2022/3/31〜4/30
語り手:射場鉄左衛門



「それが十一番隊の暗黙の了解、ですか」


 楠山は酔いかけのようなとろんとした目をして、何処に焦点を合わせとるんか知れんまま相槌を打った。つっても、胼胝たこが見え隠れする手でつまんだはくの猪口は、話の始めから終わりまで余されてタプタプ揺らされとっただけ。「飲まんなら儂にくれ」とかほうカマせる雰囲気は別に醸されとらんし、ハァどうしたもんか。知っとかんと何かと困るじゃろう思って粗方雑把に教えてやったが、納得したんかどうか。色々やねっこく考えとらんか?
 こいつはここんとこ連日、「手合わせならいつでも受ける」っちゅう宣言通りに片っ端から来るもん拒まず木刀ブンブンし続けとった。じゃけぇ気晴らしにでもなればと近所にある行きつけの酒場まで連れて来たんに、今これ話すのはつまらんかったか。

 戦いはぜんぶ喧嘩。喧嘩はだるっこしいのァ抜きの力と力のつけ合い。じゃから握った武器か拳を直に叩き込むん以外は喧嘩にゃあらず、鬼道やなんやは腰抜けのやること。戦闘力や霊圧がどんだけ高かろうが、本物の喧嘩に命かけられんなら他隊ヨソへ行け――とまァ、それが今の十一番隊の隊風の土台にあるっちゅう話。
 儂はのし上がって副隊長になるためにそんなもん無視してやったわい、とも付け足したが。


「そういう事情があったんですね。私が因縁つけられる訳は『ぽっと出の女だから』というだけではなかったと」

「ア?そうゆうんも中にはったじゃろう。正々堂々りもせんのに陰で愚痴たれやる馬鹿がの」

「まぁ……そうですね。多分若干名います。ただ、ろくに取り合ったこともないので……」

「そがいな奴らはのう、大概その内いなくなっとんじゃ。虎の威を借る狐なんぞはウチじゃあ長続きせん。自分の力で戦えん意気地なしは付いて来れんようなって、出てくかそれか知らん間に虚にられるか。良くて十年持つかってとこよ」


 ふぅん、なんてまた素気すげなく応えた楠山は、とうとう猪口を箸に持ち替えよった。女将が運んできたひきの大皿にのった丸っこい天麩羅を見て「あ、ばっけ」とか謎なこと言うて、抹茶塩をちょんちょんつけては嬉しそうに頬張っていく。


「因みに射場さんは十一番隊にはどれくらい?」

「忘れた」

「またまた。忘れるほど長いんですか?」

「まぁの。今の面子めんつじゃ一番古株かもしれん」

「へぇ〜……私が初めて隊舎に来た時に『大黒柱みたい』って思ったのはアタリでしたか」

「ンな風に思っとったんか」

「はい。何か困ったりしたら、誰より先に射場さんを頼ろうって決めた瞬間でした」

「……ソレ、他には黙っとけよ。面倒になる予感しかしん」

「え?そうですか?」

「ええから聞いときんさい」


 大事な後釜が懐いてくれるんは素直に喜んどけるが、ちぃとばかし嫌な身震いもした。誰がどう思うかも定かでないにしろ、穏便にいくにはそうしとくんが正解な気がしたもんじゃけぇ。


「あの、でも……けっこう古株っぽいのに困った人がいません?」

「誰ンことじゃ」

「名前なんだったかな……短めの茶髪で、中々ガタイの良くていらっしゃる……」

亢夜こうやか?尾焼津おやいづ亢夜」

「そうそうそうです、確かそんな」

「んん、アレはのう。先々代の――隊長の頃からずっとおるわい」

「やっぱり?割と若く見えますけど、長いみたいですよね。隊士たちがあの人にペコペコしてるの見掛けたことあります」


 ある程度長くいるやつらならそりゃペコペコもするじゃろう。亢夜本人は「もう席官でも何でもねえからやめろ」とは言っとるが、それで「ハイ合点です」なんて馬鹿正直に長年のれをさっぱり抜ききる方が望み薄ってもんじゃ。去年の夏に更木隊長が剣八を継いで、一角と弓親が加わって新体制になってからも、実は密かにまだ亢夜の方を“アタマ”扱いしたがるやつらがえっと居ったりする。先代の鬼巌城の時代から入った新顔達は全く知らんじゃろうがのう。


「で、亢夜がどうした」

「えっと……その人とは別に、私と勝負もしてくれないのに馬鹿にしてきたり、嘲笑してきたり、下品な目で見てくるのが少しいるのですが……」

「誰じゃソレは、儂が畳んどくか?」

「いえ、まだ実害こうむった訳ではありませんから。もしもの時には頼むかもしれませんが……話を戻しますけど、その尾焼津という人は、ですね……」

「オウ、何じゃ。勿体つけんで言うてみぃ」

「……たまに目が合うんです。それも彼が一人で、遠くにいるときだけ」

「ほんで?」

「さっき言ったそいつらとは何か少し違って……言っちゃなんですけど、意味不明です。馬鹿にするとか、嘲笑するとか、下品なのは、私への悪感情が寧ろ解り易いじゃないですか。でもあの人の場合……」

「…………」

「只々、強く睨んでくる。どういう心情なのかまるで測りかねます」

「お前まだアイツと話したことないんか」

「一言も。というか私が近付くとあの人の方がどっか行っちゃいます」

「……ほうか」

「彼どういう人なんですか?私、嫌われてます?何かしてしまった覚えは特にないのですけど」

「アレの考えとる事は儂にももう解らん」


 どうにも私情が零れ出て、思わず投げやりな言い方をした。しまったと思ったが、楠山は儂の様子から察したのか、深掘りする気は無いなったみたいじゃった。淡泊に「そうですか」とだけ言って、今度こそは卓の端に追いやっとった猪口を拾い上げて勢いのまま飲み干した。すまんが助かる。


「さっきの暗黙の了解のことじゃがな」

「はぁい、なんでしょう」

「……今でこそこがいな形で根付いとるがの、昔はちごたんじゃ。喧嘩好きの集まりゆうんは同じでも鬼道系を貶すとかはしんかった」

「途中から貶すようになっちゃったってことですか?どうして?」

「儂が思うに、強さを種類で分けてぐだぐだ言うようになったんは、八代目が七代目を鎌鼬かまいたちでやってからで――……楠山?おい楠山」

「ひゃ〜い?」

「な……お前まさか、今の一杯だけで出来上がったんか!?」


 首まで赤らめてヘロッヘロ笑いおって、いくら何でも早変わり過ぎじゃろう下戸なら最初に言え!……と思ったが、こいつが飲んだ酒の銘柄と徳利の熱さを確認して理解した。そこそこ飲める方でも飲まれるような飛びきり強いやつ。女将め、適当に頼んだらこれじゃけぇ油断ならん。轡町にいて将の一字が付くだけあるってことかい。


「あらまあ、その子いける口かと思ったんだけどねぇ」

「阿保たれ女将!いきなり何飲ましとんじゃ儂の大事な後釜に!」

「やぁよ御免ねぇ、鉄サンが連れて来るくらいだから強いもんだと思い込んじゃってさ!」

「こいつが強いのは酒じゃのうて剣じゃけぇ!しっかと覚えとけ!」

「んまっ!その子そんなにやるのかい!?出入りの時が楽しみだねぇ、裏の爺さんにも教えとかないとねぇ!」


 女将が興奮して跳ね回る片や、楠山は見る間にふにゃふにゃにへたれた。女をここまで酔わせる趣味は流石にない。


「喧しい!ええから水!水くれ!」


 楠山の手がふらふら彷徨って懲りずに酒を引っ掴もうとするもんじゃけぇ、奪い取って芋焼酎の熱燗を一気に呷った。痛いくらいに辛いのが、景気よく喉を焼いて腑に落ちていった。

 どうにか水を飲ませて休ませても未だへにょへにょしおって、半分夢ン中いっとる。仕方ないかと負ぶって隊舎の女性棟に向かうと、渡り廊下の手前で、春めいてきたとはとても言い難くなるような突風が一つ通り過ぎた。そして気付けば、大きな男の影が足元に落ちとった。


「亢夜か。匂わせおって、随分飲んだようじゃの」

「鉄さんもな。あんたらしくもねぇ、何をうっかり若い女をこんなになるまで酔わせてやがる」

「勘違いすな。文句ならあそこっとこの女将に言え」


 言いながらいつもの酒場の方角を顎で示せば「あぁ女将のせいなのな」、とあっさり事態を呑み込んだらしかった。こいつは儂よりもザルだ。漂わせる匂いの強さの割に、意識はえらくしっかりしとった。


「ソイツ、糞野郎共にそんな具合でいるのが見つかりでもしたら夜這いされるぜ。とっとと置いてきてくれよ」

「何じゃ、一丁いっちょ前に心配しおってからに。楠山を嫌っとるんとは違ったんか」

「……話したことさえねぇ新入りに対しちゃ、良い加減のフツウの気遣いだろ」

「ほんならそのフツウの気ィもうちっと利かせて、糞野郎共が楠山に下品に突っかかってこんようにしてくれ。あいつらもお前の言う事ならまあまあ聞くんじゃろう」

「どうだか。あいつら別に俺の子分でも手下でもねぇ。出してもねぇのに勝手に引っ付いて回る汚ねぇ金魚のフンに、こっちだって手を焼かされてんだ」


 心底うんざりしたような顔で吐き捨てて、背を向けたかと思えば肩越しに楠山を見遣った。……確かに、真っ直ぐ睨んどるなァ。何か覚悟でも決まったみたいに。


「けど安心してくれ。汚ねぇ糞を他人様になすり付けてやろうとは思っちゃいねぇからよ」

「思っとらん事じゃのうて、思っとる事を教えてくれる気にはならんもんかいのう?」

「何だい、気にするねぇ?そんじゃ、鉄さんには特別に一個だけ言っとくわ」


 亢夜は身じろぎ一つせずに、寝こける楠山をじっと睨みつけながら言った。


「――汚される前に片付けてやろうと思ってるぜ」


 その目に映っとんのは本当に楠山なんかどうか、怪しいもんじゃった。

ぬえは暗黙するものか


 本編16話『桜切る馬鹿、庇う馬鹿』にてとんでもない馬鹿をやらかしたこの馬鹿は、よくいる悪役男としてよくあるパターンで成敗されてきっかり退場……なんてしてくれません。コイツめ。39話『相対火傷みたいな夜来』内の追想で久々に名前が挙がって、その後も不穏な流れでもういっぺん、ときた。題にもある“鵺”とは何か、いつか皆様に明かせる日が来ますように。
 轡町のとある酒場の女将さんは、公式ノベライズ『Spirits Are Forever With You』U巻接続章に出てくる彼女です。「裏の爺さん」というのもあの老人のことでしょう。
 「十一番隊の暗黙の了解」というものについて、私なりに考察&妄想した結果の独自解釈を交えた物語は第二章で詳しくやっていく予定です。痣城双也推しの方がいらっしゃいましたら是非握手しましょう!心の中で!

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3/12/70
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