2022/5/31〜6/30
語り手:東仙要
私の部下である
実はあの年度末の隊首会にて、私が彼女を取材した旨に加え「来月号の瀞霊廷通信をお楽しみに」などと言ったからか、山本総隊長は後に密かに私を一番隊隊首室に呼び出した。「以降、楠山について記事にすることがあれば刷る前に必ず儂を通せ」とお申し付けになり、直々に検閲を引き受けるくらいだ。更木が乱入した入隊試験で奴と彼女の戦いを治めたのは総隊長だったから、そこで何か気掛かりが出来たのかもしれない。
因みに、現時点これを知るのは私だけだ。「口外無用」と念押しされては致し方ない、私の歩む道の障害にならないものであれば守秘義務は遂行しよう。時が来るまでは護廷に迎合していると見せかけ、死神の目を欺くためにも。
――楠山さんに関して私だけが知る事が、実はもう一つある。
いや、厳密に言えばこれ一つか。先の検閲の件なら“私だけ”というより“私と総隊長だけ”の秘密である。だがこればかりは本当に“私だけ”が知っている。総隊長も、藍染様も、六車拳西も与り知らない。当の楠山さんでさえ分かっていないことだろう。
そして、甘竹も知らないことだ。知る由のないことだ。知らずにいてよいことだ。
――――――
「いや〜忙しいとこ頼んじまって悪いな!」
「いえいえ序でですから!志波副隊長、よかったら見学されていきますか?」
「えっ、見てぇ……あーでも、今日は東仙に――じゃなくて、東仙隊長にちょっと話があっからなぁ」
「そうなんですか?じゃあ……たぶん二時間しないで終わりますので!」
「おう!次は自分でもやってみてえから、また今度時間あるとき教えてくれな」
「はーい!あ、東仙隊長!ボクこれから現像室なんで空けまーす!ではでは」
私に気付いた甘竹は、きっといつものようにぴんと挙手してから、バタバタと編集室を出ていった。いつものことながら、まるで廊下は走らないと沈んで落ちて崩れてなくなるみたいな急ぎようだ。まだ〆切には余裕があるのに。
だが、注意しようという気は起きなかった。元気溌溂のお調子者に見えても、最近また彼女にとって辛いことがあったのだ。他の編集部員たちも、甘竹に元気がないと元気をなくしてしまう。漸く調子を取り戻せたなら、口は挟まず、水を差さずにおくべきだろう。
「あのー、どうも東仙隊長」
「こんばんは志波副隊長。聞こえていたよ、私に用事だってね。場所は移した方がいいかい?」
「そー……っすね。一応お願いします」
誰もいない応接室に彼を通し、低めの卓を挟んで向かい合わせのソファに座った。するとやや風を感じて、仄かに花の香りもした。今日は天気が良かったから、そこの窓が開けたままであるようだ。
「さて、何の話だろうか。私に答えられることだと良いのだけれど」
「……実を言うと、砕蜂隊長には訊きづらくてコッチ来ちまったっつーか……」
「ああ。もしかして、先月楠山さんが拉致された事件に関することかな」
「そー、そうです。……主犯格だった尾焼津ってやつがその後どうなったか、ご存知で?」
「『規律を乱し、罪を犯した六名は、四十六室より裁決を一任された砕蜂隊長から重罰が下されることになる』……公にしていいのは、今月号にも載っているここまでの情報だ」
時事や訓戒が淡々と綴ってあるのみで色も味もない、大半の者はきちんと読まないような巻末に、甘竹の同期の一人が罪人として名を打たれた。そう、尾焼津は甘竹と同期だ。甘竹は奴のために心を痛めている。事件の犯人と被害者両方を心配するあまり、自業の板挟みにあい、両者に対して罪悪感を抱いてしまっている。
記事では被害者の名は伏せさせた。総隊長に校正されるまでもなく、私が指示した。主に甘竹が執筆した先月の特集によって一躍有名人となった楠山さんの名は、今月号に於いてはどの頁を捲っても見つかることはない。
「そんなことは解ったうえだ、と言いたげだね。眉間に皺が寄っている」
「えっ?いや別にそんな……てかアレ?見え……?」
「フフ、見えていないとも。そんな顔をしていそうだと思ったんだ」
「……アンタも冗談とか言うんすね」
「まあね。君の目には意外に映るかい」
志波副隊長は楠山さんと仲が良い。以前取材で聞いた話を思えば、お互いにかけがえのない存在であるのは確かだ。彼女は彼の命を助けた恩人であり、彼は彼女に道を示した恩人らしいから。
私にもそういう人がいた。闇しかない私の世界に、星をもたらそうとしてくれた恩人が。だから気持ちはよく解る。大切な人を傷つけられて怒っているだろう。そして怒る以上に、これ以上傷つけられないように護りたいと願っているだろう。
「これは機密にと砕蜂隊長からも釘を刺されているが……いいだろう、君には話しておこう。もし漏れれば私の責任が問われる。呉々も他言しないで貰いたい。尤も、今から口を割ってしまう私の言えたことではないが」
尾焼津は処刑されない。隠密機動第三分隊檻理隊のもと、極秘裏に牢で生かされる。
砕蜂隊長はこの事を部外者の誰にも漏らしたくはなかっただろう。ところがどういう訳か、処刑を取りやめるとした際その場に甘竹も居合わせていて、砕蜂隊長にはどうにも御し難かったのだそうだ。それで「万一にもこの女が漏らさぬようお前が監督しろ」ということで、私は特別に砕蜂隊長本人から事情を聞かされていた。……そのとき何故か同席していた四番隊の伊江村四席が「甘竹、その年で上司に粗相の面倒をみていただくとは恥ずかしくないのか」と言ったせいで「眼鏡貴様、漏らすとはそういう意味ではない!」という砕蜂隊長の突っ込みが炸裂したのはまた別の話だ。
「そうですか。砕蜂隊長はゼッタイ許さないって感じだったんで、もう処刑されたのかもと思ってました」
「尾焼津が生きていて残念だ、と考えるかい?」
「うーん……いえ。もう出て来ないんならそれでいいです。兎に角、あいつの目に触れなければ。教えてくれてありがとうございました。聞いたのは全部、俺の胸に畳んでおきます」
話が終わったそのとき、プゥン、という羽音が耳の側を通過した。少し早い気がするが、もう蚊が飛び始めているらしい。もう夜になるし窓を閉めようと思い、私はソファから腰を上げた。しかし、向かいの人気はまだ動かず、その場でじっとしている。
「……どうかしたのかい、志波副隊長。まだ話があるというなら時間はある」
「いや、大したことじゃあ……尾焼津はなんでこんな事したんだろ、って。分からんだけですよ」
「……こんなことを言うと君は私を軽蔑するかもしれないが、私は、彼の気持ちが少し解る」
「は……そりゃあまた意外。悪者嫌いの一本気だと思ってましたが」
「許し難いと思っているのも確かだよ。悪は忌むべきだ。彼が仮令どんなに辛い過去を辿ってきた者であったとしても、悪行を肯定してはならない。……だが、彼の心理は理解できてしまう。理解に苦しむ、という批難が出来ない。道は自分で選ぶものだが、出会う他人によってもやはり変わるものなんだ」
だから私は、彼とそう変わらないのかもしれない。
あまりにも深く、あまりにも強く、あまりにも
「何か知ってるんですか?そいつの……尾焼津の過去」
「そうだね。こうして、同情するくらいには」
彼は私だったかもしれないし、私は彼だったかもしれない。これ以上傷つけられないように護りたいと願う相手を失った私たちに残るものは、怒りしかないのだ。怒り、嘆き、“悪”ばかりが蔓延る醜い世界を愛せなくなってゆく。
「君には愛する人がいるだろう。何よりも大切なものが心にあるだろう。……このさき君がそれらを喪ったときには、少し、理解できるようになるかもしれない」
もし、君の愛する人が救われない死に方をして。それが何者かの故意によるものだったと判明したら、君はどうなるだろうか。どうするだろうか。私たちと同じところへ、堕ちてくるのだろうか。――いいや、でも。
「でも私は、君には理解できないままでいて欲しい。恐らく尾焼津も、理解など求めていないよ」
「……難しいっすね。俺には難しすぎるんで、今はこれ以上考えるのやめときます」
「フフ。ああ、それがいい」
志波副隊長の返答は、文章におこせば投げやりな印象になるだろう。だが実際に声音を聞けば、しっかりと私の話に耳を傾け、理解しようという努力をしてくれたのだと分かるものであった。
「志波副隊長〜!もう帰っちゃいましたか〜!?甘竹でーす!現像できましたよー!」
廊下で甘竹の声が響いている。またバタバタと、彼を探して走り回っているようだ。
「おー!こっちだこっち!まだいるぞー!」
「おっ?応接室の方から反応アリ!いま行っきまーす!うわっと」
声と足音が徐々に大きく聞こえてきたことから、彼女の様子が手に取るようにわかる。まさに今こちらに向かってきていて、曲がり角で少し滑ったようだ。
「コンコン!失礼しまーす」
「コンコンて」
指で叩かず口で言いながら入って来た甘竹は、腕一杯に抱いたカサカサ鳴る物を卓の上に置いた。志波副隊長はお待ちかねのように「おぉっ」と歓声を上げ、早速それらを手に取っている。現像したての写真に感動しているのか、「お〜」の連続で嬉しそうだ。
「何の写真か教えてくれるかい?」
「あぁコレ、こないだ十三番隊の庭で楠山達と撮ったんですよ。これから毎月、季節の花と一緒に記念に撮ろうってことになってて」
「へえ、それはいいね」
「いいですよねー!東仙隊長、九番隊でも真似しちゃいます?あのこれ、これとか素敵なんですよ!藤棚の下に立ってる楠山さん!ボクのイチオシです」
「あぁそれ、見坊が撮ったやつな。撮られてる楠山は一人で写るの恥ずかしがってたが、よく撮れてていい感じだよな……って、なんだこりゃ!?」
「えへへ、それは今日ボクがここの窓から撮ったんです!まぁ記事にできない可能性高いのでお蔵入りかもしれませんけど……」
「何がどうして叔父貴が楠山を担いで走ってんだ……?」
「それは次の一枚を見ればお分かりいただけるかと」
「へぇ?……ってうお!更木隊長コッワ!つーかなんか溢れ出る霊圧って写真に写るもんなのな」
私はそれらを目にすることは叶わないが、よく想像することができた。昼間に此処の前を通って行った彼らは物凄い速度だったが、満足のいく上手い画が撮れていたようだ。
「東仙隊長、これ編集部のどこかに飾りません?さっき言った楠山さんの一枚!」
「構わないよ。相当気に入ったようだね」
「はい!藤もキレイですし楠山さんもカワイイですし、この腰の斬魄刀に添えてる手の角度なんかも絶妙なんです!」
――その斬魄刀こそ、楠山さんに関して私だけが知るたった一つ。
それが元は甘竹の父の斬魄刀であったことを知るのは、私だけでいい。
軌を逸すれば機を
本編22話『追う手を防げば地蔵が回る』と同日である1901年5月31日の出来事でした。外伝一2話『取材の極意その一、外堀から埋めろ!』とも関連があります。併せて拍手ログseason3の伊江村さんの話もお読みになるとやっと全貌が見えるつくりで、我ながらややこしい。
タイトルは「機を逸する」「軌を一にする」という言葉を元にして捩ったものです。案を出しているさなか「機を何時にする?」と頭を過り、次の瞬間には「いつ出発する?」と花京院が過り、長いこと時間をどうこうされました。
タイトルは「機を逸する」「軌を一にする」という言葉を元にして捩ったものです。案を出しているさなか「機を何時にする?」と頭を過り、次の瞬間には「いつ出発する?」と花京院が過り、長いこと時間をどうこうされました。