2021/9/30〜10/31
語り手:阿近



 目的地近辺に到着。人の目がないかどうか今一度確認する。
 ――異常なしオールクリア。とある鹿の輝板タペタムがこんな夜の底でも光っていること以外は、何も。

 西流魂街の山間部は周囲に人里もなく清閑で、草木はここぞ楽園とばかりに生い盛っていた。紅葉は遅れているようだが、茫々ぼうぼうたるすすきづらがもう仲の秋だと吹聴してくる。
 その中をガッサガサバッサバサと掻き分けて進み、俺は一人御苦労なことに種まみれになった。他人から見ればいい笑い者だろう。くっ付いた種を除ききれないと「どこ行ってきたんだ?」と怪しまれるオチになる。明朝出勤前は姿見要確認だ、足が付くのは絶対に避けたい。

 ――コレか?……コレだな。

 地層観察向きの岩壁に突き当たった所で注意深く足元を見てみれば、草陰に目当ての横穴があった。……膝を抱えるようにすれば……まぁ、通れるか。俺でもギリギリという狭さで大丈夫なのかと思ったが、この隠し場所を作った人の小柄さを思い出して納得する。
 屈んで歩を進めて程なく、真っ直ぐ立っても頭をぶつけない広さの空間に出た。一見、無駄足かと思わせるような伽藍堂だが……さては、ここであの解号の出番だとでも?


――――――


「いいか阿近、思いっきりやれよ?壁の窪みに拳を突き付けてこう叫べ!
いざ開け秘密の扉!緊褌一番きんこんいちばんヒドゥンゲート!!開っ☆門!!」

「さっき同じ口で『くれぐれも隠密に』とか言ってませんでした?」


――――――



 やりませんよやるワケないでしょうが。どうせやらなくても開くに決まってる。それで後から「マジでやったか〜」って馬鹿に……違うか、あの人の場合「ノリいーな!ハハハ!」って褒めてきそ……いやいや、だとしてもやらねぇって。
 案の定、壁の窪みに拳を押し付けていれば黙っていても隠し岩扉は開いた。登録者の霊圧を感知識別する類の仕掛けだろう。待ち時間が三十秒弱と妙に長めなのは、やっぱり言わないと開かない……と思わせたいって所か。そんな悪戯心ばっかり誰かさんに似なくていいのに。
 露わになった殺風景の奥には、アンティークな壁掛け式電話機のみが備わっていた。少し昔の西梢局由来というそれは、道楽でガワだけ似せた中身最新鋭の通信機らしい。しかし、掛けて繋がる先は一つ。

 チリリリリリリ、

 丁度良くささやかにベルが鳴った。心に焦燥はなく、心臓は早鐘を打つという矛盾に浮足立つ。成程、『緊褌一番』。変な時に的を射なさるんだから、まったく。静かに深呼吸してから受話器を取った。


「もしもし」

[……あれ?…えっ、……ええ〜!?えぇ……]

「どうもこんばんは。具合とかどうです?声からするとお元気そうですが」

[あ、ウン、元気ニ、ナッタ]

「カタコトに聞こえますがそれは何よりでした」

[う゛………ねぇ、なんで……話どこまで聞いちゃってる?]

「こうして連絡役を代わってもらえたくらいですから。お察しの通りかと」

[……君って大概、危ないことに首突っ込むの好きね]

「貴方には負けます」


 はぁ、と諦めたような沙生さんの溜息が優しい震動となって耳を擽る。「困った子」とか思っていそうだが、こちらは今までに何倍同じように思わされてきたことか知れない。差し引き負、よって譲歩はそちらがすべきだ。困った人。


「こちらは『目立った動きなし』との伝言です。そちらは?」

[……変わらず潜伏続行します。それと…それから……]

「言いづらい事でも何でも聞きますよ」

[……もしワクチンを少量でも作れるようなら頼みたい、と]

「それは――それは俺じゃないと流石に難しいでしょうよ。首突っ込んで正解じゃないすか」

[でもそっちで作るっていうとつまり、局長さんに捕まった人達の……]

「あー……俺もあの大喧嘩に立ち会った身ですから。貴方が滅却師クインシーの件をどう思ってるかは解ってるつもりです」

[……ごめん]

「それはもういいんです。……それでも言いますよ。どうにか用意するんで、ちゃんと受け取ってください」


 彼女は押し黙る。無音が辺りを制すかと思えば、耳は聡く微かな息遣いすら拾った。……こうして言い合っておいて今更だが、嗚呼、生きてんだな。それが分かってやっと生きた心地がしている。彼女の消息を必死に探っているやつらには悪いが、俺は一足先に安息を得た。付きが回っている。下手を打てば即始末されかねない危険な役目を進んで買ってこんな風に思えるとは。我ながら俺ってやつは、正気じゃないわな。


「昔からずっと言ってたの覚えてますからね。『死ぬ訳にいかなくなった』って」

[……その辺の話はもしかしたら君が一番聞いてくれてたかもね。そして驚く勿れ、あれから随分経って蒼純さんはなんと来月で七十一回忌を迎えます]

「そんなに経っても悼んでもらえるなんて果報様ですね。人間じゃそんなの名だたる将軍か文豪くらいじゃないすか」

[わたくし共はとっくに人間やめてる死神なので。しかもこの頃は死神もやめそうなところでして]

「どういうつもりの冗句ですかソレ。異端だとでも断じられたいなら相手をお間違えですよ。俺が何処から這い出てきた身か、忘れた訳でもないでしょう」

[阿近くん……]

「はい、だからこの話は終わりで」


 お互いにハイったらハイ、と苦笑する。苦いものとはいえ、久し振りに笑えてそこそこ気分が良い。


「沙生さん」

[はいな]

「そろそろ『くん』取っ払ってくれてもいいんですよ」

[それ前にも言われたことあったね。私からすれば阿近くんは“阿近くん”なんだけど……金矢にだってずっとそう呼ばれてるでしょう?]

「貴方の『くん』はどうも子ども扱いが滲んでる気がするんで」

[それは……否定しきれないかなぁ。だってこんな・・・だった時から知ってるし]


 空いている手で『こんな』と小ささを表している彼女の様子が容易に想像できる。しかし貴方、さっき自分で言ってたでしょうが。『こんな』だったのなんて七十年前どころじゃないんですがね。


「少しは頼りがいも出てきたはずなんすけど」

[ふふ、何を言うかと思えば。君は頼れる人だよ、初めからね]

「……アー……落として上げるタラシあんたはまたすぐそう……」

[ん?]

「いえ結構、聞いてくださらなくて結構です。どうせ小さいことなんで」

[そう?……でも改めて思い出してみると、阿近くんだいぶ背が伸びたよね。私は全然なのに]

「今後もその調子でお願いします」

[えーっ]


 せめて身長くらいは追い抜いたままでいさせてくださいよ。そんくらいバチも当たらんでしょう。
 さて、そろそろ切り時だろうか。積もる話はあれど、忍んで帰るためにあまり長話はしていられない。


[阿近くん]

「なんすか」

[……巻き込んでごめんなさい]

「……寧ろ俺の方から巻き込まれに行ったんで、謝られると身の置き所がなくなります」

[そうなの?]

「はい。もし聞きたければまた今度に」

[……じゃあまた今度、聞かせてね]

「精々退屈させないように台本を練っておくとしますよ」

[嘘は混ぜないでよ?]

「その点はご心配なく」


 嘘は得意ですから。それこそ息をするように、見抜かれないように吐かせてもらいますとも。
 貴方が何と言おうと、どう思おうと、呼吸を続けて貰うために。どんなに苦しくても。俺は俺のために、貴方のためだとうそぶこう。

雲行きは如何ですか


 改めて読切を再読して考え出したら地獄も双魚も謎だらけで、而してなにも察せられない訳ではなく、考える侭にあっという間に随に余暇も名月も流れていきましたとさ。
 阿近さんの技、なに?何なので?麻雀に関しては素人もい〜い所でして、識者様の考察も単語に用語からして意味がうまく解けず謎が謎を呼びました。結局謎、という杳として答えにもならない解しか用意し得ておりませんが『ロン』がカッコイイのは異論なしです。武闘派でない彼に更なる戦法を披露してほしい欲の請い、いつも通りモニターとにらめっこ連戦再開して怪我してほしくない故の古意とがぶつかり合い、私の脳内討議だか闘技だかは連日連夜不朽不滅に繰り広げられて何だ何を述べたいのかと申しますと、“何も言えねえ”のでした。
 因みに今月のお礼文はそれらの葛藤には因まない『このほの』本編先取りの一巻きをお送りしました。以上、筆者の異常な混乱っぷりを晒して幕としましょう。

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9/12/70
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