2022/2/28〜3/31
語り手:山田清之介



「おーい!急患だ、急患!誰か来てくれ!!」


 増して騒々しい声が詰所内に響き渡った。最近よく来る生傷坊主、もとい十一番隊の斑目一角で間違いない。廊下には人気が多くなってきたようだし、僕は行かなくても平気だろう。さっさと用具を片付けよう。


「おい山田、急患だとよ!俺様の手当ては終わりなんだろ?行かなくていいのかよ」

「君と似た具合のが精々三人。伊江村と御厨がいるのなら僕の手まで必要ない」

「見てもねぇのに分かんのか?」

「逆に疑問なんだけど、見ないと分からないのかい?」

「バカにすんな!!わかるか!!」


 ……馬鹿なんじゃないか。

 全身の処々に火傷、その他軽微な打撲・切傷。大前田副隊長殿は、不可思議なことにそれらを二番隊執務室内で負ったという。前に変な虚に変な技を掛けられて、と尋ねてもいないのにベラベラ喋ってきた。倒さず逃げた挙げ句報告を怠り黙っていたことを白状したのと同じだったんだけど、自覚あったのかな。しかもソレって近頃上層部が気にしている“固有能力”持ちってやつだ。
 で、すぐ其処に丁度の頃合いで急患。きっと彼に代わってその虚を倒してきてくれたんだろう。霊圧を探れば怪我人の数は把握できるし、聞いた通り痛覚と傷を共有するという能力だったなら、状態も自ずと知れてくる。

 その程度のことに頭が回らないとはね。本当にこれがあの希ノ進殿の息子で次の副隊長か。基本他所の事情とかどうでもいいけど、二番隊の先が思いやられる。


「もう帰ったらどうだい。砕蜂隊長殿はとっくにお怒りなんだろう?早めにきちんとした報告を上げないと、何らかの処分は下されかねないよ」

「お前さっきは大丈夫とか言ってなかったか?」

「別に。処刑まではいかないってだけさ」

「アッサリ言ってくれるなァ他人ひと事だと思いやがって」

「まぁ他人事だよね」

「イ〜ッ、やっぱ感じワリィ!『お大事に』ぐらい言えねぇのか!?」

「自分を大事にするのなんて、言うまでもなく当然のことだろう。君を大事にするのは君であって僕には関係ない。それとも君、人から言われないと出来ない方?」

「んぐぐぐぐ……てめえに礼なんか言ってやるもんか!あばよ!」


 フ、何を熱くなっているのやら。礼なんか・・・って、僕からすれば本当になんかだ。礼が欲しくて治している訳じゃないし、挑発にもなっていない。
 戸を乱暴に開け放って治療室を後にした彼は、足だけは速い。……痩せればもっと速くなれそうなのに。せめて一つだけの長所くらい伸ばしてみたらどうなのかな。

 夜。

 どうも今日来た患者というのが、一人は死神ではなかったらしい。それなのに斬魄刀を持っているとか、例の虚を倒したのもその彼女だったとかで、隊内でもちょっとした話の種にされていた。
 霊圧を軽く探った時はそんな風には思わなかったんだけど。僕が誤ったとは思わない。彼女は元から死神の素質を持っていた、と考えるのが妥当だ。

 ……他の隊士と違って僕は割と暇だったのに、消灯までダラダラと過ごしてしまったな。

 家に帰ろうと玄関に向かう途中、灯りが漏れている部屋があった。入室には卯ノ花隊長の許可が必要な、治療記録が仕舞われている部屋だ。気になったというのとも違うが、隙間が空いていたから中を覗いてみた。
 いたのは御厨だった。何でも手早く済ませられる残業知らずが、こんな時間まで?


「……どういう手違いをしたんだい?」

「あら副隊長、こんばんは。まだいらしたんですか。私が何か失態を犯した前提で問うのはやめてくださいませね」


 表情は普段通り、若干の笑顔。声にトゲもない。しかし言葉は飾らず、へつらいもしない。
 僕は人と話していると、煽っているつもりがなくても結果怒らせることが多いのだが、御厨はそうならない。なったことがない。殆どの者は、彼女を精神の落ち着いた大人だと見紛う。


「ふうん。なら、その仕事はこの時間でないといけなかったという訳だね」

「ええ。理解が早くて助かります」


 けれど僕はあやまたない。類は友ではないが、類は類だ。自分と何処かが似ている他人のことは、身内より余程、解り易い。
 人は僕に「人の心がない」と言う。確かに人よりないと思うから、言われて気にしたことはない。人の心が人よりないやつには、何を言ったって激情など湧かせられないのだ。血が沸き立つこともない。つまり何が言いたいかって、目の前の彼女もまたそうであるとして、僕は疑わない。


「まだ何か?こんな鍋もない所に油を売りに来られましても」

「いや、随分久しいと思ってね。君が生きてるように見える」

「いつもは死んでるようなのに、とでも仰りたいかのようで」

「ほら今も、妙に嬉しそうだ。明日は槍でも降ってくるのか」

「ご安心くださいな、いつも通りですよ。鏡をご覧になってきては如何ですか?貴方は今日もちゃんと生きてませんでしょう」

「不精だって言いたいのかい?一応ちゃんと働いたさ。給料分はね」


 人よりなくても、全く微塵も無いとまではいかないものらしい。御厨に人の心の芽を植え付けたのは曳舟隊長だった。それが今になって、幾らか育っていたのだと確認できた。
 御厨の手にあったのは、二十年以上前に自身でつけた或る赤子とその母親の治療記録だった。


――――――


 楠山沙生が此処に搬送されてから九日目。明日で退院する彼女のことを、正直言って僕はまだ帰したくない。

 何故って?そんなの聞くまでもないことだ。「完治していないから」だよ。

 御厨の腕は悪くない。卯ノ花隊長も彼女が寝ている内に何度か回道を施した。僕だって診た。にも拘わらず、虚の攻撃を受けた左足の甲にできた穴は元通りにならなかった。仮に土手っ腹に穴が開いたとしてもきれいに治せるんだ。それがどういう訳だ?

 ――左足だけ、何か違っていたりしないか?

 それでも、卯ノ花隊長がお決めになったんだから明日で退院だ。もう決定事項。僕の埒外らちがい

 夕方。

 十一番隊の平隊士が何人か、また組み打ちで怪我をこさえてきている。暴れられると面倒だ。
 先手を打って見回りして縛道を掛けた帰り、廊下の真ん中にその人はいた。


「やあ、清之介クン」

「……京楽さん」


 そこの近くの病室にいるのは――……ああ。貴方も、気になって来てしまったクチですか。つい昨日はご友人も同じ所に立っていらっしゃいましたよ。入らず帰っていかれましたが。


「お見舞いでしたら、どうぞ僕に構わず。面会謝絶でもありませんからお好きに」

「あー……いやぁ、あの子からしたらボク、まだ会ったこともない隊長、だし?」


 今から全て話してしまえばいいのに。どうせそう長くは隠せないでしょう。というか、誰も彼も、僕が彼女の正体や事情を全て承知しているものと思って話を進めてくる。卯ノ花隊長からも、御厨からも、浮竹さんからも、確たる一言は何も頂けていない身なのですがね。


「それに、浮竹だってまだ起きてる内には会ってないっていうし――」


 そのとき、病室の方から纏まりのない不恰好な霊圧がたらたら流れ出てきた。


「おやぁ?」

「……ハァ」

「あっ!ちょっと清之介クン」


 少し慌てている彼に構わず、そこの戸をガッと開いた。中の患者は驚いてこちらを振り向き、あわあわとして片手をひっこめた。見れば、ベッドの上には鬼道の教本が広げられている。


「すみません!あの、これはですね……」

「『這縄』」

「ええぇっ!?」


 問答無用でベッドに縛り付けてやった。何者であろうと、大人しくできない患者にはこうだ。


「御厨が治したんだから傷が開くこともないだろうけど、卯ノ花隊長に見つかったらこんなんじゃ済まないよ」

「はい……ごめんなさい。あの、もうやらないので」

「なら、そのままでも支障はないね。食事時になったら解いてあげよう」

「ええっ」

「安静に」

「……あ、あの……」

「安静に」

「……はい」

「うん。じゃあね」

「あ、あの!」

「……何?」


 もう出ようとしたのに、彼女はぐんと首を捻って見据えてきた。そんな目で見てきても、反省したとはまだ見做さないけど。


「……あなたが、大前田副隊長の怪我を治療してくださったという方……ですよね」

「そうだけど」

「あの……間接的に、ですけど。火傷させたのは私だったので。ありがとうございました」

「――別に。君が礼を言う事じゃないだろう」


 今度はそっと静かに戸を閉める。まだ廊下にいた京楽さんは、壁際でこそこそと縮こまっていた。それから、やや潜めた声で僕を批難してくる。


「ねぇチョット、相手女の子なんだから!」

「僕には関係ありませんよ。男でも女でも、患者には等しく接します」

「……キミってほんっと、変わらないねぇ……」

「ええ、それはどうも」


 誉め言葉としては、受け取りませんとも。

鬼縛は花に継ぐ


 彼は誰に対してもこう。まだ死神でない女の子にも、荒くれ集団の十一番隊にも。昔はきっと、赤瞳の忌まれ者に対しても。等しいとはいえ、その接し方を良しとして良いものか疑問は残りますけれど。
 これからの『このほの』本編、京楽浮竹両隊長のお次は朽木山田両副隊長のターン!……といきたい所ですが、その前にまた別の、思わぬ人が昔話の語り部になってくれそうです。

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