2018/8/1~9/3
語り手:綾瀬川弓親



 ぱっと開いた、夜空に咲いたあかいはな。

 僕らを照らすのは刹那のときだけ。あの花はすぐに燃え尽きて、散って、地に落ちてしまう。

 花火というものは次々と打ち上げられる。それはまるで、「散った花なんか忘れて。さあ、こちらをご覧。」と誘っているかのようだ。消えたものから意識を逸らし続けて、最後の一つが打ち上げられた後には、これまで誤魔化してきた寂しさがまとめて押し寄せるというのに。

 そんな風に言ったら、「酷なことを」と思うだろうか。「儚いからこそ」と思うだろうか。――いや。純粋に祭りを楽しんでいる君に、態々そんなことは訊くまい。

 僕は、そうだな。美しいと思うよ。きっと君だってそうなんだろう。散るところも含めて、美しくて情緒があって好きだと言っていたじゃないか。確かこれは、一年目の桜を見逃した君の台詞だったはずさ。桜も花火も同じなんだよ。僕らは一瞬の栄えに目を奪われ、散りゆくさまに思いを馳せて、消えた後はすっかり忘れるんだ。また次の栄えの季節が巡るまでは。

 もし季節が巡らなくなったら、忘れたままかもしれないね。それとも、忘れないでいるためにそこで立ち止まるのかい?


「綺麗だったね。それに楽しかった!もう、今から来年が待ち遠しいや」

「結局、今年の祭りもこの四人で来るとはなぁ。お前らコレいねぇのか?」


 志波副隊長は小指を立てて、くいくいとそれを振る。にやけた緩い顔が若干むかつかなくもない。断っておくが、決してソレがいないからとかいうんじゃない。ないったらない。


「いねーっすよ、そんなモン」

「というより、志波副隊長は奥さんとじゃなくて良いんですか?」

「いいんだよ。都は庭でやる花火のが好きだからな。また今度の休みにやんだよ」


 人混みはすっかり捌けて、熱気も霧散した。少し肌寒いくらいの風が通り抜けていく。帰りの畦道には彼岸花が群生しているが、今は茎と葉だけだから気に留める人は少ない。これらが花を咲かせるのは、あともう少し先のことだ。


「でも毎年毎年、私たちとっていうのも……来年は都さんと二人で来たらどうですか?」

「んー、どうだかな。あいつ人混み好きじゃねぇって言うし。つうか、今更過ぎねぇか?」

「沙生も異動したっていうのに、何だかんだ僕らと来るよね」

「良いじゃないさ、もう夏祭りといったらこの面子じゃないとしっくりこない感じがする」

「おうそうだそうだ、俺もそんな感じ。この四人じゃねぇと祭り来た!って感じがしねぇ」


 それはそうだろうさ。僕、一角、志波副隊長、沙生の四人で初めて祭りに行った年に現世で生まれた人間は、もうそろそろ高齢者の仲間入りをしようっていうんだから。任務やら雨天中止やらで欠かさず毎年これたわけじゃないけど、もう殆ど決定事項みたいなものだ。待ち合わせしないでばらばらに来てみても最終的には揃っていた、なんてこともあった。


「ぶっちゃけ俺もそんな感じしますね。弓親はどうだ?」

「……そうだね。また来年も、四人で来よう」



――――――



 ――これが、最後の四人の夏だった。

 「酷なことを」と思うだろうか。「儚いからこそ」と思うだろうか。今こそ君に訊こう。君の季節は、ちゃんと巡っているかい?

 忘れたくないのなら、ときどき振り返ったらいい。我武者羅に先に進むことばかりが正解じゃないんだ。ずっと立ち止まってはいけないけれど、それくらいなら誰でもするものさ。

 彼岸花が咲いている。あかいはなが咲いている。どうか君が、そこから立ち上がれますように。

あかい火が落ちて、夏が終わる


 6/27のブログ記事でも触れた弓親のキャラテーマ曲を聴きながら書かせていただきました。これを書いているとき『このほの』はまだ15話ですが、この拍手文はずっと先の時系列を先取りしています。いつか本編の二章で『彼岸花』をタイトルに含むお話が更新された際には、この拍手文のことを思い出していただけたらと思います。
 私の地元でも先日、花火大会がありました。暑い夏は嫌いですが夏の風物詩は総じて好きです。まだまだ全国的に酷暑が続き、クーラーの酷使も続きますね。くれぐれも熱中症にはお気をつけください。

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10/12/70
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