2021/12/31〜2022/1/31
語り手:京楽春水



 やあどうも、久し振り。みんな大晦日は如何お過ごし?
 ボクはねぇ、大人しく執務室の机について、お酒じゃなくてお茶のみ飲み呑みしてるの。

 宴会をするのにいい時間になる前に頑張って仕事を片した部下たちは、そんなボクを二度見していくよ。うん、気持ちは解るさ。毎年この日は真っ先に此処を後にして遊んでるような、ちゃんとしてない隊長だもの。「えっまだいたの?なんで?」とか「湯呑の中身が実は酒?」とか考えてるんでしょ、正直に顔に出しちゃってさぁ、ボクだってたまには羽目を外すことなくきちんと一年を締め括ろうって気になることもあるんだから。
 ……嘘ですごめんなさい。白状すると、昨夜から今朝方にかけて、既にお酒でやらかしちゃったからへこんでるだけ。

 酔って騒いで記憶がトんで、とまぁここまでなら間々あるにしても……目が覚めたら硬い尸に九あんなのを枕にしていた……なんて、洒落がキツいってば!まさに悪夢。というか、夢であってくれたらどんなに良かったかねぇ。残念ながら現実だったんだよ、ハハハ。
 遠い日の、あの赤い―――いや、青かった年の瀬の悪夢に比べたら、軽く笑い飛ばせる話だけどさ。

 時はぽくぽくと過ぎていく。陽が落ち次第に影が落ち、人影は消えて初夜そやの鐘。
 ……え、もうそんな時間?ぼーっとしてたら、このまま年越しちゃいそう。どうしようかなぁ。取り敢えず外の空気でも吸って、一人寂しく家路にこうか。
 笠をしっかり被り直して、氷点下へと踏み出た。何年ぶりかな、年末ぼっち。

 しんしんと降り積もる雪。通りの石畳は月頭からずっと隠れたままだ。
 足を滑らせないように気を付けないと、と思ったら、丁度すぐそこに誰かがつるりんと滑っちゃったのであろう伸びた足跡が。ウフフ、誰だろ。

 雪は音を吸うって聞くけど、今日はやっぱり、どうしたって賑やかだ。居酒屋さんはどこも大繁盛している。左を向けば炉端ろばたを囲んで赤い顔で楽しそうに歌い踊る死覇装の団体がチラッと見えて、他人に言える立場でもないのに「ほどほどにしときなさいよ」、なぁんて思ったり。


「ん?」


 店々の先を素通りしていく最中、一瞬、視界の右端を誰かが奇妙なステップで走り抜けていった、ような。
 気になって振り向くと、すれ違った相手も少し進んだ先でこちらを窺っていた。あら。


「あ。やっぱり京楽隊長でしたか。こんばんは」


 さっきのってアレかな、噂の死神スキップ。ちょっとボクも真似できないかも。


「こんばんは沙生ちゃん。どうしたの、一人で夜道を急いだりして。宴会とか行かなくていいのかい?」

「そちらこそ、てっきり今日も何処ぞで飲んでいらっしゃるものと。私はコレ、一心さんと一緒に作ったお蕎麦を配達中です」


 沙生ちゃんは紫紺の風呂敷包みを軽く持ち上げて、フフッとはにかむ。そういえば、浮竹が今年の年越し蕎麦は凄く楽しみって話してたっけ。「お前も要るなら俺から注文しておくぞ」って言われたけど、そのときはまだ大晦日は飲みに行くつもりでいたから、断っちゃったやつ。


「そっか、ご苦労様だねぇ。うまくできた?」

「ええ、会心の出来!……のハズです。その、実は味見がまだなのでなんとも」


 今度は軽く苦笑いを浮かべて、それから「ふぇっ、……」と、くしゃみが出そうで出なかったみたい。あるある、あるよねそういうの。冬は特に。


「……失礼しました」

「気にしなさんな、寧ろボク今のでなごんだから」

「……恥ずかしいので揶揄わないでください」

「いやいや、可愛いもの見せて貰っちゃった」

「京楽隊長」


 本当のことだし、そんな風にムムッと咎められても。また和むだけよ。
 ふと、彼女の髪に目がいく。雪の結晶が形を崩さず融けないまま、白い小花の飾りみたいにのっている。よく似合っているけど、それじゃあ寒いでしょう。


「いつもの蛇の目傘は?忘れてきちゃった?」

「いえ、忘れた訳では……私が外に出たときは止んでいたので、いいかなぁと」

「この感じだと来年まで降り続けそうだし、そのままじゃ沙生ちゃん雪だるまになっちゃうかもよ」

「急いで行ってくるのでだいじょう……ちょっと京楽隊長、いいですってば」


 ちょっと惜しいような気もするけど、頭についた雪は手で梳かして払って、代わりにボクが被っていた笠をのせてあげた。慌てて突っ返そうとしてくるものだから、上から掌でぽんと抑えて、更にしっかり被せてやる。


「……酔っていらっしゃいます?」

「いいや?お酒のんでないもの」

「……そうですか」

「うん。ま、返すのはいつでもいいよ」

「……ありがたくお借りします。では、こちらはお礼ということで」


 沙生ちゃんは流れるような動作で、一つ取り出した包みをボクの懐に差し込んだ。


「いいのかい?ボク頼んでなかったのに。足りなくならない?」

「余分にありますからお気遣いなく。どうぞ召し上がってください」

「そういうことなら頂こうかな。ありがとうね、配達いってらっしゃい」

「はい。……本年は大変お世話になりました。それでは、行って参ります」

「うん、こちらこそだよ」


 ゆっくりと一歩下がって、向かい合って丁寧にお辞儀をした。離れていく沙生ちゃんの後ろ姿を何となく見えなくなるまで見送ろうとしたのに、石火、吹雪いた向こうに隠れて消えた。
 ――瞬歩の一歩目、あいつにそっくり似てきちゃって。

 冬は真っ白くて綺麗なのがいい。真っ赤な冬は、あれっきりで。

年の瀬に氷花ひょうか寒花かんかや北天の白


 とうとう更新が来年に持ち越しになってしまった『このほの』本編の次回以降の予告のような何かをお送りしました。京楽隊長の“やらかし”は拍手ログの昨年12月分をお読みになっていると恐らく察することができます。でも知らない方が幸せかも。
 タイトルが今回のものと同じく「年の瀬〜」で始まる外伝零(鷹の人に纏わる過去編)のお話もそのうちどこかで公開する予定です。今回読んで謎に感じられた部分はそちらで解決します。
 今年はあんまり更新できなかったなぁ……。しかし自分のペースで続けられる個人サイトは本当に良い文化ですね。来年もよろしくお願い致します!

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6/12/70
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