2022/8/31〜9/30
語り手:鳳橋楼十郎



 八人で山を下りることになったその日、ボクは列の最後尾を歩いていた。先頭を行くリサとヒヨリはさっそく今後の金策談義を始めていて、未だ鼻を押さえている真子にはハッチが慰めの言葉を掛けてあげていた。畦道の花とか飛び交う蜂なんかに目移りする度に列から逸れそうになる白のことは、拳西が溜息を連発しつつも根気強く襟首を引っ掴んで連れ戻していた。そんな二人を面白そうに見守るラヴはというと、浦原クンに分けて貰った当面の生活物資を入れた桶を天秤棒に提げて担ぎ、弥次郎兵衛になっていた。
 ボクはただそれらを景色として目に捉え映してはいたけれど、特にこれといった物事に考えを巡らせることはしていなくて、歩く“無”と化しかけていた。無意識のままでも、足はちゃんと交互に前に出続ける。そんな風に思考沈没かつ身体前進の状態だったのが、暫く後にふと逆転して浮上・停止の状態になったのは、下ろした足の裏に奇妙な感覚があったからだった。


「……なんか踏んじゃった?」


 そっと足を上げ、身を屈めて確認してみると、そこには紫染ふしぞめの小振りな巾着袋が落ちていた。シャリシャリとしていそうな生地の御細工物で、色は土とよく同化していた。これはまあ、ぼうっとしていたのを抜きにしたって、踏むまで気付けなかったのも仕方ない気がする。……一応解説しておこうかな。紫染っていうのは、“紫”の一字が使われているけど、その由来はあくまで染めの原料の名前からきているものでね。出来上がる染物は全然紫色をしていなくて、茶色の仲間みたいな色なんだ。
 ボクは薄らと足跡が付いてしまった巾着袋を軽く叩き払いながら拾い上げて、辺りを見渡してみた。すると右手に遠ざかっていく小さな人の背を見留めた。真っ白でふわふわの髪をお団子に結わえて黒っぽい着物を着た、身だしなみのきちんとしたお婆さんだった。色が色だから死神かと思って一瞬身構えてしまったけど、霊力の類は全く感じ取れなかった。ごく普通の人間だ。ボクは小走りでその人の後を追いかけて、「すみません」と声を掛けた。


「はいはい……あら?見掛けねぇ顔だね。外国から来こらった人かぃ?」

「い、いや、あーっと……ソウナンデスヨ」


 ここに至って漸く「しまった」と自分の失態に気付いた。この人が落とし主だろうと思って当然のように声を掛けたけど、今はひっそり隠れて生きていくべき身だった。人間とは異なる早さで老化するボクたちが出来るだけ長く一つ所に住まうには、地元の人間と極力関わりを持たないようにしなければならないって、昨日みんなと話し合ったばかりだったじゃないか。現世だとこの髪も悪目立ちするし、一度面識を持ったら忘れてもらうなんて不可能だ。別居早々である手前、記憶置換のためだけに浦原クンを頼ることもあまりしたくないし……。


「なにしたぁ?兄あんちゃん」

「な、なにした?」

「ん?あぁ、『どうしたの?』ってな」

「ナルホド……えっと、この巾着はお婆さんのかい?」

「あらっ、私わだしんだわぁ。どうもない」

「ない……?」

「嫌やんたぁ、兄ちゃんここらの人でねぇからこんじゃ駄目だねぇ、へへ。言い直しとっぺ、『どうもありがとう』」

「いえ、どういたしまして……と言いたいところですが、ボク謝らなきゃいけなくて。ごめんなさい、それ踏んでしまったんです。中の物は――」

「んん?心配ねぇよ、これ中身こんだけだから」


 お婆さんは手の平に巾着袋の口を当てて振り、出てきた物がよく見えるようにこちらに向けてきた。掌たなごころに納まるくらいに小さな、白い紙製のお守りのようだった。


「それって大事な物なんじゃ……?本当にごめんね、お婆さん」

「いやいや。態とでないんだし、シロトビ様もそだことで怒んねべから何ともねぇよぉ」

「そのお守りの神様はシロトビ様っていうんですか」

「ん。あそっとこの山の上ぇの方ほに神社があんだけっちょ、そこの御使い様だって言われてんだよ。白い鳶の御姿でねぇ、私も若わけ頃に見た事あんだ」

「へぇ、あっちの山の?それなら、このあいだ散歩してきた神社のことかな」

「境内に立派な御神木あったっけ?こっだ太いの、楠」


 お婆さんは両腕を広げて、幹の太さを体いっぱいで表現した。それほど樹齢を重ねた木はそうそう彼方此方にあるものじゃないし、思い浮かべている所はきっと同じであるはずだ。今朝までいた屋敷のすぐ近くにあった、鳥居も中々立派な彼所あそこのことだろう。ボクが頷くと、お婆さんは「ほぅか、良い空気だったべ」と顔を綻ほころばせた。
 現世では、その昔その土地にいた英雄や権力者、身近な動物などを神として祀る文化風習がある……という事は知っている。この辺りには珍しい白い鳶がいたものだから、それが神聖視されて信仰を得たのだろう。三界の仕組みをある程度知っている死神のボクからすると、人間の心の拠り所としてまぁ必要な幻想なのだろうな、という程度の認識に過ぎないが。


「おや兄ちゃん、あれ後ろ。向こうで誰だんじゃか手ぇ振ってっぞ。なんだって華やかだねぇ、旅の一座か何かかい?待たせっちまと悪いねぇ」

「あっ。じゃああの、お婆さん」

「うんうん。届けてくっちありがとない。ほんじゃあね」

「さようなら、お気を付けて」


 お婆さんはお辞儀をするとまた背を向けて歩いていった。ボクは「怒られるのヤダなぁ」と思いながら、走って皆の元に戻った。追いついてすぐにラヴからはキツめに背中を叩かれたし、真子からは「アホローズ」の称号を頂戴した。しかも真子ったら、ずっと後ろ歩きをしてこっちをジーッと睨むなんて危ないことしてたから、絶妙な位置にあった猫車に意図せずお尻から突っ込んで、そのまますぐそこの坂道を滑走する目に遭ってた。絶対ボクより真子の方が目立っちゃったと思うよ。目撃した近所の人たちが話の種にしない訳がない。
 その後、隣り合った二軒の古い空き家を見付けて、ボクたちはそこを拠点にすることにした。

 ――というのが、先月の話。

 バタバタしていた共同新生活は、八月中旬になってやっと少しゆとりが出てきた。家の裏の空き地を耕して野菜が採れるようになったし、山谷を越えた先にある街で味噌や醤油の運搬といった肉体労働をさせてもらって、現金収入を得られるようになった。近辺の地理や今の現世の常識だって覚えられたし、内なる虚の制御方法の模索も始めた。
 各々浦原クン特製の霊圧遮断義骸に入っているとはいえ、ハッチが完璧な内外遮断結界を完成させ、更にそれを常時展開維持できるようになるまでは、24時間交代で見張り番を立てることにしていた。仲間は八人いるから役回りには割と余裕があって、夜の当番もそう酷なものではなかった。

 ――ここからは、ボクが見張り番をしていたとある夜更けにあった話。誰も本当だと信じてくれなかった、とても不思議なお話だ。


「もし。もしもし、そこの御方。金の髪の人」


 自分の頭の真上から、女の人の声が降ってきた。何もない空中であるはずの所から。縁側に腰掛け、遠くの山並みに懸かりながら往く月の舟に見蕩れていたボクは、はじめ、自分はいつの間にか寝こけていて、これは夢なんじゃないかと思ってしまった。それくらい現実味のない雰囲気が漂っていた。
 声がした方を見上げると、ほんわりと輪郭の定かでない真っ白い鳥がいた。音も立てず、優雅に羽搏いていた。


「こんばんは、死神さん。良い夜ですね」

「こん…ばんは?……鳥……?え、何だいコレ!?」

「ふふふ、驚かれましたか。ごめんなさいね。今は、まぁ、私は代理ですので。この姿で失礼します」


 やけにご丁寧な鳥は、僕の目線に合うあたりまで舞い降りてきた。こういうの、何て言うんだっけ。メルヘン?ファンタジー?とにかく、目前にあるあり得そうにないのにある事実に、頭が追いつかなかった。こんなに接近されるまで微塵も気配を感知できなかったなんて、それもあり得ないと思った。


「虚ではないし……鳥の整プラスでもない……」

「ええ、違います」

「誰かの斬魄刀が具象化されたものとか?…うーん……いや、それも違うような……」

「何人なんぴとにも害は及ぼしませんので、正体についてはどうかご容赦を。私、今日は死神さんにお願いがあって此処に参りました」

「……取り敢えず聞くよ。何かな?」


 まだ「これは夢なんじゃ」と思う自分がいる。でも、こっそり抓った太腿は確かに痛んだ。


「先週、このご近所でお婆さんが一人亡くなりました。いつもなら、そう日を待たずして担当死神さんに魂葬していただけていたのですが……ここ一月、その死神さんが何故かお見えにならないのです」

「キミ、コッチの事情に詳しいんだね?やっぱり死神の誰かの――」

「それに関しては黙秘いたします」


 めっ、と諭すように言われた。鳥に。なんだこの様、ボクってば実は今もの凄く貴重な体験してるんじゃないかな?
 担当死神が来なくなった、という件にボクは関与していない。仲間からそういう話を聞かされてもいないし、何らかの原因でその死神が死んだか、あるいは――……エー……うん、浦原クン。おそらく彼じゃないかな。こちらから頼んだワケではないけど、ボクらと地区担当者が鉢合わせしてややこしいことにならないように、何かしてくれていたのかもしれない。うん、何か。よく解らないコトを。


「それで、ボクにお願いというのは?」

「はい。あなたに魂葬やっていただけませんか?というご相談です」

「……うんいいよ、お安い御用さ。虚と戦えとかいうのは今はちょっと無理だけど、それくらいなら」

「ありがとうございます。では、お婆さんの所までお連れいたしますね」

「あっでも、ボク今夜ここの見張りだからなるべく――」

「それっ」


 ? ?? ???


「……ッ何処ここ!?」

「おやまの上の神社です。お急ぎなのであれば、お帰りもこう、えいっとして差し上げますよ」


 瞬間移動!?瞬歩じゃ俄然及ばないレベルだよねコレ!?鬼道でもそんなの見聞きしたことないし、やっぱり夢?夢かな??ホント何なのこの鳥さん!?


「おやぁシロトビ様、おかえり。えらく早いねぇ、もう麓から連れてきてくだすったの」

「はい、お待たせしました。死神さんが来てくれましたよ」

「あれっ?お婆さん、この前の……」

「なぁんだ、こないだの兄ちゃんでねぇの。あっはっは、もうじきあんたん所とこさ迎え来くっからないってご挨拶だったのけ」


 何か勘違いをされているような。しかしここで否定しても、自分が説明の言葉に困るだけになる気がする。


「じゃあお婆さん、今からこの刀の柄をおでこにポンと押すよ」

「へぇ〜、それで向こうさ行けんのかい」

「うん。痛んだりはしないはずだから、ゆったり、じっとしててね」

「少し待ってけろ。別に無理に聞かんともいい、婆さんの頼みなんだけんちょ」


 この感じ、随分と久し振りだ。昔もよく人間の後生の頼みを聞いたっけ。席官にもなると現世駐在任務に就かされる機会もほぼなくなるから、最後はもう二百年以上前になるかな。魂葬だってそれ以来で、実はうまくできる自信があまりない。できるだけ不安が顔に出ないように努めた。


「私はあんまり長生きしたもんだから、娘も孫も先に逝っちまってねぇ。家うちさ帰けってくる者もんもとっくにいねぇんだ」

「お婆さんの家って……」

「あんたと会った所とっからそう離っちね。鄙びた家だぁ。んだから、土地も家も家財も何なんもかも、近所のお世話になった人や兄ちゃんたちに貰って欲しんだ」


 最後に誰かと話したいとか、お気に入りの物をあの世に持っていけないかとか。中には「このまま幽霊でいたい」なんて無茶を言う人間もいたりしたけど、お婆さんの頼みは可愛いものだった。


「分かったよ。でも、一度会っただけのボクまで何か貰っちゃっていいの?」

「良いんだその方が。こうして最期にお世話になるんだしねぇ」

「……うん。ありがとう。それじゃあ、これから向こうに送るよ」


 約二百年ぶりの魂葬だ。果たしてうまくできたかどうか――お婆さんは消える時も安らかな顔をしていたから、大丈夫だったと思う。なんか必要以上にドキドキしたなぁ。


「ありがとう死神さん。あのお婆さんはね、私の祖母の親友だったんですよ。とても優しくてマメな人で、先月もお墓参りに来てくれて……」

「鳥キミの祖母?へぇ?」

「…………。」

「ねぇ?なんで急に静かになるのさ?そうだ、キミもボクのお願いを一つきいてくれないかな?」

「……うふふ」

「キミの名前を教えてほしいな。ボクは鳳橋楼十郎。ローズって呼んでよ」

「厳かなお名前。ロウジュウロウさんと仰るのですね」

「うん。で、キミは――」

「ロウジュウロウさんはお歳はお幾つですか?三十歳?百歳?それとも千歳でしょうか」

「そんな初代護廷が現役の頃なんてまだ生まれてなかったなぁ〜。ところで」

「そうでした、ロウジュウロウさんは早くお帰りになりたいのでしたね。今日は助かりました、ありがとうございました」

「時間なら問題ないさ、全くなくなったから!まだ……チョット、ねぇ、ねぇって」


 ? ?? ???


「ば!!」

「ハァ!?」


 最後の一音を発声したときにはもう、ボクが立っている場所は山の上の神社の境内から麓の家の前になっていた。そしてすぐそこには、ギョッとして身を引いている拳西がいた。


「…………。」

「…………。」

「……灯籠がローズになった」

「……えぇ〜……」


盆暗の盆の暮れと明け


 先月の続きで、夢小説になってない幕間その二。今年の残りの拍手更新も、異色でおかしな仮面の軍勢秘話群を綴ることになりそうです。誰得か、と?そういうのは彼得、ダレカノトク、でいいのです。書かない妄想より書く妄想。
 結構前から本編の更新はお休みしています。なにぶん原作『BLEACH』の本誌連載が完結して月日が経ってからサイトを作り小説を公開し始めたような人間なので、公式さんが大きな供給をしてくださっている期間はおとなしくなる習性があります。明かされる重要な公式設定と噛み合わない二次創作を書いて、解釈正面衝突事故が起こるのは避けたい……という気持ちがあるせいです(2013年当時の『零番隊の悲劇』を忘れない)。
 私は空白期間のアレコレを勝手に考えてみたり、意外な組み合わせの共闘や掛け合いを想像してみたりするのが好きです。二次創作の醍醐味だと思っています。一方で「大きな原作ストーリー改変」や「原作キャラの魅せ場や出番を潰すような改竄」はなるだけしたくないなぁという厄介な拘りも持ち合わせているばかりに、執筆の手が止まることがままあります。もっと正直に言うなら、アニメ千年血戦篇が楽しみ過ぎて他に難しい事をあまり考えられないデバフがかかっています。……だって!新アニ鰤は!久保先生が隅々に渡り監修なさっているうえ、漫画では描き切れなかったカットも盛り込み、更には秘めていた設定も明かしていくと公言しておられるのですよ。これはもう、待つしかありません!ね!

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