2022/4/30〜5/31
語り手:志波一心



 普通よぉ、いくら治りかけてきたからって病室ン中で「どれ斬魄刀でも振って具合みるか」なんて思うか?ったく困ったじゃじゃ馬娘め、誰に似たんだ。こちとらお前の親父の顔なら知ってんだぞ。お前と似てなくてちっともめんこくねえの。
 楠山が尾焼津に殺されかけた嫌な事件から約半月。ちょくちょく見舞いに来ている立場の俺からすれば、元気を持ち直してくれたことは何よりなんだが。


「あれじゃ流石の山田大先生でも手ェ焼くだろ、ホントすまんな」

「そうですね。昔の貴方を思い出しますよ」

「なんで?……ちょ、お〜い無視すんな」


 昼過ぎの綜合救護詰所。廊下で偶然行き合った流れで、山田清之介と話をしながら歩いていた。やや先を行く大先生(あだ名みたいなもん)は細い目でこっちを一瞥して、特に何も言わないまま角を曲がった。……そっちに用はないが、まだ付いて行くことにする。
 窓の外では背の低い灯台どうだん躑躅つつじが春風を受けて溢れんばかりの新芽を吹かせている。辺りは俺らの他に一切の人気がなく、明るい割には静かだった。


「彼女の左足は見たかい」

「あー、クナイ打たれたっていう足の甲?べつに見てねぇよ。酷いんだって聞いてるし気になっちゃいるが、脱がせたりめくったりしてまではちょっとなァ」

「……包帯や掛け布団のことなのに、君が言うと如何わしく聞こえるのはどうしてだろう」

「ッ知るか!」

「おっと、静かにしてくれ。ここまで大人しく付いて来たんだ。分からないほど馬鹿じゃないだろう」


 じゃあおちょくんなっての。でもやっぱそうか、どうやら他人の耳には入れたくない話がしたいらしい。にしても、常日頃は馬鹿だと言ってはばからないくせに。信頼の寄せ方が回りくどいぜ。
 時折外に目を遣りながら、閑散とした廊下の奥へ進んでいく。


「彼女が初めてここに来たときもそうだったけれど、どうも左足だけ治りが悪い」

「そうなのか?傷自体はもう塞がってんだろ?運悪く同じ箇所をブスブスやられたもんであとが残ったってもよ、それくらい――」

「普通の人間がやられて、並の医者が治療したのなら、痕が残っても納得できたさ」

「……へーへ、相変わらず自信満々ね」


 自分は並より上なのだと言いたいらしい。嫌味に聞こえなくもないがまぁその通りだから、これに関して異論はない。こいつの回道は卯ノ花さんと良い勝負ができる腕前だ。しかし、今の台詞にはもう一つ含みがあった。
 楠山は普通ではないのに、とも言いたいらしい。


「上位の死神に傷痕が残る場合というのは、相手が余程強い霊力を注ぎ刻んできた場合か、本人が治療を受けないままいつまでも放置した場合くらいさ」


 脳裏に体じゅう傷痕だらけだった或る人の顔が浮かぶ。たぶん大先生も同じく。後者の場合について述べながら眉間に皺が寄っていったのは私情込々コミコミ混みまくりなせいだと思う(でもそこ突っつくと面倒そうだからツッコまないでおく)。
 だが今回の楠山の場合は、負傷したその場に大先生がいたんだから放置もなにもないワケで。


「クナイ投げた刑軍か打った尾焼津がよっぽど力こめたんじゃねぇの?」

「力任せではあっただろうね。でも、それはただの腕力だ。霊力ならば体の正面に受けた斬魄刀での攻撃の方がずっと深刻だった」

「その正面の――胸とか腹の傷は?」

「少し時間はかかったけど、肌膚きふ表面の痕はさっぱりなくなったってさ。隊長が確認した」

「んで、左足は?」

「甲がへこんで黒ずんだ木のうろみたいな痕がくっきり」

「まァー……そりゃあ……変…かもな?」

「君、一応身内だろう。後遺症の心当たりとかないのかい」

一応・・とか付けるくらいなら分かれ、あるワケあるかよ」


 楠山が死神になるまで俺は会ったことすらなかったって、知ってるだろうが。俺よりお前の方があいつの親から色々聞いてて詳しいんじゃないの。オケツの相談とか受けてたくらいなんだから。


「……そう。とにかく、彼女の左足は要注意だ。呉々も無茶しないように監督してくれ」

「それはまぁ言われんでも。つうか心配してくれてんだ?あいつのこと」

「僕の何をどう捉えたらそう思えるんだい。馬鹿は休み休みも言わなくていい。患者に残った傷痕は僕が未熟である証で、矜持がズタズタにされるからこれ以上増やしたくないってだけさ」


 ああ、この感じだともう言うだけ無駄だな。昔っからこう・・だ。自分には優しさとか思いやる気持ちが欠けてるんだっていうことにしておきたいんだろう。


「減らせるものなら……元に戻せるのならそうした方が良いだろう?歪な痕を、後からでもどうにかして消す方法はないかと模索した時期もあってね」

「なに?ダジャレ?」

「……偶々だよ。君と一緒にしないでくれるかな」

「うるせ。で?どうやんの」

「皮膚の一部を採取して培養し、それを整えて移植する。回道がない代わりに手術が発達した現世でも未だ絵空事だとされているけど、不老長寿とか人工生命とか、護廷は人体実験に関しての資料に割と事欠かない歴史があるからね。参考にしてやれないことはないと思ってる」

「ほぅ、いや俺にはよく解らんがそりゃまた涅の野郎がノッてきそうな」

「彼にはあの隊長たち連名の通告書がある手前不可能だろうけど、僕は特に制限なんて掛けられていないから」

「あっ、やるときは本人に許可とんなさいよ?」

「……やるときはね。今の所は見た目が悪い以外に支障はないようだし、回道で事足りる。見送るよ」


 話はこれで終わりのようだ。大先生はふいと方向転換すると俺とすれ違って、来た道を戻っていく。何も考えずに付いて来ていたら目の前はもう行き止まりだった。どこだここ。詰所内の間取りなんて頭にないし、大先生は玄関まで道案内とかしてくれる性格じゃない。もう面倒だから窓から出るか。
 窓枠に片足を掛けたところで、少し小さくなった大先生が振り向いた。そういえば、傷痕の消し方について考え始めたのっていつからだったんだろ。思い当たるのは――


「ひょっとしてコレ、か?」


 右手の指先を揃えて、首の真ん中に横一文字を引くようにスッと動かす。すると、大先生は遠目からでも判るほどそれはそれは不機嫌そうに目をすがめた。なぁんだ、アタリか。


――――――


 後日、また改めて楠山の見舞いに行った。俺が来る少し前にまた回道を受けたようで、自己治癒力を引き出されたために疲れて眠そうにしていた。少しだけ話して、早めにお暇しようかと思った頃には、既にすうすうと寝息を立て始めていた。
 出掛けに、壁に立て掛けられている斬魄刀が目に付いた。こんなとこに置きっぱにしておくから、こいつもついつい手が伸びちまうんじゃないか?預かっておくか、十一番隊舎に置いておいたら良くないか?……と思い立って、手に取って病室から出た。そうして一、二、三歩。


「ア゛ッち!?」


 ガシャン。思わず斬魄刀を取り落とした。鞘から抜いてもいないのに白い焔を纏って、俺に持ち去られることに抵抗してきたのだ。


「何しやがんだこんにゃろ、このこの」


 しゃがんで拾っておそるおそるツンツンしてやると、ボボッ、とちょっぴりだけまた焔が上がった。……へぇへぇナルホド。この本体、どうあっても主から離れたくないらしい。忠剣ちゅうけんかよ。仕方ねぇ、返してやるか。
 さて舞い戻ろうと振り返ると、すぐそこに山田大先生がぽつんと立っていた。口元が笑ってやがる。一部始終は目撃されてしまったようだ。……フ、フン!べつにいいけど!?


「貴方の方こそ、手を焼かれているご様子で」

「うるせ!」


 チキショーうまいこと言いやがって!あと周りに誰かいるときだけ敬語になんのやめろ!!

捕らわれ人の皮算用


 『追想』で過去の物語を公開した今だからこそ明かせる、初期の裏話の多いこと。それでもまだまだ謎だらけ。山田副隊長にも早めに追想していただきたいところですが、出番が遠いです。暫くお待ちください。
 今年ももう四月は終わり。桜、藤、ドウダンツツジと、春の開花リレーは続いていきます。灯台と書いてドウダンと読ませ、ドウダンと読ませて満点星と書く……花の一つをとっても、言葉の奥深さは底知れず面白いものですね。来年の今頃には話の中に何の花を登場させているかなぁ。

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