2021/10/31〜11/30
語り手:黒崎夏梨



「焼き銀杏ぎんなんの季節じゃん!?」

「はいはい、そのくさいの外に置いてきてくださいね。話はそれから聞きます。……というか『焼き』限定なんです?」


 インターホンが鳴って来客を出迎えること本日二度目。ヒゲ親父はヒッドイにおいが漏れているぱんぱんのビニール袋を掲げながら冒頭の開口一番。動じることなく応えたお姉さんが何者なのか、あたしにはよく分からない。でも実は何も知らないわけでもない。というのも、一兄と仲良さそうに話しているところや、一緒になって化け物退治しているところなら見掛けたことがあるからだ。現代人にしては稀有にも着物に袴を着こなし、大振りの黒檀こくたんの杖だって様になっている。
 ヒゲはシュンと肩を落とすと、出しっぱのサンダルを履いて悄悄すごすごと出ていった。どうにもウチのヒゲの扱いに慣れているように見える。困惑を隠せずにいたら、お姉さんと目が合った。するとにっこり優しい眼差しになって、こんなことを言ってきた。


「夏梨ちゃん!大きくなったねぇ・・・・・・・・


 短い台詞だが、様々なことを暗示している。頭の中を掘り起こしてみれば確かに、うすぼんやりと、このお姉さんを懐かしいと思えてくるから不思議だ。
 取り敢えずリビングに通してお茶の用意をする。遊子は買い物に行ってるからあたしがやんないと。……お茶ってどこにあんだっけ。


「やぁ真咲ちゃん、相変わらずまぶしいね」


 あっちこっち棚を物色していたら、微かにお姉さんの声が聞こえた。台所からひょっこり覗き見ると、特大遺影のお母さんに負けないくらいの笑顔で向き合っていた。お母さんの友達なんかな。それにしてはずいぶん若く見えるけど。


「夏梨ちゃん、もしかしてお茶とか探してる?」

「あっと、おぅ……ハイ」

「敬語は別にいいって。楽に楽に。……一緒に探してもいいかな?」

「うん、じゃーお願い」

「ありがと。えっと多分ね、ここらに……」


 そう言って隣に来たお姉さんは、あたしだとまだ手が届かない吊り棚を開けた。そこだと遊子も踏み台に上らないと届かないし、違うと――


「お、あったあった」

「……マジ?」

「あら、でもコレ切れてるや。二ヶ月……ん〜封は切られてないし、まぁ大丈夫でしょう」


 そういうとこ意外とゆるい方の人か。あたしもそんくらい気にしないし別にいい、というか助かる。食器棚から二人分のカップを取り出したとき、ちょうどヒゲが戻ってきた。手は外の蛇口で念入りに洗ってきたみたいだから及第点。じゃなきゃ今頃ケッ飛ばして追い出している。結局あの超臭い物体っていったい何だったの。


「ただまーってあ!それ俺とっときのイイお茶!」

「賞味期限切れてましたよ。ゆっくり一服する暇もなかったんですか?」

「あー……まぁ結構忙しくてだな……」

「あ。そういやそうでしたね、皆が現世コッチ来た頃から都合よく学会入りまくりだったんでしたっけ」

「含みが!多大!」

「逃げてもどうせバレバレだったのにね」

「マジ!?それちょっと後で詳しく!」


 やっぱくだけてんな。共通の友人、ってやつか?そういや聞いたことねーけど、親父とお母さんの結婚式ってどんなのだったんだろ。
 曰くイイお茶のパックにお湯を注ぐと、上品な甘みがほのかに香った。ヒゲのやつめ、一人隠れてこんなシャレたの飲んでたのかよ。あたしはそんなに好みでもないけどさ、一兄と遊子はまあまあ好きそうじゃん?……とかそんなことを考えていたら、すっと差し伸びてきた手によって目下に並ぶカップが三つになった。


「夏梨ちゃんも試しに飲んでみない?これ、真咲さんも好きだったんだ」


 ヒゲとお姉さんの分を用意したらここから退散するつもりだったのが見抜かれてたっぽい。読んだ空気は見当外れってことか。ぶっちゃけ二人がどんな話をするのか気になるし、いてもいいなら遠慮なく。という訳で勧められるまま自分の分も淹れた。


「さて。それで?あの山盛りの銀杏はどこから?」

「そ〜よ聞いて!お前が来るちょっと前にさぁ!」


 椅子に落ち着いたばかりだというのに、ヒゲは腰を浮かせて前のめりに話し始めた。
 そう、それはインターホンが鳴って来客を出迎えること本日一度目、だった際の話である。遊子は買い物に出かけたばっかで、ヒゲは医院の方で仕事中。一兄は――眠ってる。だから仕方なくあたしが出たワケ。そしたら、玄関先にいたのは見覚えのあるゲタ帽子だった。カラクラ防衛隊仲間である雨とジン太の保護者っぽいヤツ・兼・みみっちい商店の店主。遊子はそこの菓子が安いからってたまに大量買いしてくるけど、家を訪ねてこられるような仲でもなかったハズ。
 ソイツが陽気に「どーもぉー!」とか挨拶してきた矢先に、ヒゲがスライディングで割り入って来た。焦った様子がいつもと違ってあんまりフザケた感じでもなかったの、なんだったんだろう。


――――――


「浦原てめっ、何しに来た!この時間は俺はあっちにいるって知ってんだろ!」

「いやぁーうっかり!やだなぁそんな怖いカオしなくても、ただのうっかりですよォ」

「用件は!……ってかなんかクッサ!?」

「じゃじゃーん!一心サンにはまたまたお世話になっちゃったんで、日頃のお礼秋の味覚プレゼント!ご家族でどうぞ!そんだけっスよ、んじゃじゃー!」


――――――



 ……とだけ。ゲタ帽子は異臭を放つブツを押し付けてさっさと帰っちまって、あたしもヒゲも眉を顰めて呆然としていた。そこへお姉さんが来て、この話は了。


「嫌がらせなのでは?」

「そう思うでしょ〜?」

「ハァ……しかし……ええ、あの店長が企んでいることは何となく解ってきました。夏梨ちゃん周りは暫く要警戒ですよ」

「んぐぐぅ……」


 あれ、なんかいつの間にかあたしの話になってる?なんで?


「一心さんは浦原さんと私どっちかって訊かれたらどっちを信用できます?」

「そりゃあオマエよ」

「即答どうも。じゃあ夏梨ちゃん」

「なに?」


 ヒゲとお姉さんは何やらアイコンタクトしてから、じっとあたしを見てきた。阿吽の呼吸ってやつ?ホントになんだよ。


「実は私は君と同じで、ユウレイとかが見えます」

「あ、うん……知ってる」

「「知ってる!?」」

「だってホラ、お姉さん夏休みンときに一兄とさ」

「……成程。見られていた、と」
「ナニ?俺しらないんだけど?」
「それはまあ、今はいといて」
「措いちゃうの?措かないで!」
「措きます。なら早い話が夏梨ちゃん」

「うん?」

「……もし霊関係で困り事とかあったら、私に相談してほしいな。いちばんに。いいかい?」


 お姉さんは右手の人差し指をピッと立てて、とても真剣ですよと訴えるように眉を吊り上げた。
 ヒゲが我が娘あたしらに過保護で親バカなことは一応、いいや重々承知している。関わっても良い大人を保護者として厳選する基準は割と真っ当なモノであるはずだから、このお姉さんのことは心から信頼して大丈夫ってことだろう。一方であのゲタ帽子どんだけ信用ないんだよって話だけど。


「あの人なんか前科でもあんの?」

「…………」
「…………」

「あァいい、やっぱいいよ。もうわかった、なんか」


 おなか痛いのにトイレ我慢してるとか、悪夢にうなされてるみたいな……なんつーか銀紙噛んじゃったときみたいな顔してた。この感じだとやらかしたのは一度や二度じゃなさそう。


「ところでさ、これが一番聞きたいんだけど――」

「ただいまー!」


 ギィガチャン、パタパタと音が近付いてくる。我が家の台所の主、遊子のお帰りだ。


「ねぇ夏梨ちゃん、外にあるあの臭うのって……あれ、お父さん!それにお客さんも来てたんだ。こんにちは!」

「こんにちは。お邪魔してます」

「いえいえ!あの、お兄ちゃんのお友達ですか?」

「えーっと……まぁそうでもあるかな」
「おかえりユズ!この人はだな、親戚のお姉さんだ!」

「えっ そうなんだ!」


 遊子はキラキラと目を輝かせてお姉さんを見つめている。いつだったか、「お兄ちゃんだけじゃなくお姉ちゃんもいたら、きっともっと賑やかで楽しいよね」なんて話していたこともある子だ。優しそうなお姉さんに興味津々、期待大といったところ。……にしても親戚って初耳なんだけど、ホントかよ?お姉さん何か否定したそうだぞ?


「よかったらお夕飯食べていきませんか?今日シチューだから量も間に合うし!」

「嬉しいお誘い……!でもごめんなさい、今日はお仕事の都合で長居できないんだ。だからまた今度ね」

「そうですか残念……あ、そうだねぇお父さん、外に置いてあるのってもしかして銀杏?」

「よく知ってるなぁ。そうそう、茶碗蒸しとかに入ってる」

「やっぱり!この間テレビでみたの!すっごく臭いけど、ちゃんと下処理すれば中身はとっても美味しいんだって!むいて、洗って……大変そうだけどやってみようかなって」


 へぇ、あれってそうなのか。あんな学校の便所より臭いの、まさか本当に食べ物だとは思わなかった。あれに触ろうなんて遊子は変なとこで勇気がある。しかし、意気込む遊子にお姉さんが待ったをかけた。


「む、むくの?アレを……お手々で?」

「? うん!テレビでもね、どこかの住職さん達が手でいーっぱい実をむいてたよ!」

「ひぇ、それはそれは……慣れていらっしゃったのかもね……でもやめた方がいいと思うなぁ、手袋してやっても臭い中々とれないし、人によっちゃかぶれるし……遊子ちゃんのお肌って繊細でしょう?」

「そう?うーん……でも食べてみたいなぁ……せっかくあんなにあるのに……」


 確かに遊子は肌が弱い方だし、妥当な忠言だ。歯切れの悪くなった遊子はシュンとしぼんで見える。そしてお姉さんの反応はというと、どこか既視感があった。およおよ、あわあわ、からの、


「ま、任せて!良い方法しってるから!」

「ほんと……?」


 ――ああそうだ、一兄がマジで元気ない時の親父にちょっと似てんだ。


「うんオッケー!任せて遊子ちゃん!あの臭いのは私が何とかします!という訳で一心さん!」
「なに!」
「銀杏ぜんぶ山に持っていきますがよろしいか!」
「山?……な〜るへそへそ!合点承知の助!」
「ふ、古い!久々に聞いたな……時代は平成!」
「許してちゃぶだいチョベリバアイアイサ〜!」


 ……どういう応酬?売れないコンビか?


「というか今日で一旦尸魂界アッチに帰るので、その報告に来ただけのはずだったんですけどね。じゃあ夏梨ちゃん、お茶ごちそうさまでした。連絡はいつでもお気軽に。そして遊子ちゃん、銀杏は後日一緒に料理しようか!ご招待するから楽しみにしててね、お話はそのときにまた改めて。じゃあね!」

「はーい!またねお姉さん!」

「俺にも挨拶〜!」

「はいはーい、行ってきます」

「いってらっきょ!」


 あたしも軽く手を振って見送った。ヒゲはともかく、遊子ってばほだされるの早過ぎないか?もともと人懐こい子だけども。


「……親父とあのお姉さん、どういう関係?」

「んん?言ったろ、親戚だよ。楠山沙生、俺のイトコ」


 「嘘つけ!」とか言ってたと思う。さっきのこなれた応酬を目にする前だったならば。


「そして弟子」

「はぁ?」


 お笑いの?


「……お母さんとは?」

「あいつねぇ、母さんと友達で、母さんの爺さんとも友達だったの」

「はぁ?」


 嘘か?マジか?おちょくってる?……ああ、こんがらがってきた。
 遊子は冷蔵庫に牛乳をしまいながらゴキゲンに鼻歌なんて歌っている。それから夕食を作り始める前にとるいつもの小休憩として、お茶を――ああ、いつものお茶ってそこにあったんだねぇ。今度はバッチリ覚えとくよ。

当意即妙年の功


 来月につづく。
 黒崎家がわちゃわちゃしてるところって想像するだけで楽しくなれます。夏梨ちゃんの脳が処理落ちオーバーヒート気味。本編にアニオリ全編は組み込みませんが日番谷先遣隊奮闘記あたりは混ぜこぜする予定なので、この夏梨ちゃんは冬獅郎とサッカーしてますしこれからハルおばあちゃんに出会います。
 ずっと前にブログに綴った一心さんが語った仮面の軍勢についての矛盾についてもしっかり向き合った結果が、此処は彼是上のように。詳しくは本編で追々。
 ハロウィン更新の拍手お礼文三度目の正直、お題は『カボチャ』!とはならなかった。何故か。死神がハロウィンをよく解っていないせいってことにしておきましょうか。

prev - bkm - next
8/12/70
COVER/HOME