2021/8/31〜9/30
語り手:阿散井恋次



「ただいまー」


 その夕は、いつもとはどこか違った声色だった。


「おう、おかえり」


 いくら娘相手とはいえ第一声から「どうした」と訊くのもアレかと思い、いつもと同じように言って迎える。高い位置で葉蘭ばらんのように結った赤髪は、少し昔の俺と瓜二つだ。ただ、伏目にうれいをたたえた様は、俺というより――。


「あの、父様……あのね?えっと…」

「元気ねえな。今朝は隊長ンとこ遊びに行く〜つってご機嫌だったろ?楽しくなかったか?」

「たっ、楽しかったよ!一緒に隠し扉探しとかして、おやつもスッゲ〜〜うまいの出たし!」

「良かったな〜でもじゃあ何だ?まさか……なんか高価なモン壊しちまったり!?ヒェ〜ッ」

「してないッ!もう!してなーい!も〜!」


 何とも大袈裟に某・叫びのポーズをとって言えば、苺花は小さな拳で俺のももをぽかぽかと殴ってきた。演技力皆無の判を押された俺のフリでも、娘にはまだ通じるらしい。
 痛くも痒くもない可愛い攻撃を甘んじて受け続ける。暫くすると気が済んだのか、攻撃は止んだ。しかし代わりに俺の袴をぎゅうと握り込んで離れない。


「この父様に何でも言ってみろ。ちったァ気も晴れるかもよ」

「……バカにしない?」

「しないしない。約束する」

「うん……あたしね、おばけ・・・、見たの」


 予想だにしていなかった内容に思わず言葉を失った。俯いている苺花からは俺の間抜けな顔は見えてねぇ、よし。
 何も知らねえ現世のガキならともかく、苺花は死神見習いだ。虚のことならちゃんと解っているし、ああいうのを『おばけ』とは呼ばない。現世に行ったときに目にしたプラスもそうだ。別に怖くはないと知っている。


「おばけねぇ……あー、どんなのだ?」

「……女の人。皆とそう変わらない恰好してた」

「じゃあ普通に死神なんじゃねぇか?」

「違うよ!死覇装っぽいけど黒じゃないの!……白かった。ぜんぶ白いの。それにその人、体が透けてて……向こうの景色がぼんやり見えるの」


  誰しも尸魂界こっちに来た時点で足先だけ無いとか透けてるなんてことはなくなるはずだ。何かしらの術か、見間違いか。


「お前もしかしてアレか、最近テレビで現世のホラー系のなんか観たせい…」

「も〜!バカにしないって約束したじゃん!いいもん、父様が信じてくれなくてもおじさまがいるもん!」


 苺花は腕を組んで外方そっぽを向いた。俺より隊長が良いとは(言っていないが頭の中で自然とそう変換されたので)全く以て聞き捨てならない。つい大人げなくなる。


「じゃあ今の隊長にも話したのか?そんでおばけを信じたって?あの堅物たいちょうが?」

「信じたも何も、おじさまもあたしと一緒に見たんだから!」

「なにィ!?」

「あたしがびっくりしてたら、おじさまったらしみじみと『……何度か見たことがある』って!」

「え〜っ!?」

「でね……そのときのおじさま、何だか……その……」


 今度はフリじゃなく思わず両手を挙げて驚いていたら、苺花は急にシュンとした。語気もしょぼしょぼと弱まって、その辺で鳴きだした虫の声より覇気がない。


「すごく寂しそうで……それなのに笑ってて……あたし、見てて胸がギュッって苦しくなっちゃったの。『あれは不意に現れては消え入るものだ』って、教えてくれたんだけど……」


 どうにか聴き取ろうと、屈んで苺花の口元に耳を寄せる。


 ――おじさまの方こそ、消えちゃいそうで。


 細い声を聴いて漸く察せられた。謎のおばけの存在よりも、そっちの方がよっぽど怖かったんだろう。
 あの隊長をそんな風にさせられるのは誰かといえば、俺の知る限りではまずあの人だ。

 ……ああ。そうかそういうことか。

 そうだとしたら、嘗て俺もそのおばけを見たことがあったのかもしれない。あん・・なの・・、ずっと夢か幻だと思っていた。酒で浮かれてふわふわになった頭が都合よく描き出した夢想だとばかり。隊長は何度も見てたってんなら、俺にも教えてくれりゃあ良かったのにな。

 結婚式の日の夜に祝いに来てくれたあんたは、本物だったんだな。


「ッハハハ!は〜……大丈夫だ苺花。隊長は消えたりしねえ」

「……本当に?おばけの人に連れて行かれたりしない?」

「しないしない。こればっかりは隊長が待つって約束してんだ、間違いないぜ」

「? どういうこと?父様の言ってることよく解んないんだけど」

「隊長はな、ある人を待つ約束をしてる。その人がちゃんと『ただいま』って隊長の元に帰って来るまで、勝手にどっか消えたりしねえんだよ。絶対にな」

「ふぅん?……ま、おじさまなら約束は破らないよね」


 「父様は駄目だけど」という心の声が言外に伝わってきて心外だが、さっきの遣り取りがあるせいで何も言い返せない。猛省。


「そのおばけだって悪さなんかしねえぞ。隊長もそういう心配はしてなかったろ?」

「……うん」

「まぁソイツはおばけっていうよか、神様だろうけどな」

「え?なに急に……この世界に神様なんているの?」

「ああいるぜ?俺もそうだしルキアもそうで、苺花もその内そうなる」


 苺花はまるで頭上に「・・・」が浮かんでいるみたいだったが、少しして「ああ!」と声を上げて納得した。俺の言いたいことはちゃんと伝わったらしい。得意になって、つい口角が上がる。


「やっぱソレ、普通に死神なんだろうよ」

待ち人の陽炎


 先日ジャンプ本誌にBLEACHの読切が掲載されましたね!それに触発されまして、原作最終回より後の時系列を想像して書いてみました。『このほの』の最終回は千里先ですけれども。
 当初は苺花ちゃんに語り手を担って貰うつもりで書き始めたのですが、私が彼女のキャラをまだ掴み切れていないなと感じたので断念しました。登場する場面もまだまだ少ないので、読み込んでも限界が……う〜ん斯くなる上は完結詐欺大歓迎!ちゃっかり新章もしくは第二部または続編の新連載なんてどうでしょう先生(只々読みたいだけ)!!
 今年も夏が終わります。苺花ちゃんの夏休みはどんなものだったのでしょう。一角師匠と仲良く喧嘩しているところをもっと見たいです。

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10/12/70
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