らなくて……」

「……仕方ねぇなァ。剣技がどうこうはまだまだ、握力と持久力が当面の課題だな」


 ガランと派手な音を立てて落ちた木刀を拾おうとしたところで、私は出入口にある人影に気付く。視線を足元から徐々に上げていけば、一人は冷たい麦茶を載せた丸盆を持ち、一人はスイカが丸々閉じ込められた氷塊を持っている。こんな場合、得てして変てこ氷菓の方があの人なのである。


「そろそろ休憩なさいな、暑さで倒れちゃうわ」
「お疲れルキアちゃん!差し入れ持ってきたよ」

「都殿、沙生殿!」

「二人ともどうもな!んじゃどれ、少し休むとすっか」


 皆でいつもの縁側に移り、庭園を眺めつつ腰掛ける。そう都合よく涼しい風が吹いてきたりはしないが、近くの小川を流れる水の音は雀の涙の清涼感を演出してくれるのだ。
 さて、ここで海燕殿と沙生殿の間に座ると軽妙な掛け合いに挟まれて大変なメンドクサイことになるので、都殿の隣に行くのが正解だ。とうに初回で学習済みである。


「で?また今日は一段と変なの持ってきてんなぁお前、冷凍葛餅くずもちかき氷に冷凍羊羹ようかんバーときてなんでスイカ丸々よ」

「スイカなら凍らせるだけでシャーベットみたいになるかなーと……」

「そりゃ分かるがどうやって食えと」

「当然、切ればよろしいのでは」

「いま切るモノ持ってんのって――やだ俺やだぜ!他より血ィ吸いまくってるオメーの斬魄刀で切った食いモンとか!」

「え〜手入れはちゃんとしてますよ……しかしコレ、本当はちゃんと切ってから凍らせてもらうつもりだったんですけどね」

「あん?あのチビ助とうとう反抗期か?」


 海燕殿の言うチビ助とは、氷雪系最強と名高い斬魄刀を持ち、天才児だと専もっぱら噂の十番隊隊士のことだ。私より後輩でありながら既に上位席官である彼は、沙生殿と「負けたやつは勝ったやつの言う事を何でも一つ聞く」という約束をしたうえで何度も手合わせをしているらしい。しかし未だ彼女に黒星が付いたことはないと聞く。
 彼女が結構な頻度で不思議な氷菓を持ってくる理由を直接尋ねたことはないが、凡およそ察せられるというものだ。


「反抗期……いや、単に拗すねているというか……あっ。海燕さん、あっちの金魚草はえてる辺り、沢子つやこが通っていきませんでした?」

「何だと!?丁度いいや、あいつの斬魄刀借りるか!おーい南舘みなみだて〜!!」


 海燕殿は慌ただしく立ち上がり、庭の奥へ走っていく。都殿は「あらあら」と楽しそうに笑って、沙生殿は私と目を合わせてどこか得意気に笑う。
 三人とも私の憧れ。心から尊敬できて、大切で、護りたかった人たち。


「ねぇルキアちゃん。明日の西流魂街の花火大会、一緒に行かない?」


 ――はい、もし行けたら――。 


 一緒に行きたかった。曖昧に濁したりなんかせず、兄様の顔色を窺ったりなどせず、勇気とも呼べないほど小さな勇気をもって、一緒に行けばよかった。どんなに後悔しても、もうあの時に戻ることは出来ないのだ。
 ほんの少し何かが違っていたら、嘗かつても今も、大切な人たちと花火を見られたのだろうか。


――――――


 瞼の裏に焼き付いている夢なら、瞼を開ければ覚めるのが条理。今の私は狭い牢の中に一人。ぽつんとある丸い透かし窓の向こうでは、今にも消えてしまいそうな微かな星明りが瞬くばかりだ。花火は見えない。明日もここからでは見られないだろう。
 夏の思い出を一つ欠いたまま、ただ瞼の裏の夢を見て、殛刑の日を待つ。

夢幻灯むげんとう


 明日八月一日は、空座町では小野瀬川周辺で花火大会が催され、『このほの』に於いては西流魂街名物志波の花火が打ちあがる日です。それらに因みまして原作8巻らへんの六番隊舎牢からルキアがお送りしました。
 単行本オマケコーナー『RADIO-KON★BABY!!』通称『ラジコン』第1回では獄中中継とか繋がっちゃってますけど、あれはギャグ時空!なので!(本来)何もない牢でルキアは何を想っていたのでしょうね。
 私は人混みがとても苦手でイベントの現地参加は避ける傾向が強いのですが、お祭りのわちゃわちゃ感は好きです。人と声が賑やかに行き交って、暖色のほの灯りがあちこちで揺れて、みんな笑顔で。あーあ、何のしがらみも制約もなくお祭りを楽しめる世の中が早くやってこないかなぁ。

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11/12/72
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